第11話:「あのっ、あの、なんか、……ヤラシくなっちゃってた?」
日曜日、拳法とユリウスは、街に買い物に出た。
最初の頃は外に出るのも嫌がったユリウスだったが、「あした買い物行くか?」と訊いたら、「うん」と嬉しそうに頷いた。あれだけ酷かった緊張も、拳法やニーナと過ごすうちにだんだんと緩み、正常に復しているかに見えた。
街中のアーケードにある広い服飾店に、二人は入った。——これから冬になる、その前に服を買い揃えて置きたかった。下着は、近所の生活雑貨店や、ことによると食料品店でも購入できたが、ジャケットやパンツは、サイズの問題もあり、やはり本人同伴で、ちゃんとした服飾店で買い揃えるべきだった。
「好きなもの、選んでいいぞ」
そう言って選ばせたようとしたが、ユリウスはどうしたらいいか分からない様子で、長めの銀色の髪を小さな子供みたいに振って、キョロキョロと視線を彷徨わせた。そして長い前髪の間から、不安げな眼で拳法の方を見た。
ユリウスは、なぜか子供服の方が気になる様子だった。十三歳の、言わばティーンエイジャーである少年にとって、それは不自然な行動だった。
しかし拳法はハッとした。
彼の、心の年齢は、その発達は、十一歳で止まっているのだ。
拉致・監禁され、恐らくは奴隷として使役されていたであろう期間、彼の社会性と、その精神年齢は、成長することを止めてしまったのだ。およそ二年間もの期間、少年は過酷で、非人間的な環境下で過ごしたに違いなかった。自分を護るために、みずから心を閉ざしてしまったのだ。
「ユーリ、こっちだ」
十代の若者の服装が陳列されている売り場の一角を探すと、拳法は少年を手招きした。
「ここ?」
「そうだ、好きなの選べ」
「ん、………」
そうしてキョロキョロと棚に視線を巡らすユリウスを、拳法は見下ろしながら一緒に歩いた。
長い髪の毛。銀髪なのになめらかなツヤがあるのは、髪の毛が細くて、クセが無いからだ。
子供のように小さな顔と、柔らかそうなまるい頬。心配になる程に細くて華奢な首筋と、同じく華奢で、頼りなげな肩。
肌が白い。
光を受けた肌が、首筋が、うなじが、横顔が、そして前髪の間から覗くおでこが、その光を反射して、白く、滲んで見えた。
やっぱり女の子みたいだな、と拳法は思う。
ユリウスは、デニム生地の丈夫そうなカーゴパンツと、上から被るタイプの大きめのパーカーを手に取って見ていた。男の子らしいチョイスではあったが、通路の反対にある十代女性ものの衣服の方が、ユリウスには似合うように思えてしまうのだ。
若い女性向けの衣料は、生地の風合いや色彩の、そのバリエーションが豊かで可愛く、何よりセックスアピールを念頭にデザインされているため、男ものよりも、ちょっとだけエロい。
拳法は、そんなことを考えながら、無意識の内に、女性ものの売り場に視線を彷徨わせる。例えば、
……例えばあんな、柔らかそうな綿素材の裾のまったく無いピッチピチに小さな薄桃色のショートパンツなんて、
……例えばあんな、襟から胸にかけて真っ白なレースを上品にあしらった女の子らしいでもちょっぴりエッチなモノ凄く短いマイクロミニのワンピースなんて、
そ、そんなのユリウスに、……ぜっ、絶対に似合うに決まってるッ!!
馬鹿なことをひとり考える三十男は、そんな自分をじっと見る十三の少年の視線に気付くことはなかった。そして自分の買い物もあることを思い出し、
「ユーリ! ズボンは裾上げが必要だから必ず試着しろよ。店の人に見てもらうから選んだら俺を呼べ」と声を掛け、自身も売り場を回った。
衣料品の値段は世相を反映して、かなり高騰していた。共産連邦相手の世界大戦とも言うべき全面戦争のさなか、海路・空路を問わず、物資を海外から輸入することが困難な状況となっていた。だけでなく、国内のロジスティクスの状況も、共産シンパ過激派によるテロや各種妨害工作により運送網はズタズタに寸断され、結果、物価の高騰はほとんどすべての分野に及んでいた。
(俺は、とりあえずある物を着ればいい。ユリウスの方を優先しよう)
やがてユリウスが呼ぶ声がしたので、その声がした方、——試着室に急いだ。いつの間にか選び終えていたらしい。(でも、呼べって言ったのに、……)そんなことを思いながら前まで来ると、少年がカーテンから顔だけ出して、
「せんせえ」
と呼んだ。少しだけ、イタズラっぽい表情。
「裾上げしないと、……店員さん呼んでくるからちょっと待ってろ」
ユリウスのそんな表情には気付かずに、拳法が踵を返しかけると、
「ちょっと待って」
と呼び止め、立ち止まった拳法に向かって楽しそうに手招きした。子供がイタズラする時の、最高に楽しそうなあの顔。拳法も、思わず笑ってしまう。
ところで、
子供と一緒にいると、こんなふうに笑ってしまうことがよくある。予測不能であることの怖さと、しょうがないな、という諦め。でも本当は、可愛くてたまらない。
「ふふっ、いったい何だよ?」
拳法は、付き合うことにする。ちょっと怖いような気もするが、どんなイタズラなのか、見てみたい。そして、それは拳法の想像を、軽く超えていた。
「似合う?」
ユリウスがカーテンを引いて開けると、それは、……そこにいるのはユリウスではなく、短いミニのワンピースをしかし上品に着こなす、とても可愛らしい少女だった。
ノースリーブの、そのマイクロミニのワンピースは、真白な生地に薄い青色で花草模様をプリントしてあり、襟と、そして袖には、繊細なレースが涼しげにあしらわれて、とても
裾の丈は、しかし危ないくらいに短く、ふとももが根本近くまで剥き出しとなっていて際どかったが、それでもイヤラシく見えないのは、スラリと伸びやかな脚のフォルムと、柔らかそうな肌の、その痛々しいまでの白さのせいだ。
悪ふざけのつもりだった。
拳法が女の子の服を見ているのを見ていて、その女の子の服をオトコのぼくが着ていたら、きっと台無しで残念な感じになるに決まっていて、でも先生はきっと、可笑しくなって大笑いするに違いない。そしたらぼくも一緒になって笑って、それはきっと、もの凄く楽しい気持ちに違いない。と、思ったのだ。
「じゃーん!!」
そんな効果音を、女の子みたいな声で付けながら、ユリウスは身体を斜めに向けて、際どいミニのワンピースの裾を指先で
その裾を、ゆっくりと引き上げた。
二本の柔らかそうな
やがて露出した小さな腰には、薄桃色のショートパンツがきつく張り付いていた。女の子らしい、柔らかそうな素材の生地。ごく小さなショートパンツなのに、そのまるく開いた裾と、そこから伸びる
そして薄手の綿素材の布にきつく包まれた腰の、その前の方にはやはり、女の子には無い膨らみが、小さくとも確かにあって、もちろんそれは、その子が男の子である証なのだが、彼のほとんど少女にしか見えない容姿とのギャップから、その膨らみは、途轍もなくエロいものとして拳法の網膜に焼き付いた。
レースに飾られた胸が完全に
試着コーナーの入り口近くをたまたま通り掛かった女性店員が、遠目にそんな少年の姿を目撃し、運んでいた衣服を思わず取り落とし、それほ床にバラ撒いたまま、飛び出そうなほどに眼を大きく見開き、その場に立ち尽くした。しかし、当事者の二人は気付かない。
(ふふっ、せんせえ笑ってくれるかな?)
そう、それはユリウスにとって、単なる悪フザケに過ぎなかった。ノンケを転ばす悪魔の誘惑であるとは、もちろん思わない。
しかし目の前の拳法は、ごくごく真剣な表情で、まったく笑ってはおらず、むしろ、怒っているようにすら見えた。
(あれ、……?)
じっと見られていることで、ユリウスは急に恥ずかしくなった。裾の両サイドを摘んでいた手を慌てて下げると、その裾ごと両手を、股のあいだに挟んだ。フザケて笑ったままの表情を、ユリウスは何とかキープしていたが、顔が真っ赤になっていた。
「あのっ、あの、なんか、……ヤラシくなっちゃってた?」
拳法は、今はその男っぽい
「ばかっ、呆れてんるんだ、……フザケ過ぎだ」
そう、強がって見せて、それから今度は急に、
「ふふっ、あははは、――」
と笑って見せた。
「ど、どうしたの、……?」
顔を真赤にしたまま、きょとんとした表情のユリウス。そして拳法は、こめかみをキツく押さえた手をズラして、笑みに細めた眼で、びっくりしているユリウスの方を見た。
「いや、でもさ、その格好、……ニーナに見せたら、いったいどんな顔するかと思ってさ」
「やめて」
言下ににべもなく否定して、しかしすぐに、笑顔になった。それは年相応の、ごく無邪気な、ほんの子供の
**
「これで揃ったな、会計するぞ」
拳法はそう宣言すると、精算するためにレジに向かった。
「えっ、それも買うの?……」
抱えた商品の中に、あの、もの凄く短いワンピースと、ぴっちぴちの小さなショートパンツも、一緒に入っていた。
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