第9話:綺麗な肌、華奢でエロい身体ツキ、そして血縁者のいない孤児であること、


「どうやって逃げたのかは分かりません」その男は言った。「気が付いたらもう、いなくなっていたんです」

「説明になっていない、見張りは付けてなかったのか?」武装強盗団の首領、自らの詰問だった。

「はい、………」とだけ答えて、男はその先を言い淀んだ。

「何故だ?」

「衣服を、身に付けていなかったので、逃げられないだろう、と、………」

「下着くらいは身に付けていただろう?」

「いえ、その、………」男は、そのまま黙り込んでしまう。


「なあ、………」


 少し間があって、溜め息と共にデリンジャーは語り出した。


「俺は、何も好き好んで子供の売り買いなんてしている訳じゃない。いや、銀行や、郵便局や、貨物列車を襲うのだって、本当はやりたくない。………乱暴だし、危険でもあるし、怖ろしい、本当にやりたくない」


 いきなり始まった身の上話に、男とギルは面喰らった。それも世情を騒がす列車強盗:グスタフ・デリンジャーらしからぬ言葉である。———銃火器と人数とで「脅して」奪う、、必ず、ひとり残らず「皆殺し」にしてから強奪する、という徹底した手口がデリンジャーの犯行の特徴だった。


「ガキの頃から周りの大人や顧客に与えられた仕事をこなし続け、期待に応え続け、走り続けて、今の俺がある」


 男とギルは驚いたままだったが、スカリーゼとボリスは互いに目配せし、眉を顰めた。まずい傾向だった。


「いや今も走り続けている。生きるために走り始めたガキの頃のまま、そのまま走り続けている。最初から俺というボスがいてその俺の下でシノギを立てている、ノンキなお前らには分かるまい、周りの期待に応えられなくなった時、その時が死ぬ時だ。それが世の中を渡って行くということだ。期待に応え続けなければならない、走り続けなければならない。最初の客はダウンタウンのチンピラだった、それが地場の組織の連中になり、そのボスになり、複数の組織を束ねる元締めになり、政治家が加わって、連邦議会の議員も加わり、ついに教会ともコネクションが出来て顧客の一人となった、その、最初の依頼が、あの子供だったんだ。銀髪に、ブルーアイズの、まるで少女のような容姿の少年、顧客の要望に完全に合致する商品、それがあのガキだったんだ。四肢が伸びやかで、白くて綺麗な肌、華奢でエロい身体ツキ、そして血縁者のいない孤児であること、顧客の提示した条件を100パーセント満たしている。そのガキ自身も知らないだろうし、ノンキなお前らにも分かんねえだろうが、いったい俺が、どれくらいの大枚はたいてあのガキを入手したか、お前ら知ってんのか?」


「………」


 誰も、言葉を挟むことが出来ない。表情も、口調もさほど怒っている感じではないのに、声だけが、割れんばかりに大きくなっていることに、ボス:デリンジャーの怒りの、その激しさがあらわれていた。


「教会との接点も、いつも安定して開かれている訳じゃない。一撃で、分かるか、一撃で取り入ってしまう必要がある。相手の懐ろに飛び込み、一気に弱味まで握ってしまうんだ。俺は血眼ちまなこになって要望と合致する子供を捜し出し、渡りを付けた。単に美しい子供、ということなら、それこそ沢山いたし、戦災孤児なんか、本当に大勢いた。———だが「男の子じゃなきゃいけない」という条件が、想像以上に仕事を困難なものにした。男は、子供も労働力として取り引きされる。情報がないんだ。分かるか、男の子供を、性的な価値観に基づく視点からリストした資料が、そもそも無いんだ。それでも、俺は何とか捜し出した。あのガキは、資産家の馬鹿息子ども五人が、共同で所有していたんだ。共同で買い取った郊外の家屋に監禁して、日替わりで使んだ。俺は四人に、それぞれまとまった額の現金かねを払い、反対した一人は殺した。………分かるか?その辺で拾ってきたアバズレの商売女とは、訳が違うんだ、………」


 デリンジャーは、痩せギスで長身の、四十代中頃の男だった。黒縁の、度の強い眼鏡を掛けており、ギャングのボスというよりは、田舎の小学校の校長先生、と言った風体の人物だった。四十代、と言ったが、老けて見えるだけで、或いはもっと若いのかも知れなかった。


「今、下着も穿いてなかった、みたいな話だったが、一体全体、どういう訳なんだ?」


 重厚な造りの椅子の背もたれに、大きな背中を預けると、マホガニー製の頑丈なデスクの上に、「ドカッ!!」と硬い音をたてて、重くて馬鹿でかい革靴を履いた足を、乱暴に投げ出した。両足とも、だ。


「………」誰も、何も答えられない。


「花は、水をやらねば枯れるものだ」話の風向きが、急に変わった、とギルと、逃した男は思った。しかし、そうではなかった。


「綺麗な女には、金が掛かっているものだ。誰かが、決して安くはないその金を払っている。可愛い女には、愛情が注がれているものだ、誰かが、不自由のないように大切に、面倒を見ているんだ。子供が可愛いのも同じだ。親が、金と、手間と、愛情とを惜しまず掛けて、夢中になって、懸命に、育てているんだ。一日も、一時ひとときも休むことなく、食べることから、着るものから、躾や習い事、全てを選び、出来る限りのものを用意し、細心の注意でもって、育てているんだ」


 眼が、座っている。レンズの奥で、その眼が底光りしている。


「花は、水をやらなければ枯れてしまう。良い土を用意し、肥料を適切に与えなければつぼみを結ばない。時々陽に当て、風に触れさせなければ、すぐに病気になってしまう。そしてそれは、人間だって同じだ。女だってそうだろ?まして子供なら、———」


 口調が、変わった。


「子供なら尚更なおさらだッ!!」


 その場にいる全員が、息を呑む。「あの、ボス、決して、その、………」あまりの剣幕に、男は言い繕おうとするが、続く言葉が出てこない。その少年に、男が何をしていたか、全裸で監禁していたという、その状況が語り尽くしてしまっていた。


「子供をいつくしめとか、そんな日曜に牧師がつ説教みたい事が言いたい訳じゃない。と言っているッ!!子供は愛されていないと精神面、健康面、全てが不安定になる。いいか?そしてストレスは内臓に。内臓がダメージを受けると人間は本能的に腹部を庇おうとするために背筋が曲がってしまう。すると立ち姿から美しさが消える、伸びやかさが無くなる。運動機能が構造的に阻害されるから、溌剌はつらつとした子供らしい仕草が無くなる。消化・吸収が悪くなるから肌が荒れて、髪からもツヤが無くなる。体臭だってするようになるだろう。またストレスは脳の機能も低下させるから、くるくるとよく動く子供らしい眼の動きが無くなり、その瞳は輝きを失い、めまぐるしく変わる可愛らしい表情もなりをひそめて、全体に無反応となる。あまりきれいとは言えない、子供の形状かたちをしただけの、出来の悪い人形の完成、だ。これは断言できるが、拉致して肉親から引き離した時点で、子供独特のあの、きらきらした感じは無くなって、その可愛らしさ、美しさは半減する。そうなると子供は、ただただ未完成で、アタマも悪く、いろいろと行き届かない、単に小さなだけの人間、ということになる。商品価値ゼロ、じゃないか?しかも不味いことに、人間という商品は、購入した後のランニング・コストがかなりの額になる、負担が大きい。最悪極まる、とはこのことだ、違うか?」


 デリンジャーは一つ溜め息をくと、眼鏡を外し、瞼の上から眼を揉んだ。疲れているのだろう。


「なあ、………」


 瞼を指で押さえたまま、そう言うと、再び語りだした。


「丁重にもてなせ、とか、そんなことを望んでる訳じゃない。衣・食・住、―――着るもの、食うもの、寝る場所はせめて普通に与えるべきだ、と言っている。人間だし、生きてるんだし、まだ子供でもある、言わば「生モノ」だ。じゃないか?「生モノ」は貨物トラックじゃなくて冷蔵車で運ぶだろ?同じことだ。品質が落ちないように、傷んだりしないように、環境を整えてエンド・ユーザーにまで送り届ける、当然のことだ。ガキだから、奴隷人形だから、齧ってみたり、「食っちゃったり」していい、ということにはならない。ところで、―――」


 言いたい事をひと通り言い切ったせいか、デリンジャーの声から怒りの響きが消えていた。


「過ぎた事はしょうがない、これからどうするか、考えよう、………」


 そう言うと眼鏡を掛け直し、木材の塊のような重厚なデスクの上から革靴の足を退けた。


「とにかくもう一度捕まえて連れ戻すことだ、絶対にだ」


 そう念を押しながら、机の上に散らかった書類を整理し出した。引き出し開け、ペンや、ルーペを、その中に収納しまった。デリンジャーが引き出しを開けた瞬間、ボリスとスカリーゼは、ハッと息を呑んだことに、他の二人は気付かなかった。


「お前たち二人に探索を任せたい、が、俺もそのガキを直接は見た事がない、写真すら手元に無い状況だ、………捜せるか?」


 持てる金と力、すべてを総動員して手に入れた少年、———写真も無いなんて、そんな事あるだろうか?しかし、そんな疑念をよそに、少年を逃した男は早口にしゃべり出した。何とかボスの機嫌を取って、命拾いしたいのだ。


「それは大丈夫だと思います」男は言った。「捜せます、俺は間近に彼を見てたし、それに、彼はとても目立ちます、本当に、きれいな子なんです」


「そうか、特徴を教えてくれ、銀色の髪にブルー・アイズ、そんな大雑把な情報しか無いんだ」別の書類でも捜してるのか、他の引き出しを開けて覗きながらデリンジャーは促した。もう、怒っている様子は無かった。リーダーは忙しい、一つの事だけに、何時までもこだわってはいられない。


「肌は本当に白いです、アルビノのような、赤く、血管が透けて見えそうな、そんな白さです。銀色の髪の毛は男の子にしては少し長めで、肩に若干かかってる感じです、本当に、女の子みたいですよ。でも腕と脚は、けっこうスラっと長くて、足も、成長期の子らしい大きさで、まあ、胸は薄くて、からだも細っこいんですが、男の子ですよ、身体ツキはやっぱり。女性が見たら、きっと、カッコイイって思うんじゃないでしょうか?いずれにしても、目立つ子です、目立ちます」


 唾を飛ばし、やや早口に、まくし立てるように話す。彼が、その少年のことを「きれいな子」と表現するのは、誇張してオーバーに言っている訳ではないのかも知れない、とギルは思った。彼は間違いなく、その少年の美しさに、魅了されているように思えた。しかし、———


 その少年の容姿についての話を聞いていて、記憶に、何か引っ掛かるものを、ギルは感じていた。胸さわぎがした。


「でも一番の特徴は、やっぱり眼です、。大きな眼で、透明感のある澄んだ瞳をしています。その瞳がいつも、きらきらと光を反射していて、本当にきれいです、………」


 違和感と胸さわぎは、今は確信に近かった。


「で、どうだったんだ?———」


 デリンジャーが、男の話の腰を折った。急に、割り込んできた。最初、何を訊かれているのか、意味が、分からなかった。


「で、どうだったんだ?———」


 同じ言葉を、もう一度繰り返した。しかしその割にはあまり関心なさげに、引き出しから取り出した、何だろう、一枚の小さな紙きれに視線を落としたまま、ごくつまらなそうに、デリンジャーは訊いた。


「え、あの、………」

「だから、………」


 引き出しを覗き込んだまま、その長身の大ボスは、視線だけ上げて、眼鏡越しに、こちらを見た。


、したんだろう?」口角に、下卑た笑みが小さく貼り付いていた。「はどうだった?問題なかったのか?」


「はい、———」


 その若い男は言った。言って、しまった。そして何を勘違いしたのか、べらべらと喋りだした。


「男の子と女の子の、ちょうど中間、というか、どちらにも見える、不思議な魅力でした。柔らかくて、しなやかで、エロいからだをしていました。している時、白い肌がばら色に上気して、それが汗ばんでテカテカと光沢が浮いて、めちゃくちゃ綺麗でした。そして、すぐに泣いちゃうその顔が、とても可愛いらしかったです。声が、またいいんですよ。年頃としごろむすめのような、まだ小さい稚な子おさなごのような、可愛いです、すごく。最後は、泣きながらしがみついてきて、耳元で、だいすき、って囁きながら、漏らしてしまうんです。切なそうな、悲しげな表情で、何も言わないまま、射精してしまうんです。柔らかいおなかをひくひく痙攣させて、からだをぶるぶると震わせながら、………本当に、最高に、エロい・・―――」声が、途切れた。男は、最後まで話すことが出来なかった。


「ざッ、けんなッ!! この馬鹿野郎!!」


 デリンジャーは、デスクの引き出しから右手で拳銃を摑み出すと、一切躊躇ためらうことなくその男の顔面に向かって引き鉄を引いた。


 ズドンッ、———!!


 という重い、大きな破裂音が、部屋の四囲の壁を叩くのと同時に、男の左耳が、側頭部の肉ごと削り取れて、失くなった。


「あ」


 右の側頭部を襲った激しい衝撃に、何が起こったのか全く分からないまま、男は床にひざまづいた。


 拳銃を片手に立ち上がったデリンジャーは、デスクを回り込んで男の方に足速に歩み寄ると、


「男のガキのケツに◯んこ突っ込んでよろこんでんじゃねえよこの変態野郎ッ!! 女の子みたいでキレイでカワイイとか気色悪いこと言ってんじゃねえッ!! 漏らしちまってんのはテメエだったんだろうがこのうすら馬鹿ッ、大切なッ、大切な商品にッ、何てことしてくれてんだこのクソッタレめ!! 地獄に落ちてもがき苦しめこのっ、ゴ・ク・ツ・ブ・シ・がッッ!!」


 そう怒鳴り散らしながら、

 股間、

 腹部、

 胸部、

 顔面、

 頭部

 の順に撃った。


 馬鹿デカい拳銃だった。全長は四十センチ近くありそうだった。リボルバーなのだが全体に四角く角張った印象の、見たことのない拳銃、―――RSH12・アサルトリヴォルバー。共産圏の、拳銃だった。


 男の遺体は、ボロ布の様だった。遺体、というよりは血を吸わせた厚手のウェスだった。計三発弾丸を撃ち込まれた頭部は、そこだけを見ていると、もはや、人間の一部には見えなかった。


「これがその少年だ」


 デリンジャーは、さっき引き出しから見付けた紙切れをギルベルト・キルヒマンに示しながら言った。それは、少年が写っている写真だった。


 年端もいかぬ少年、しかし、なるほど、美しかった。


「ユリウス・ビンセント・ディラン、十三歳、そして男、だ、………」


 写真を受け取ったギルは、それを見て、凝然としてしまう。その子は、一見すると男の子には見えず、普通に、ショート・ボブの、十代半ばの少女にしか見えなかった。そしてその顔に、———


 ギルは、見覚えがあった。そう、あれは確か、三年前、———


「必ず見つけ出して連れてこい、分かったな、………」


 ギルは、見覚えのあるその少年の写真を見ながら、ただ、頷くことしか出来なかった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る