第2話

木島姫凛きじまきりんは、俺こと木島龍秋きじまたつあきの妹だ。否、正確には、彼女は小学校二年生、八歳現在で、高村(たかむら)姫凛から、木島姫凛になり、同時に俺の妹になった。

 これは、別に彼女の親と俺の親が再婚したわけでも、俺の親父が他所で作った腹違いの子を引き取ったわけでもない。

 全ては八年前、姫凛の両親が飛行機事故で亡くなったことが原因だった。

もともと近所同士だった木島家と高村家は、子供の歳が近いせいもあって家族ぐるみの付き合いをしていた。親戚もいなく、仕事の関係で海外に行くことの多かった彼女の両親は、どうしても夫婦共に出席が必要な場合にのみ、姫凛を木島家に預けて海外の取引先に行くこともしばしばだった。そして、八年前の冬。雪がちらつく寒い時期だ。三泊四日で香港まで仕事に行った姫凛の両親は、その帰りに飛行機事故で帰らぬ人となった。乗客の殆どが死んだ悲惨な事故だった。

幼心に真実を理解した彼女はひたすらに泣いていた。その悲痛な泣き顔を俺は今でも鮮明に覚えている。何日も泣くだけの日々が続いた。このままだと、この子は死んでしまうのではないかと思える程だった。それから数日後、彼女は入院した。

俺と俺の母は、付きっ切りで看病をしたが、意識不明の状態が続き、精神面が大きく関わっているので、医者もなす術がなかった。それから五日経って、姫凛が意識を取り戻した時、彼女は記憶喪失になっていた。悲しい出来事に耐え切れないと判断した彼女の脳が、自動的にそうさせたのだろう。生活に必要な記憶を取り戻すために、木島家は姫凛を引き取り、住む場所も変えて彼女のリハビリを始めた。数年かけて、彼女は元通りの彼女に戻ったが、自分が高村家の人間だということに関しては、全く思い出すことはなかった。無論、両親の死も。しかし、医者はかえってその方が良いとして、姫凛は正真正銘、木島の人間となり、俺の妹となった。時間が経てば、きっと真実を話しても大丈夫な時が来る。担当医もそう言っていた。

「それじゃ、行ってきます」

「行ってきまぁす」

 彼女はカバンと竹刀入れ、俺はカバンと、面、籠手、胴、垂の入ったずっしりと重い防具袋を持って、高校への道を歩き出す。十分に歩けるが、自転車だと便利、という微妙な距離にある高校は、付属の中学もある私立校で、レベルとしては結構高いのではないだろうか。俺も姫凛も、中学の時に受験したので、高校はエスカレーター方式で難なく入学した。

「おう、今日は早いな」

 後ろから声を掛けてきたのは、親友の立花真介だった。

「おはようございます」

 ペコリと可愛く挨拶をする姫凛。

「おはよ。そうか、タツは荷物持ちか」

 軽く姫凛に挨拶を返し、俺に向かって言う。こいつとは中学の頃からの仲で、ノリがよく口が堅いので、信頼の置けるやつだ。

「たまたま早く起きてくれたから、助かっちゃっいました」

 姫凛が肩を竦めて言った。

「なに、こいつがダメでも、姫凛ちゃんなら、ちょいと声をかければ誰でも防具の一つや二つは持って行ってくれるさ」

その通りだ。姫凛ははっきり言って、美人だ。メチャメチャ可愛いといっても過言ではない。事実中学の頃はファンクラブがあったし、高校でももうすぐ出来るはずだ。

小柄で華奢な体に、小さな顔。目は大きく、鼻筋も通っている。色白で儚げなのに、剣道をやっているというギャップが、なんとも良いらしい。そして、あの道着姿。名前の通り、凛として美しい、和風美人である。

「あはは、でも、それはさすがに悪いですよ。よく知らない人にこんなに重いもの持たせちゃ」

 ほう、よく知っている俺はいいのか、俺は。心で呟くが、声には出さない。

 中学でも高校でも、俺たちの仲に疑問を抱く人間はいなかった。それだけ、俺たちが本当の兄妹に見えるってことだろう。実際姫凛は本当の兄妹だと思っているしな。

全く皆、人の気も知らずにいい気なものだ。

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