第10話:真っ白なワイシャツにキツく包まれたロケット形のバストが、
「変わったわね、拳法センセイ」
連邦捜査局の公安警察官、ニーナ・ジュリアンヌ・グライナーは言った。
「……?」
拳法は頚を傾げた。思い当たる節がない。勤務明け、夕方に拳法の道場に立ち寄ったニーナに「晩飯でも食っていけ」と拳法が誘ったのだ。
「ひょっとして、口説いてる?」
「ユーリがいるのにか?」
そう言って一緒に食事の支度をするユリウスを視線で示した。
「一緒にカレー作ってるんだ、食べてけよ」
「ユーリくん、料理できるんだ?」
ユリウスは言葉を発することなく、ただ首を横に振った。しかし口元には、楽しげな笑みが浮いていた。
「やってみたい、って言うからさ、一緒に作ってみることにしたんだ。何ごとも勉強だからな」
そういう拳法も、楽しそうに笑っていた。そしてそんな拳法を見て「変わったわね」とニーナは言ったのだ。
「最初に会った頃はさー、まだ私は助手でさー、センセイいつも暗い眼しててさー、怒ったような顔してたじゃん。ザ・犯罪者、とでも言うかさー、凶悪犯の顔だよ完全に。もーこのおっさん絶対真っクロじゃん、って思ったもんだよー」
「おい、……」
何てこと言うんだ、という口ぶりで、しかし拳法は笑ってしまっていた。
「でもさー、こうしてユーリくんと一緒にいるセンセイの顔見て、ちょっと安心した、自分じゃ分かんないかも知んないけどさ、センセイついこないだまで、そんな深刻な
そうかも知れない、拳法は思った。確かに、ここ五、六年は、笑ったことなど無かったような気がする。そう、——ユリウスと、出会うまでは。そしてそれは、まだひと月も経たないくらいの、ごく最近の出来事なのだ。
ユリウスは手を止めて、不思議そうな顔をして、ニーナと、拳法の顔を交互に見た。今日はTシャツを被り、タボっと大振りな洗い晒しのデニムパンツを穿いていた。拳法のお下がりだった。自分が着ていた物を、この、可愛いらしい少年が着ている、——不思議なこそばゆさと、或る種のうれしさとが、拳法の胸の奥を暖かくする。
「何でもない、ほら、手を休めるなユーリ」
思いとは裏腹に、拳法はそんな事を言ってしまう。少年の、何かを訊ねるように見開かれた眼が、光を砕いて、まるで星屑のようにきらめいていて、途轍もなくきれいだったのだ。夢に見る、理想の少女のような、……
「センセイは、ユーリくんのことを、とても可愛いって思ってる、って話よ」
「おいおい、……」
と笑いながら、拳法は口籠った。照れくさかった。いや、少し慌てた。可愛いにも、二種類ある。
そして、やはりと言うか、ガラス細工のような
しまった、——と思った。失敗した、何故だかそう思った。見透かされ、警戒されたかも、……
でもユリウスは、
父親に甘える女児のような、ほんとうに可愛いらしいしぐさで、その軽くて柔らかな感触に、拳法は、なんかもう、ちょっと、いっぱいになってしまった。赤くなった顔を二人から逸らして黙る。
「いいなー、ユーリくんっ、私にもして!!」
ニーナが立ち上がり、ユリウスの、すぐ隣に立つ。少年の鼻先で、真っ白なワイシャツにキツく包まれたロケット形のバストが、ほんの少しだけ揺れた。
ユリウスは何かを考えながら、そのかたく盛り上がる女性捜査官の胸を、間近にじっと見ていたが、すぐに顔を赤らめて、困ったような表情になり、助けを求めるように拳法の顔を見た。少しだけ、泣き出しそうな雰囲気。
「無理無理っ、ニーナ、いい加減にしろ! ユリウスも、真に受けなくていい、………」
「えーっ、なんでー?なんでダメなの? ねえ、ユーリくんっ、ほらっ、ほらほらっ!」
「だから、………」
おねショタ漫画かよ、……という言葉は飲み込んだ。
こうして、弟子のいない道場の夜は、賑やかに、更けて行くのだった。
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