第9話
土曜日の繁華街はカップルが多い。
いや、俺たちもあるいはそう見られているかもしれない。
俺は今日、佐久間美奈子と二人きりだった。まぁ、結果からいうと、多分、はめられたんだと思う。
きっと、いや、間違いなく笹島の陰謀だ。姫凛が断った時点で、もうこうなることになっていたのだろう。
真介からの電話は、『ごめん、急に親戚の子預かることになっちゃってさ』だったし、笹島にいたっては、メールで『ウチュウジンニ、ツレテイカレタノデ、ムリ。オレガイナクテモ、タノシメ』という意味不明な片言文書でドタキャンされた。
くそ。みんなして、面白がっているな。
とかなんとか、悪態はついてみたものの、僕の心中はそれほど悪いものではなかった。佐久間は話しやすい子だし、仲もいい。それに、連れて歩いても自慢になるくらい可愛い。
「面白かったね」
映画館から出てきたところで、佐久間が言った。
「ああ。前評判が大きいと、たいしたこと無いのも多いけど、これは裏切らない感じだったな」
僕たちの間の空気は、何にも変わらない。いつもみんなといる時の、緩い感じだ。
「さて、どうしようか。いい時間だけど、メシでもたべる?」
「うん、せっかくだから、そうしましょ」
佐久間の態度も、いつもどおり。笹島の言うような、そういった雰囲気は何も感じないが。
俺たちは近くのイタリアンレストランに入った。リーズナブルで洒落ている、学生には優しい店だと、雑誌に載っているのを見た気がする。
僕はミラノ風カツレツのランチセット、佐久間はカルボナーラを頼んだ。
「結構おいしいわね、このお店。一口食べる?っていうか、一口ちょうだい」
そんな風に言って、佐久間はカツレツをつまむ。なんか、本当に恋人っぽくないか?
「木島君ってさ、女の子に興味ないの?」
噴出しそうになった。突然、なんの脈絡もなく、佐久間はとんでもないことを言った。いや、とんでもないことでもないが、笹島の話を聞いたあとの俺は、ちょっと敏感になっているのだ。
「な、なんだよ、急に」
「いや、結構一緒にいるのに、そういう話一回もきかないから。あるもんでしょ?高校生だもん」
「そういう佐久間はどうなんだよ。それこそ、全然聞かないけど」
「女の子はそういうの、秘密にするものなのよ」
「じゃあ、いるんだ?」
俺は聞いた。目一杯冷静を装って。
「さあ?」
肩をすくめて、ひらりと返す。
なかなかに食えないな、佐久間は。つーか、もし佐久間が、笹島の言うとおりに俺を好きだとしたら、こんなに冷静でいられるだろうか。まず無理だね、きっと。
「でも、いいなって思っている人はいるよ」
また噴出しそうになった。
「ちょっと鈍いんだけどね。その人」
「あ、そうなんだ」
と、返してみたものの、俺は少し焦っていた。何に焦っていたか?それは俺もよくわからん。
「鈍いなら、もっとストレートに態度にあらわすのがいいんじゃないか?」
「ストレート、ねぇ」
佐久間はため息を吐いた。そのしぐさが、なんだか色っぽい。
「多分ね、言っても無理な気がするの。それこそ、告白みたいにすっぱり本心をぶつけない限り、含みを持たせた言い方とか態度じゃ、気づかない鈍感だと思うから」
なるほど、それは難儀なことだ。そういうアプローチは、一種の賭けだからな。
「でも、俺だったら、直接ズバッと言ってみるな」
「あ、言いそう。普段は慎重なくせして、変なところで思い切りがいいのよね、木島君って」
佐久間は笑った。奇麗で無邪気な笑顔。彼女の笑顔が素敵なのは、きっと左右対称に近い微笑ができるからだろう。
佐久間は確かに可愛い。好みのタイプでもある。一緒にいて楽しいし、じゃあ、付き合ってみたらどうかと聞かれたら、別に不満も不安もない。でも、それと、実際に付き合うのは、わけが違う。
恋愛を紐解くほど哲学者ではないし、経験豊富でもない。けど、漠然としたことは分かる。好きと恋は、似て非なるものだろうと。
恋には、何か特別な閃きがあるのだと、そんな乙女なことを考えている自分がいたことに少し驚きつつ、俺は確信してさえいる。
この感情は、当分恋にはなりそうもない。
食事を終えると、俺たちはそのまま、いつもどおりに無駄話をしながら帰途についた。
いつもの分かれ道まで来たところで、佐久間は振り返った。
「今日のこれって、デートだよね?」
「どうしたんだ、急に」
「ううん、なんとなく」
「そうか。それじゃあな」
「うん。またね」
何か特別なことがあったわけじゃない。違ったのは、佐久間と二人きりだったということだけ。お互いの感じも、話す内容も、空気も、学校で居る時と変わらなかったはずだ。
でも、最後の言葉で、状況は一変した、ように思えた。
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