第14話:狙撃銃の、その引き金の前に、箱型の弾倉が挿してあった


風の無い夜だった。古代の遺跡のごとく人気の無い街路を、銃声がきつく叩いた。


**


デリンジャーのアジト、廃墟となった病院を公安は監視していた。病院の裏側、かつての職員の通用口だったドアを、バス通りを隔てた真っ正面から監視できる位置にあるアパートメントの、一階だった。


ドアを小さくノックする音。


「誰だ」

「キルヒマン」

「入れ、ニーナじゃないのか?」

「すぐ来ます、それまでの代わりです」


部屋の中は薄暗く、何か食べ物が傷んだような臭いと、タバコの饐えたような臭いとが、折り重なるように層をなして重く、空気を澱ませていた。


中には捜査官が二人いた。二人とも男性。一人はブッ散らかったダイニングテーブルの上で、何やら写真や報告書類を、うんざりした顔付きでまとめており、もう一人は分厚いカーテンを引いた窓際に三脚を立て、そのカーテンの合わせ目に突っ込んだ望遠レンズ付きのカメラのファインダーを、無精ヒゲに覆われた口元を尖らせた仏頂ヅラで、無言で覗き込んでいた。


「デリンジャーに何か動きはありましたか?」


ギルがそう訊くと男はファインダーから目を引き剥がし、覗き込んだままに右目を瞑り、左目だけでこちらを見た。新人が生意気なこと言ってんじゃねえよ、そう言いたげな貌つき。


しかし、ギルの顔を見ると、男は驚いたように一瞬、動きを止めた。一瞬の、しかし不自然な静止。瞑っていた筈の右目も、今は薄く開いていた。


「二時間くらい前から人の出入りが多い」


眠そうな視線を望遠レンズの方に戻しながら、男は言った。そして無精ヒゲを撫でこすり、


「お前、なんか知ってるんじゃねえのか?」


と言い放った。何で自分にそんな事を訊くのか、ギルはハッとなり、そして緊張した。何かに勘付かれている。或いは。———


「俺が知ってるハズ無いじゃ無いですか、今来たんですよ?」


言いながら、ギルは腰のホルスターに挿してある拳銃の位置をそれとなく確認する。男はヒゲを撫でこする手の動きを止め、もう一度こちらを見た。乾いた、―――眼。


「三日前の深夜、お前によく似た男が入っていくのを見たぜ」

「………」


ギルは黙って拳銃を抜いた。ゲルマニア製の拳銃の定番、ワルサーP99だ。


「やっぱり、そうだったんだな」


細く乾いた目を、微動だにする事なく、男は続けた。


「止めておけ、分かっているだろう?」


言うとおりだった。建物を監視する際に、一班だけで監視に当たるなどあり得ない。主要な出入口を定点で監視・記録する班と、相手に何か動きがあった場合にすぐに尾行に移れる周辺を巡回して監視する班と、必ず二班で当たるのが定石なのだ。銃声がしたり、急に連絡が取れなくなったりすれば、何かあったと、すぐにバレてしまう。


と、———その時、連続する射撃音が、冷気漂う街路のコンクリートを叩いて、部屋の中に届いた。


「何だ、何の音なんだ?」


もう一人の捜査官が寝不足の黄色い目を、しかし大きく見開いてリビングから駆け込んできた、その左目に、ギルは9ミリ・パラベラム弾を三発撃ち込んだ。


「オイッ! お前………」


人間よりも何か、もっと重くて大きな、例えば業務用の冷蔵庫が倒れるような、そんなド派手な音を立てて、その捜査官は二人の間に割って入るように倒れた。


「お前ッ、こんなこと、………どうなるか分かってんのか!?」


ギルは静かに、ヤケに大きく見えるその男の亡骸を、ただ見下ろしていた。


「どうもならない、何も起こらない、お前らが死ぬだけだ」


すると再度、先程の連続する射撃音が、森閑たる街路のコンクリートを叩いて部屋の中に届いた。


「ほらな、外にいた連中は死んだぜ、残ってるのはもう、お前一人だけだ」

「どういう事なんだ、それにいったい、これは………何の音なんだ?」


この時代、銃声なら誰もが聞き慣れていた。しかしそれは、今聞いた射撃音は、これまでに聞いた事が無い音だった。大勢が誰かを取り囲んで、一斉にライフルを発砲した様な、そんな音。だが、その無数の銃声が重複する事なく完全に等間隔に、しかも一発ずつ聞こえてくるのは、やはり不自然だった。


「短機関銃、———ご存知無いのも、まあ無理は無い、軍の試作品で、まさに次世代の、歩兵用突撃銃だ」


そう、その音はまさに機関銃のそれだった。前線で使用される機関銃に比べて発砲音は軽くて小さく、連写速度もゆっくりだが、装填・射撃までを全自動で行う機関銃の射撃音と同じ性質の音だった。


「そんなシロモノが何でこんな所に?」

「ふっ、だから………」


ギルは少しだけ顎を上げ、笑みに細めた目に、嘲りの色を浮かべて、男を見下ろした。


「お前らが見張ってる相手は、軍の上層部とも繋がってる、って事さ」

「デリンジャーが、という事か? じゃあ、………今撃たれたのは仲間か?!」


そう言って男は、閉め切ってあった遮光カーテンを撥ね除けるように開けた。刹那、———


白く瞬く閃光とともに、窓ガラスがメチャクチャに割れて、連続して発する射撃音が鼓膜を叩くのと同時に、ヒゲの捜査官の全身に無数のライフル弾が音も無く突き刺さった。


五秒間くらいだったろうか? ———しかし、それは耐え難いほどの長い時間に感じられた。二十発近い弾丸を受け、その捜査官は全身から血を流し、そして動かなくなっていた。


ギルは部屋の奥に尻もちを撞いて倒れていた。怪我は無かった。捜査官がカーテンを引いた瞬間に、全身の毛がそそけ立つような、そんな危険を感じて後ろ向きに飛び退ったのだ。理由など無かった。ほとんど脊髄反射的な行動だった。そこにもう、その男が、いるような気がしたのだ。そして、その予感は正しかった。


割れて無くなった窓ガラスの向こうに、荒涼たる夜の景色の中に、その男は立っていた。ダークスーツに、髪をグリスでオールバックに撫で付けた、サングラスの男。両手に、変わった形のライフルを把持していた。銃身がやや長めのイカツい印象の狙撃銃の、その引き金の前に、箱型の弾倉が挿してあった。最新の歩兵用銃火器———短機関銃、オートマティック・ライフルだ。


「よう、待たせたな」


スカリーゼはそう言って、ニヤリ、と笑った。いや、口の右端を歪めて吊り上げた。


「………」


尻もちを撞いて床に座り込んだまま、ギルは言葉を発する事が出来ない。


(お前なんて来なくても何とかなってたし、って言うか今、死ぬとこだったぞッ!)


「いつまでも座り込んでるんじゃねぇ、行くぞ」


「えっ、………」


ギルは付けて行けない。射撃時の炸裂音とガラスが割れる音が、頭蓋の内側でまだ木霊していた。


「ボスに報告だ、別嬪さんの坊やの所に、案内してくれるんだろう?」


踵を返すと、スカリーゼは廃屋の病院に向かって歩き出した。病院の通用口からは四人ほどが出て来て、こちらを見ていた。


「殺人拳の塚原拳法と、やりあわなくっちゃな、アハハハハ!」


そう笑い声を上げながら、そのマフィアのガンマンは、短機関銃を掲げて見せた。


「ま、楽勝だけどな、空手家なんぞ、五秒で蜂の巣にしてやるぜ」


そして片手で懐から煙草の紙包を取り出すと、口で咥えて一本だけ抜き取った。

















































  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る