第21話:盾と、木剣とが、銃撃戦を制した


かつて、

病院の外来受付のロビーだった場所は、

今は、

轟く銃声が壁を震わす、戦場だった。


東洋人の武道家が一人、

銃火器を持った強盗団に壁際に追い詰められ、

一斉射撃を受けていた。


壁際にしゃがみ込み、

防弾盾をきつく引き寄せたまま、

顔も上げられない程の、

容赦ない激しい銃撃。


射撃音、

跳弾の音、

何かが床に落ちる音、

巻き上がる埃に塞がれる視界と、

濃密な、硝煙のにおい。


「くたばれファシストめ!」

「ケンドーなんぞここじゃ通用しねえぞ!」


拳法は、

左腕一本で防弾盾を保持しながら、

右腕を使い、

壁伝いにいざって移動した。

チャンスを、伺っていた。


背にした壁を、

弾丸が咬んで砕き、

その破片が髪を焼き、

皮膚を切り裂き、肉に突き刺さる。

汗なのか、血なのか、

耳の横を、

熱いものが玉になって転がり流れる。


しかし、

そんなこと気にしてはいられない。


少し行くと、

行く手を塞ぐように、

一人の男が壁際に転がっていた。


(ラッキーだ)


しかし拳法はほくそ笑む。

血塗れの、

地獄の幽鬼のような貌で、

しかし喜悦に、表情を歪めて笑う。


頭から血を流してうつ伏せに倒れる、

その男の胸に、

ショットガンが抱かれていたからだ。


嬉しい気分だった。

ツイてる、そう思った。


拳法は右手を、

男の身体の下に突っ込むと、

そいつの手から、

無理やりに散弾銃を毟り取った。


「おいッ、銃を奪われたぞッ!」

「……!!」


包囲している側に緊張が走り、

一瞬、

銃撃が止んだ。


——刹那、


拳法は、

盾を持ったまま、

銃床を下にして銃身を床に立て、

片手でポンプをスライドさせると、

進行方向とは逆、

来た方向に大きく跳んで転がった。


二回転、

大きく前転して、

膝を突いた姿勢で着地した、

その瞬間、

左手の防弾盾をあっさりと手放し、

代わりに構えた散弾銃を、

続けざまに四発、

残弾全弾を発射した。


虚を突かれ反撃できないまま、

四人が斃れる。

瞬間、

拳法はもう飛び出していた。


怯み、

崩れたつ、

心理的な隙を突かれた形だった。


拳法は先刻と同じように、

猛ダッシュで銃口を上げさせて置いて、

すぐに低く転がり、

脚を薙ぎ払い、

倒れたところを叩きのめした。


そのまま次の相手に向かって走る。

決して止まらない。

居付かない。

前転とダッシュとを織り交ぜ、

狙いを定めさせない。


だけじゃない。


できる限り相手と相手の間に入る。

動く相手の、

必ず中間地点に位置する。

位置し続ける。


ギャングと言えど、

味方を撃つことは出来ない。

組織から制裁を受けることになるし、

組織の制裁が無くとも、

誤射したそいつの身内や仲間から、

恨みを買い、

やがて殺されることになる。


拳法の姿の向こうに、

味方の人影が差せば、

引鉄を引くのを断念し、

銃口を下ろすしか無くなるのだ。


「ちッ、クソッ!」


向かって来る拳法を照準に収めるも、

背後に仲間の姿を認めると、

引鉄を、引きあぐねてしまう。

その、

一瞬の間隙を突き、

ダッシュで一気に距離を詰め、

慌てて引鉄を引くその、

射出された弾丸の軌道を、

低く転がって躱し、

木剣で襲い掛かる。

肉を打ち、骨を砕く。


そして、

一人斃し、

二人斃し、

三人、四人、五人斃した所で、

敵は戦意を喪失し、

遂に、崩れ立った。


コイツには勝てない——


そう思わせることに成功したのだ。

盾と、木剣とが、銃撃戦を制した。


「退がれッ、退がれッ!」

「報告だッ、誰か上に状況を報告しろッ!」

「撃つなよ、仲間を撃つな!」


残った七、八人が、

口々に何かを怒鳴りながら、

ロビー中央の階段を銃を片手に、

或る者は駆け、

或る者は脚を引きずって、

上階へと上がって行く。


そして、

夜の静けさが、

再びロビーを満たし、支配した。


「本当だった、……」


ひとり、

拳法はそう呟いた。死中に生あり、——

本当だった。


髪の中を切っていて血が頬を伝い、

だけじゃなくて全身血塗れだったが、


「確かに、まだ生きてる、……」


楽しそうに、拳法は笑った。そして、

上を睨みつつ、

階段を、

床を咬むような力のある足取りで、

上った。











































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