第7話:突いて、斬って、受けて、斬る、………といったふうに。

 物置と化していた、さほど広くもない板敷きの道場を片付けて、拳法は素振りをしていた。

 素振り用の木刀を振っていた。

 腕力と手首の鍛錬のために作られた、ごく短めの素振り棒で、の部分よりも、刀身とうしんの部分の方が太くなっている。野球のバットを、やや太くして、粗く削り出したままの、そんな形状だった。

 両手でなく、片手で振っていた。

 主に右手で、時に左手に持ち替えて、しかし必ず、片手で振っていた。

 訳があった。

 鍛えるため、ではもちろん無い。

 サーベルを、―――意識していた。


 サーベルは基本、片手で使う。もう片方の手には、たてを持っているからだ。もしくは乗馬うま手綱たずなを、握っているという前提だからだ。

 そしてそのサーベルは、大東亜帝国には存在していない種類の刀剣だった。大東亜帝国は、中世の戦時に於いて、基本、盾を使わなかった。甲冑だけでで防御する、という戦闘思想だったのだ。


 サーベルを意識するのには、

 訳があった。

 曰く、

 ダインスレイブの、サーベル術だ。


 四年前に終結した中近東・地中海地域に於ける「ウェールズ連合王国侵攻」で、地中海の島国に蟠踞ばんきょする、このダインスレイブという勇猛な民族が、圧倒的な火力を有する連合王国侵攻軍を、サーベル部隊による突貫攻撃で退けたのだ。


 夢、―――じゃないか?

 夢だ、世界中の武道家の、夢だ。

 狙撃銃、機関銃、迫撃砲、自走砲、これらの「兵器」を、己の鍛えた肉体の繰り出す「技」が、凌駕したのだ。


 銃撃戦や、機銃掃射を制し、塹壕切り巡らす要塞陣地をも攻略した、そのダインスレイブのサーベル術を、拳法は知りたいと思った。

 しかし、それは遠い異国の武術であり、教わりようもなく、見ることも訊くことも出来ず、

 となれば、

 サーベルを振って、振って、振りまくって「工夫」し、自らが「考案」するしか無いのだ。

 少なくとも「銃火器で武装した軍隊をサーベル部隊が破った」という事実は厳然として存在するのだ。

 同じ人間である。

 考え続ければ、工夫を重ねれば、同じ結論に、同じ境地に、必ず辿り着けるに違いないのだ。


 **


 ダインスレイブは、小振りの盾と、半月刀を使うという。盾を使うため、その半月刀は、片手で振ることになる。振り続けることになる。

 一撃、

 ならば片手でも、有効な斬撃ざんげき刺突しとつを繰り出すことが可能である。

 しかし勝負は、一撃で決まるものでは無い。

 まして戦場では敵が複数いるため、

 技を、

 一撃ではなく、

 循環させて繰り出し続ける必要がある。


 斬って、突いて、受けて、突いて、斬って、斬って、受けて、斬る、………といったふうに。


 、だ。


 受ける動作が、次の斬撃の準備動作になっていなければならず、また斬る動作が、次の防御や刺突の「溜め」とならなければならない。

 サーベルをパワー全開で一振りしたら、動作がそこで完結してしまって、一度、元の構えに戻らなければ、次の動作に移ることができない、………ということでは、生還を期すことは至難のわざとなる。ではないか?


 帝国の剣術のように、一本の剣を双腕で振る刀剣類(サーベルではなく、ソード)の場合は、二つの関節で一本の剣を操る機構となるため、より複雑な動きが可能となり、円の動きで技を循環させることが出来る。

 しかし片手でそれをやると、手首を返すくらいの、ほんの小手先の技になってしまうのだ。

 演武(演舞)や、ルールの決まった試合ならそれでいいのかも知れないが、銃弾までもが飛び交う殺し合いの場では、物の役には立たないだろう。


 また、戦場で、銃撃してくる相手に立ち向かって行かなければならない、とすると、素早く移動しながら接近する必要から「走り込んで行っての斬撃」ということになるが、技を繰り出すには、どうしても一度立ち止まる必要がある。体が定まらないと、力の入った技は出せないからだ。(銃撃する側は立ち止まった状態で撃ってくる、当り前だが)そして一瞬でも立ち止まれば、射撃の、格好の「的」となり、蜂の巣にされること必定である。


 どんなふうに戦っていたのだろう?

 どんなふうに走っていたのだろう?

 どんなふうにサーベルを振っていたのだろう?

 どんなふうに身体を使っていたのだろう?


 こちらが想定していない運歩・操体の基本動作が、きっとあるに違いなかった。


 **


 片手で、その重そうな素振り棒を、力を込めて振り下ろしてみる。やはり、動作の循環がそこで切れて、一度、完全に静止してしまう。運動の袋小路、行き止まり、だ。


 また、片手だと、刃や、切っ先の向きを「返す」のが難しかった。双腕で剣を持つと、テコの原理を利用して複雑な動きが可能となるが、片手だと、そうは行かない。すぐに、手首を痛めてしまうそうだった。


「何してるの?」めずらしくユリウスが道場を覗きに来た。

「剣の、工夫」

「くふう?………」

「そう、拳でも、剣でも、どう使うのが一番いいか、常に考えながら試すことが重要なんだ」

「いっぱい運動して、筋肉をたくさん付けるのがいいんじゃないの?」

「それじゃあ、あまり強くなれないんだ」

「ふうん」


 分かってるのか分かってないのか、あいまいに頷いて、ユリウスはリビングの方に行ってしまった。

 拳法は、少しだけほっとした。

(一緒に練習してみるか?)

 そんな言葉が、喉元まで出かかっていた。

(死んでしまうかも知れない、………)

 しかし想念が、冷たく、脳裡を掠めた。


 ユリウスが、だ。

 ユリウスが、死んでしまうかもしれない。


 俺の空拳術は、人の命を奪ってしまう。教え子が、二人を殴り殺し、また別の教え子は、戦いから逃げるという選択肢を自ら放棄し、銃撃戦の最中さなかに死んだ。


 戦いを学ぶ者は、やがて戦いそのものに取り憑かれ、そして戦いの中に命を落とす。


 拳法は、人に武術を教えるのが、怖くなっていた。




















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