第18話:奴隷、飼い犬、誰かの、所有物、———
「ふう、………」
ドアに鍵を掛け、頬に貼り付かせていた笑みを解くと、ギルベルトは奥のベッドのある部屋に足を運んだ。
「とんだ邪魔が入るとこだったな」
年端も行かぬ美しい少女が、ベッドに、紐で縛り付けられていた。二本の腕と、二本の脚を、X字に開いた状態で、引っ張って、戒めてあった。
繊細なレースをあしらわれた純白のブラウスに、際どいミニのフレアースカート、そして、その下の伸びやかな脚には、伸縮性のあるやや厚手のタイツを履いていた。
子供みたいに柔らかな銀髪には、アクセントとして生成り色の布製のヘアバンドが巻いてあり、更に頚筋には、チョーカー、………いや、革製の小さなバンドが付けてあった。
首輪、———
という事なのだろう。
奴隷、飼い犬、誰かの、所有物、———
ボス・デリンジャーの指示だった。顧客からの要望なのかも知れなかったし、ボス自身が考えた「趣向」なのかも知れなかった。悪趣味、としか言いようが無かったが、しかし、この美しい少女の場合、肌の白さのせいなのか、儚げな佇まいのせいなのか、それがひどく似合った。
もちろん、それは少女、なのではなく、十三歳の少年、——— ユリウスだった。しかしこうして女装させて見ると、本当に女の子にしか見えなかった。
「はは、こんなとこ見られたら、大変なことになってたな」
「あ、あなたは、あ、あの時の、………」
やっとの思いで、ユリウスはそれだけを口にする。男を睨んでいるつもりだったが、しかし反面感じている「怖れ」にその眼が大きく見開かれて、まるで星屑を映す一対の鏡のようで、その美しさに一瞬、ギルベルトはハッとして、息をするのを忘れた。しかし、すぐに我に返り、
「覚えていてくれたんだ、うれしいね」
と、眼を細め、笑みをこぼしながら返した。
「くっ、………」
ユリウスは、眼元に悔しさを滲ませる。怒りに、少年の瞳の光が、強くなった。
三年前の、この街で、一見おんなの子と見まごう十一歳の少年を、無理やり連れ去ったのはギルだった。この地域で大規模な戦闘があり、多くの犠牲者が出たことをニュースで知り、仲間と共謀して街を徘徊する戦災孤児達を、攫いに来たのだった。
基本的には、現金に換えやすい少女や、女児を攫うのだが、その際に少女だと思い込んで連れ去ったのがユリウスだった。
「こうしてまた会えるなんてな、とっくに死んじまったと思ってたぜ」
少年が拘束されたベッドに自らも乗り、少年の太ももと太ももの間に自身の膝を突いて、ギルは言った。
「また、あの時みたいに泣いて見せてくれよ」
悔しさに、ユリウスは眉を怒らせ、眼を細めてギルの顔を睨め付けた。
「その顔、たまんねぇ、きれいな姉ちゃんの怒った顔って、最っ高ーにエロいよな」
ユリウスは反射的に男の身体に視線を走らせた。身の危険を、感じたからだった。ジーンズの上からでも、若い男のそれが、異性に対する害意を孕んで、質量を増して行くのが見て取れた。
「三年前と比べて、どれくらい成長したのか、見せてくれ」
厚手のタイツにきつく包まれた太ももの上に手のひらを滑らせながら、ベッドの上であられもなく捲れ上がったスカートを、さらに上の方に押し上げて行く。
「や、やめて、………」
「アンバランスだ、………」
ギルは、成長期であることを示すその、伸びやかな脚のラインを眺める。
「からだの方はまだこんなに小さくて子供みたいなのに、なんて長い脚なんだ、ヤバいだろ? いくら何でも、………」
その目は眠そうに見えて、しかし、不思議な熱量を帯びていた。そう、まるで何かに、酔っているような、———
「やわらかい手ざわりだ、本当に、男の子じゃないみたいだ、………」
十三歳の少年の脚を、そのゲルマニア騎士団帝国に出自を持つ男は、入念に、飽きることなく、執拗に撫でさする。
「や、やめて、………」
不快な感触に声を上げるも、その男の耳には入らないようだった。不意に、少年のウェストを、その大きな手で鷲づかみにして、
「なんて細い腰なんだ、………」
たまらなさそうな目でそう呟き、ユリウスの、タイツのウェストの、ちょうどへそのある辺りに、くちびるを強く押し付けた。
「ちょっと、ちょっ、………」
ユリウスはもがいたが、四肢を拘束されていて、どうすることもできない。それに、その抵抗は、その力は、弱々しいものだった。
少年は、慣れていた。こうして、大人の男からからだを求められることに、慣れてしまっていた。しょうがないことと、諦めてしまっていた。
ギルは、ウェストをガッチリと掴んでいた両手を離した、そして、そのゴツゴツした男の手を、真っ白なブラウスの乱れた裾から、胸の方へと、乱暴にすべり込ませた。
「えっ、な、なに? ———」
少年は、からだにぴったりフィットするタイプの、伸縮性のある素材のタンクトップを身に付けていた。そしてそのバストは、もちろん完全に平らだった。
「胸がない、なんてことだ、胸がない、………」
諦めるのかな、一瞬そうユリウスは思ったが、違った。
「こんな女の子みたいな姿をしているのに、胸がまったく膨らんでいないなんて、なんていやらしいからだなんだ、◯◯を犯しているみたいだ、どうにか、なっちまいそうだ、………」
ギルは、男の子のバストに膨らみが無いという、そんな当たり前の事実に、ひどく興奮してしまっていた。目の色が、変わってしまっていた。
ひとしきり平らな胸の、その膨らみのない感触を入念に確かめると、今度は、フレアースカートのひらひらした裾をたくし上げ、タイツにきつく包まれた腰の輪郭を、乱れて波打つシーツの海の上に、剥き出しにした。
十代初めの少女のような、下腹部と、腰と、太もものラインと、そして、女の子には無いはずの、しかし控えめなサイズの膨らみ、———
ギルは、すぐに脱がそうとせず、腰の前にあるその膨らみを、タイツの生地の上から、ゆっくりと、撫で上げる。
「やだっ、やっ! やめて、………」
男は、しかし柔らかな手触りのその、芋虫のような小さな膨らみの腹を、くちびるの先で、突つくように押す。
「やめて、お願い、………」
ユリウスは、今はもう泣いてしまっていた。すべてはあの頃に、逆戻りした。いやそれは、ほんのひと月前までの、ごくありふれた日常に過ぎなかった。
からだと、こころの、限界に晒され続ける日々、———
泣いている少年のことを気にかけるゆとりは、もはやギルには無かった。
これほどの美少女が、自分と同じ男性としての性感を有している、———
その倒錯的で、蠱惑的な魅力に、すっかり盲いてしまっていた。
ギルは小さなままの膨らみに右手を置いたまま、そのすぐ横に顔を強く、ぎゅっと押し付けた。そして、その厚手のタイツの布地越しに、少年の匂いを深く、鼻腔に吸い込んだ。
予想していた尿臭は無く、しかし独特な花のような匂いが、甘く、微かにしていて、———そう、それは年頃を迎えた男の子の匂いで、ギルの理性は、完全に焼き切れてしまった。
彼は唸り声を上げながら、その厚手のタイツの生地を、両手の指で引き裂いた。そこは◯◯のすぐ横の、下腹部と太ももの付け根の、その境界をなす、敏感なエリアだった。タイツの裂け目から覗く白い肌が、痛々しく、そしてまぶしかった。
息がすっかり荒くなった男が、その白い柔肌に吸い付き、舌でねぶって味わうと、すぐに、タイツのウェストバンドに指を掛けた。そしてその瞬間、———
「ねえ、お願い、………」
少年は小さく声を上げた。男は手を止めて、劣情に目のまわりを赤くしたまま、少年の顔を見た。単なる中止の要請なら、すでに聞く耳など持たないギルだったが、その少年の声に、甘く、鼻にかかった、ある種の媚態を感じたからだった。
「なんだ!?」
男の、眼だった。欲情に血走った、男の眼。
「あっ、………」
少年はたじろぎつつ、しかし小さく息を吸い込むと、まぶたを伏せ、視線を横に逸らせて流し目を作りながら、湿り気を帯びた女性のような声で、言った。
「やさしくして、………」
今度はギルが、息を呑んだ。少年の変化に、驚いたのだ。しかし、すぐに下を向いて、
「はっ、………」
と息を抜き、そして自らを嘲笑うかのように力なく嗤った。――― そうだ、この子は長い間、ずっと性的な奴隷として生きてきたのだ。こういうことに、慣れている、はずだった。ベッドに拘束までして、心配性にも程があるな、と自分が可笑しくなったのだ。それに、或いはこの子も、こういうことが、嫌いではないのかも知れなかった。
「ふふっ、………」
そう笑うと、ギルは身体を起こし、ベッド上に大の字に拘束した少年の、その四肢の戒めを、ひとつずつ順番に解いた。手足が自由になっても、その柔らかな肢体の少年は、一面にひろがる波打つシーツの上に、横たえたままだった。
「いい子だ、………」
ギルは、流し目の、その目尻からこぼれ落ちる涙を、人差し指で拭い、そのしずくを舌の側面で舐め取ると、煽情的なまでに乱れ流れるその、耀やく美しい髪を、撫でた。
「お前が泣くところを、もっと、俺に見せてくれ」
男は、寝そべったまま涙を流す少年を、両手をシーツに突いて、正面から見下ろした。そして左手で頬を包み込み、顔を上に向かせると、淡く色付く、その花のようなくちびるを、吸った。
甘い、———
花のようなくちびるから吸い出されるその透明な液体は、まるで花びらの奥に分泌する微かに甘い蜜のようで、ギルは夢中になってそれを吸った。
そして少年は、きつく瞑った目尻から止めどなく涙を流しながら、男の欲望を必死で、懸命に受けた。
自分が、自分でなくなる。他の、誰かのモノになる、その瞬間をユリウスは味わっていた。運命を、受け入れた、瞬間。——— そして、
その時だった。
階下で、騒ぎが起こった。
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