第28話

「――熱、下がらないな」


「そっかぁ……」


 千紗が学校で高熱を出してから3日が経った。病院ではただの風邪だと言われたが、熱は未だに下がっていない。やっぱり、千紗の風邪は長引くな。


 テストまで、あと4日。それまでに熱が下がっていればいいけど、どうなるかはまだ微妙なところだ。


 過去にも、千紗が風邪を引いて一週間以上寝込むこともあった。千紗のお父さんが海外へ彼女を呼びたがっているのは、そうした体質の理由もあるのかも。


 体温計を見つめて、ため息を溢しそうになるんをぐっと堪える。千紗に不安な顔は見せたくない。


「とにかく、今は風邪を治すのに専念しよう」


「……うん」


 千紗は不安そうに頷く。彼女の頭を撫でてやるが、表情は晴れなかった。


 テストが始まるまで、まだ時間はある。


 けれど、その間、千紗は勉強できないままだ。僕だって、彼女から勉強を教えてもらえない。


 もし、次のテストで僕が学年上位を取れなかったり、千紗が学年一位を維持できなければ、僕らはバラバラになってしまう。


 お互いに離れたくないから頑張ってきたのに、風邪がこのまま治らずにテストを休むことになったら、頑張ってきたことが全て無駄になってしまう。


 責任、感じてるんだろうな。


 どうにか、風邪を早く治す方法でもないものか……。 


「……志郎、頑張って風邪治すからね」


「っ……」


 ベッドに横たわった千紗は、笑顔でそう話した。まるで、僕に心配を与えたくないと言っているみたいに。


「……ああ、そうだな。頑張ろう」


 千紗の言葉に応えて、彼女の頭を撫でる。千紗はふにゃりと笑い、僕の手に自分の手を重ねてきた。


「えへへ……志郎の手、冷たくて気持ちいい……」


 僕の手にほおずりする千紗。餅のような柔らかなほっぺたをすりすりしてくる。柔らかいし、ずっと触っていたいな、これ。


 けれど、いつまでも千紗のほっぺたの感触を堪能しているわけにはいかない。今日は学校がある。


「……それじゃ、そろそろ学校に行ってくるから」


「うん、いってらっしゃぁ~い」


 部屋から出る僕に、千紗はふにゃふにゃになった声で送り出してくれた。


 千紗は一人で頑張ろうとしている。


 僕も千紗の風邪を治す方法を探してみよう。



***



「風邪を治す方法……?」


 学校へ到着した僕は、まずは大智に質問を投げかけてみた。大智は視線を廊下側の席へ移動させる。


「千崎ちゃんのことか……。まあ、こんなに長く休んでると心配だよな」


「千紗は昔から、一度体調を崩すと治るまで長いんだ。だから、それまでに出来ることがないかなって思ったんだけど……」


「なるほどな……。て言っても、ちゃんと水分を取って薬も飲んでるんだろう?」


「ああ。薬も苦いから嫌だって言ってもちゃんと飲ませてるよ」


「ん? 志郎が飲ませてるのか?」


 あっ、同棲してるのバレる!


「い、いや! 千紗の家族から聞いたんだよ、あはは……」


「そうなのか? この間、勉強会したときには千崎ちゃんの両親って見なかったけど……」


「た、たまたまだよ! 今はお母さんが看病してるらしいから!」


 必死に誤魔化した結果、大智は「お、おう……」と若干引きながらも納得してくれた。ふぅ、これで僕らの生活は守られた。


「けどさ、千崎ちゃんってやっぱりお金持ちだろ? 最新設備とかで治療してそうだけどな」


「いや、別に大したことはしてないけどな……」


「ふぅん、やけに詳しいな」


「ぎくっ……」


「そんなに千崎ちゃんのご両親に認められてるのか? これは結婚するのも時間の問題かもなぁ~」


 あはは、と大声で笑いだす大智。よかった、こいつが鈍感で。


「あとは……あれだな。人に感染うつせば治るって話、あるよな」


「迷信じゃねえかっ」


 そんなの、出来るわけないだろ!


 感染ったら、こっちまで苦しむ羽目になるわ!


 大智は「だよな~」と笑っていた。コイツも本気で言ったわけじゃないらしい。


「まあ、テストまでには治るだろ。大丈夫だって」


「そうだといいんだけどな……」


 これ以上、彼から聞いても新しい案は出なさそうだった。



***


 放課後、一日の授業を終えた僕はファミレスのバイトへ来ていた。


 千紗のことは気になるけど、ずっと傍にいても千紗が安心して休めないだけだ。せめて、バイトは休まないようにしようと出ていた。テスト期間中なので、時間はいつもより短めだが。


 厨房で仕事をしていた時、ホールの方から小さな身体が見えた。振り返れば、瑠璃先輩が小さく首を傾げていた。


「……ずいぶんと酷い顔をしているね、君。さっきから集中できていなさそうだし」


「す、すみません……」


「いや、君がいなくても店は回るから問題ない」


「俺っていらないとでも言ってるみたいじゃないですか、それ……」


「誰もいなければ店長がワンオペでやってくれるだろう」


 その時、厨房の奥から「俺ぇ!?」と店長の悲痛な声が聞こえた。無関係な人を巻き込むのは辞めましょうよ、瑠璃先輩……。


「冗談さ。まあ、悩みがあるなら聞いてあげるぞ」


「悩みと言いますか……」


 僕は千紗の現状について話した。風邪を早く治す方法はないかと訊ねると、瑠璃先輩は困ったように眉を寄せた。


「といっても、私も医者ではないからね。ネギを首に巻くとか、ホットコーラにレモンの果汁を入れて飲むとか、そういった民間療法くらいしか思いつかないぞ」


「ホットコーラにレモンって、どこの民間療法ですか……」


「あとは……他人に風邪を感染うつせば早く治るとは言うな」


 あんたもかよ。


「その案は、さっき却下されました」


「なぁんだ。感染させるためのとっておきの方法もあるのに」


「とっておき?」


 瑠璃先輩は、にやにやと口許を緩めると。


「キスするんだよ、キス」


「なっ……!」


「粘膜を交換すれば、流石に感染するだろう? 彼女を助けると思って、やってみればいい」


「や、やるかぁあああ!!」


 この人に相談するのは間違いだったみたいだ。

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