第25話
その後も、俺は千紗に支えられながら勉強を頑張り続けた。
翌日の日曜日も、二人で夕方まで勉強することに。千紗に負担をかけてしまわないか心配だったが、彼女は根気強く勉強を教えてくれた。
休みが明けて学校が始まってからも、学校での勉強は欠かさなかった。
「……よしっ、結構いい感じに出来てきたんじゃないかな」
昼休み。例の空き教室で昼食を食べ終えた僕らは、テスト勉強を進めていた。今は千紗が用意してくれた問題を解いて採点してもらったところ。
満足げに笑う千紗に、僕もちょっと嬉しくなる。
「千紗の教え方が上手いんだよ。おかげで、今回のテストは本当にどうにかなっちゃうかもしれないな」
「絶対に学年上位を取らなきゃダメだからね? 志郎と別れたくないし」
普段から怠惰な千紗が応援してくれるのは、別れたくないという同じ気持ちがあるからだ。
「期待に応えられるように頑張るよ。テストはもう来週まで迫ってるしな」
「……うん。私も、志郎の応援するから」
千紗が手を伸ばしてくる。机の上に置いた僕の手を握ると、不安そうな顔で僕を見つめてきた。
「……大丈夫、だよね?」
「……大丈夫に決まってるだろ」
千紗の手を握り返して、宣言する。幼馴染みにこんな顔をされて、さらに不安を感じさせるわけにはいかない。
僕は、千紗に相応しくなるんだ。
彼女の隣に立っていいような人間になりたいんだ。
そのためなら、どんな努力だってしてやる。どれほど無謀に思える壁だって乗り越えてやろう。本当に大事な子のためなら、いくらでも頑張れるはずだから。
「えへっ。志郎が言うなら、大丈夫かな」
千紗は不安に強張った顔を緩ませて、ふにゃりと笑った。
椅子を引いて立ち上がると、僕の方へ歩いてくる。何をしようとしてるんだ? 椅子に横になるように座り直すと、千紗は僕の膝の上に座って来た。
「な、何してるんだ……?」
「毎日こんなに頑張ってるから、志郎を充電させてぇ~」
「僕は充電器じゃないぞ」
けれど、千紗に色々と面倒を見てもらってるのは事実だ。膝の上に乗ってきた彼女を拒むことはできず、結局、そのままにしてしまう。
千紗は「志郎って、何だかんだ私に逆らえないよね~」と笑っていい、身体を反転。僕と向き合うようにして座り直すと、背中に細腕を回してきた。
彼女の身体が落ちてしまわないように、僕も背中へと腕を回す。最近は何度もこうして抱き合っているけど、なかなか慣れない。千紗の柔らかさや温もりを感じると、ドキドキと心臓が早鐘を打った。
「……志郎ってば、今日も心臓の音すごいよ」
「う、うるせぇ……」
僕の胸に耳を当てながら話す千紗へ、思わずツッコミを入れてしまう。千紗はくすくすと笑うだけで、離れてくれる気配はなかった。
本当に、こいつはどうして……。
「……どうして、俺のことを助けてくれるんだ?」
「え?」
「ほら、三年前の時もそうだっただろ。中学は別々になって、会わない期間もあったのに、千紗は僕を助けてくれた。僕を助ける義理もメリットもないはずなのに……」
「幼馴染みを放っておけるわけ、ないじゃん」
「それは、そうかもしれないけど……」
あの時の僕は、客観的に見ても関わりたくない人物だったはずだ。両親に捨てられ、ヤクザに追いかけられ、まさに人生のどん底って感じだったし。
しかし、千紗は僕の背中に腕を回したまま、こう続けた。
「それにね、志郎には昔からたくさん、助けてもらったから」
「え……?」
「志郎って、たまにしか学校に来なかったから知らないと思うんだけど……私、周りから避けられてたんだぁ」
「っ……」
それは、知らなかった。僕の知る千紗は、周りからの人気者ということだけだ。高校でも、千紗は周りの人に囲まれているし、避けられる要因なんてないはずだけど。
「ウチってお金持ちでしょ? 学校でも、みんなとは違う高い物とかよく持って行ってたの。筆箱とか、鞄につけるアクセサリーとか……色々とね。そのせいで、他の子たちから『生意気なやつ~』って言われちゃってたの。もちろん、みんな陰から言ってただけだけどさ……」
「金持ちとか、そんなのどうでもいいのにな……」
僕にしてみれば、お金なんて生きていくのに必要な額だけあればいい。欲をかきすぎれば、僕の両親のようにギャンブルにのめり込んで人生が破綻する。
「千紗は千紗だよ。いつも面倒くさがりで、ちょっと生意気なところはあるけど……」
「何それ、ひどぉい……」
「全部事実だろ……けど、何だかんだ面倒見が良いし、一緒に過ごして楽しいのは千紗だけだよ。だから、僕は千紗が幼馴染みでよかったって思ってる」
「っ……」
そうして話していると、予鈴が鳴った。そろそろ教室に戻らないとな。
「ほら、降りて。教室に戻ろう」
「い、今はダメ……もう少し、このままでいさせて……」
「え? でも、授業が始まるし……」
「だ、だってぇ、志郎のせいでしょ……」
千紗はぎゅぅ、と僕の身体を抱きしめて、耳元で囁くように言った。
「顔、赤くて……志郎のこと見えない、から……」
「ッ……」
「志郎が恥ずかしいこというのが悪いんでしょ? だから、もう少しだけ、このままがいい」
「あ、ああ……」
どうやら、僕の幼馴染みは褒められるのにめっぽう弱いらしい。そういうところも、可愛いんだって。
僕も千紗の背中を強く抱きしめた。僕だって、千紗に助けられたんだ。誰よりも大切な幼馴染み。キスなんてしなくても、僕にとっては誰よりも特別な幼馴染みだ。
そんな彼女の身体を抱きしめていると、二人の身体が一つになったみたいに心臓の鼓動が伝わってきた。千紗も、ドキドキしている。けれど、嫌じゃない。心臓は早く、身体は火照って熱くなっているが、心地の良い激しさなのだ。
千紗とこの先もずっとこうしていたい。
そのためにも、勉強を頑張らないと。
そんなことを考えながら抱きしめていると、本鈴が鳴った。授業が始まる。サボるわけにはいかないが、千紗は相変わらず放してくれなかった。
「千紗、離れたくないけど授業が……」
「……しろ、う」
千紗が腕を外す。密着した身体を離した彼女は。
「寒い」
火照った顔で、虚ろな目で、僕を見つめて言った。
「あたまが、ぼぉ……として……ふら、ふ、ら……す……る……」
次の瞬間、千紗の身体が力を失ってぐらりと後ろへ傾いた。
「千紗っ!」
咄嗟に、僕は千紗の身体を抱き留めていた。千紗の身体は熱く、ただでさえ白い肌がさらに青白くなっている。
「千紗……おい、千紗!」
返事は、ない。
千紗は、ただただ苦しそうに、熱い呼吸を繰り返していた。
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