第8話
「実は、木島龍秋と木島姫凛は、本当の妹兄ではなかったのでした」
学生食堂での唐突な語りに、思わず俺は口の中の味噌汁をアウトプットしそうになる。
「って、いうのはどうだ?」
バカな事を真面目に言うのは、俺の知る限り一人しかない。というか、目の前で二枚目顔の眉間にしわを寄せているいかにもな表情の笹島。
「どうだ、っていわれてもな」
「そういう裏設定は無いのか?」
あるよバカヤロウ。だが、ないと言うことにしておかねばならない。
「あったら大問題だ」
「だよな。もしそうだったら、姫凛ちゃんと龍秋はなんと、け、結婚できてしまう!いやいや、そもそも、同じ家に住んでいること自体、もう犯罪だろう」
悪かったな、犯罪者で。
「アホか。せめて自分にプラスな妄想を抱け」
だいだい、俺と姫凛がくっついて、笹島は何が面白いのだろうか。
「じゃあ、遠慮なく。姫凛ちゃんは、実はオレのことが好きで、でも恥ずかしいし、お兄ちゃんに知られるのは、もっと恥ずかしいから、今日も誰にも言えず、一人寂しく……」
「それ以上言ったら、体のどこかから血が出るぞ」
俺は素早く空になっていたプラスチック製の水のみを構えた。
「なんだよ、妄想を抱けって言ったのはお前じゃないか」
いや、別に勧めてないから。
「なんで、こう、お前は毎回、姫凛ネタで絡むんだ?」
「ちがう、オレはおまえに絡んでいるんだ」
「いや、それにしてもなんで姫凛が出てくる?」
「そりゃ愚問だろ」
俺はそれを聞いて、特にリアクションを取らなかった。黙々と食事を続ける。
すると、そのまま沈黙が流れる。
…………………………。
「返さないのかよ!」
耐え切れなくなった笹島が突っ込む。良い突っ込みだ。
「ボケ流しもいいところだ!この芸人泣かせが!」
お前、芸人だったのか。
「いやいや、皆まで言うな。オレには見えているんだよ、木島龍秋がシスコンだって……」
言い終えるか終えないかのうちに俺は水のみを投げた。ガンッといい音がして笹島の額にぶつかった……のように見えたが、
「ふっ、今のは残像だ」
そう言って、何事もなかったように笑った。水のみが笹島の背後に転がっているのが見えた。
何をどうやった?確かにあたった音がしたはずなのに。
「ふふふ、まだまだ修行が足りないな、ディアマイフレンド」
なんか、疲れた。こいつのテンションには、エネルギーを奪う何かがある。
「さて、前ふりはこの辺にしておいてだ。今年は自由気ままに遊べる二年である。そして、その夏休みが目前に迫っている」
今までのは前ふりだったのかよ。そして、目前と言うが、まだ期末テストという高い高い壁があるがな。
「それで?」
仕方なく一応返してみる。
「つまり、青春真っ只中だ」
知らん。
「よって、甘い思い出やすっぱい思い出を満喫したいと思わないか?」
こいつは年中病気だな。病名は青春熱だ。依存性ハイテンションとか。
「掻い摘んで言え」
「恋をしろ。そして悩め。そんでもってオレを楽しませてくれ」
「結局お前の娯楽かよ」
「いやね、だいたい高校生が恋をしなくてどうする。この一番甘酸っぱい時期に、肉親に思いを寄せていては不毛だし不健康ではないか!」
ああ、やっぱりそこに戻るのね。もうどうでもいいや。
「はいはい。いいよ、もう。どうせ俺は過保護なお兄ちゃんですよ」
「間違ってはいないだろうが、俺の言いたいことはそうじゃない。お前は、青春をみすみす見逃しつつあると言っているのだ!」
超の付くほど力のこもった弁を振るう笹島。どういうことを言いたいのかさっぱりだが、誰かわかるやつ、いないか?
「笹島、俺にもわかるように言え。直接的に、簡潔に」
俺が言うと、笹島は考えるような仕草をして、
「姫凛ちゃん以外の女の子にも、目を向けろってことだ」
彼は些か冷静に言い放った。
「誰に?」
「佐久間美奈子だ」
即答だった。
なぜにホワイ?どうしてノーウエイトで佐久間美奈子の名前が出てくるのだ?
「か~、その呆けた面。やっぱりこいつ何にもわかってないよ、甲斐性無しだよ、人でなしの意気地なしだよ~」
少しボケッとしてしまっていた俺に、笹島は言いたいことを全部言い放った。おいおい随分な言われようだな。
「オレの集めた情報によるとだな。どうやら佐久間美奈子には片思いをしている相手がいるらしい」
ふ~ん。まぁ、花も恥らう乙女十七歳。好きな男の一人や二人いても別におかしいことじゃない。
「その相手は同じ学校の同学年」
それで?
「彼女は部活無所属のクラス代表委員。佐久間美奈子の隠れファンクラブの情報からいくと、委員会の無い日は殆どそのまま下校。同性の友人たちと寄り道をして帰ることが多い。異性との友人関係は広くなく、時折見かけるのはクラスメイトの木島龍秋、立花真介、笹島栄進らと帰ることだけ」
すげぇ、立派なストーキングだな、隠れファンクラブ。そろそろ捕まるぞ。ってか、佐久間にファンクラブなんてあったのか。
「そのほかにはほぼ男子との接点がない、ということは……」
「真介か、お前かもしれんだろ。それに、ただ遠くから見つめるだけの恋もある。一概には言えないな」
俺は先手を打った。正論だ。
「まぁ、待て待て。何もそれだけの根拠でお前を好きなのだと推測しているわけではない。これは超極秘情報なのだが」
笹島をそう言って、辺りをきょろきょろと見回した。そして、耳もとに口をよせて、
「佐久間の友達からのリークなのだが、佐久間美奈子は木島龍秋が気になっている、らしい」
笹島は「どうだ、きまりだろう!」と言って万遍の笑みを浮かべた。なんだよ、その漫画の人物関係図的なノリの矢印は。
「お前、馬鹿だろう」
「否定はしない。天才と馬鹿は紙一重だからな」
その意味もよくわからん。
「くだらないこといってないで、お前こそ彼女を作ったらどうだ」
俺は興味なさそうにけだるく言った。
「いや、オレ、彼女いるし」
…………。
……?
「はっ?」
「だから、オレ、彼女いるから」
さらりと言ってのける笹島に、俺は殆ど飛びつくように肩をつかんだ。
「いいいい、いつだ?いつ出来た?っていうか、どんな子だ?」
両肩をつかんだまま、俺は笹島をシェイクする。
「待て、揺れる、揺れる、脳が揺れる!」
笹島は「ていっ」と言って、俺の手を振り払った。
「まぁ、落ち着け。この青春真っ只中な時期だ。彼女の一人や二人いても不思議ではないだろう?」
確かに……。いや、二人はいけないと思うが。
「女か?ちゃんと女なのか?いやいや、ちゃんと人間なのか?」
「失礼な。オレはノーマルだ。女以外は好きにならんさ。それに、人型をした未知の生物や、アンドロイド少女などにも興味がないわけではないが、悲しいかなオレのまわりにはいなくてな。そういう意味では残念ながら普通の人間だ。なんなら、写真をみるか?」
笹島はそう言って、生徒手帳から一枚の写真を取り出した。そこに写っていたのは、穏やかに微笑む髪の長い女性だった。おっとりしたお姉さん系の人だ。
「…………」
パクパクと口を空回りさせて驚く俺に、笹島はポンと肩を叩く。
「最近『のらりくらり』で働き始めたアルバイトの百合絵さんだ。年は二つ上の大学生。ああ、ちなみに、これはネタじゃなく、真実だ」
「真介ぇ!」
俺は叫んだ。
食堂内に俺の剣道仕込みの通る声が響き渡る。
「なんだよ、そんなに大声で」
迷惑そうに言ったのは、呼ばれた本人、真介だった。料理の受け渡し口から来たところをみると、今買ってきたのか。
「おお、いたのか、真介」
「いないと思って呼んだの?笹島レベルの変人になっちゃうよ」
それは困る、が、そんなことより、だ。
「さささ、笹島に彼女が、恋人が!」
俺はあわてながら話すと、
「ああ、聞いたのかい?僕も昨日偶然『のらりくらり』で二人で話しているところをみてさ、声かけてみたら、付き合い始めたっていうからさ。ビックリしたよ。でも、これで落ち着いてくれるといいよね」
ハハハ、と怪しげな外人よろしくな笑顔で真介は言ってのける。コイツのキャパシティってすげぇ。
「まあ、そういうわけだ。だから、お前も佐久間で手を打て」
あのなぁ、そういう言い方は佐久間に失礼だろう。
「確かに、佐久間はいい子だし、可愛いけど、今まで、そういう風にみたことなかったしな」
俺は柄にもなく、真剣に考えてしまった。
「タツ、変に乗せられちゃダメだよ。相手は笹島なんだから」
真介が呆れた口調で言う。
「だよな。別に俺は、どうしても彼女ほしいとか思ってないし。好きな子ができたら、がんばるさ」
俺は言ったところで、真介が話題を変える。
「ああ、それより、映画どうしようか」
「映画?」
「ほら、あのシリーズものの三つ目」
「おお、みんなで行こうって言ってたやつね」
そういえば、そんな話をしていた。笹島と真介と佐久間と俺で。
「本来なら、彼女といくんだが、こっちが先約だしな。いつでもいいぞ」
笹島が誇らしげに言った。
「そいつはどうも。じゃ、どうしようか。姫凛ちゃんも誘ってみたら?」
「ああ、一応、聞いてみるか」
俺は言って、食事にまた戻った。
それにしても、佐久間が俺を?気になる話ではある。
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