第23話
朝食を済ませた後、千紗の部屋で勉強をすることになった
「相変わらず散らかってるな……こんな場所じゃ集中できないんじゃないか?」
千紗の部屋を見回してみる。テニスコート二つ分はある広さなのに、部屋は物が散乱していて足の踏み場さえない。こんな部屋で勉強できるとは思えないが、千紗が「自分の部屋で勉強したい」と言いだしたのだ。
「ちょっと必要なものがあるの。いいから、座って」
先に部屋に入った千紗は、床に直置きされた荷物を適当に放り投げながら道を作り、ベッドの脇に置かれた机へと移動した。ちなみに、部屋の角には千紗の勉強机もある。高そうなデスクトップパソコンが置かれ、モニターも三つ設置さあれている。普段はそれを使ってネトゲをしているらしい。
千紗に促され、僕は机の前に座った。
勉強道具を机の上に出して準備していると、千紗がパソコンの方へと移動していた。
何をしてるんだ?
疑問に思ったその時、パソコンから音が聞こえてきた。
「……喫茶店の音?」
「そ。静かな環境で勉強するよりも、音がある方が集中できるから。特に、人混みとか自然の音とかオススメだよ」
今、パソコンから流れてきている音も、喫茶店の店内を録音したような音だった。人の声や靴の音、食器が擦れる音なんかも入っている。こんなBGMがあったんだな。
「ついでに、ポモドーロをかけながら勉強するから
「ポモドーロ?」
「簡単に言えば、集中力を長続きさせるための方法だよ。25分ごとに1回、アラームが鳴るの。その後、5分だけ休憩して、また25分集中する……それを4セットやってから、20分休憩するの」
「ええと……つまり、集中する時間を分割するってことか。それよりも、ずっと集中してやった方がいいんじゃないか?」
「人の集中力ってそんなに長続きしないの。ほら、ずっと勉強してたら、最後の方に疲れて別のことをしちゃったりするでしょ?」
……まあ、確かに分からなくもない。勉強をしばらく続けていると、最後にはついスマホを見ちゃったりするし。
「ああ、必要なものがあるって言ってたのは、パソコンのことか」
「そ。スマホでもいいんだけど、どこでも持ち歩ける分、つい触ったりしちゃうから。勉強する間は、スマホは目に憑かないところ……隣の部屋とかに置くのがいいかな」
「そ、そこまでするのか……」
「スマホが視界にあるだけでも、集中できなくなるものなの。志郎のスマホも隣の部屋に置いてくるから貸して?」
僕はポケットからスマホを取り出すと、千紗に手渡した。千紗は一旦、部屋から出ると隣の部屋へ移動。スマホを置いて帰ってきた。隣の部屋は、千紗の両親の部屋なので、今は使われていない。ちょうどいいかもしれないな。
「それじゃ、勉強を始めよっか……くしゅっ!」
「うおっ! ビックリした」
千紗は「ごめぇん」と謝りつつ、ティッシュを取ると花を噛んだ。
「風邪か?」
「う、ううん。ちょっとむずむずしただけだから大丈夫」
丸めたティッシュをゴミ箱へ向かって投げる。ティッシュは放物線を描き、見事にゴミ箱の中へ入った。
千紗は一度、体調を崩すとしばらく寝込んでしまう。確か、僕らが再会した翌日にも、体調を崩して寝込んでしまったんだ。
ちょっと、不安になる。
「え? 志郎……?」
気づけば、僕は机越しに千紗へと手を伸ばしていた。額に手を軽く当てる。熱くはなさそうだ。
「熱はなさそうだな。でも、体調が悪くなったらすぐに言えよ?」
「う、うん……」
「ん? 何か、顔赤くないか? 一応、熱を測った方がいいんじゃ……」
「い、いいから! もう……こういう時だけそんなことするんだから」
ぶつぶつと呟きながら、千紗は顔を逸らしてしまう。顔は赤いままだ。不安にはなるけど、大丈夫って言っている以上、こちらから言えることはもうない。
「それじゃ、まずは25分、やってみるか」
「……うん」
こうして、二人だけの勉強会が始まった。
***
――ピリリリ。
パソコンから鳴ったアラームに気づき、顔を上げた。どうやら、勉強を始めて25分が経ったらしい。
「何か、あまりやった気になれないな……」
「その分、いつもよりも長く集中できるはずだよ」
千紗はペンを置くと、すっと立ち上がった。足元のゴミを器用に避けながら、僕の隣へ移動してくる。
何をするのかと思っていると、千紗はその場で正座をして両手を広げた。
「それじゃ、こっちおいで?」
「は?」
「膝枕だよぉ。休憩の5分間は、志郎の疲れを癒してあげる」
「いやいや、まだ25分勉強しただけえだぞ!?」
「もぉ、素直になりなよ。それとも、私の膝じゃ不満?」
むすぅ、と頬を膨らませる千紗。
「確かに、私は身長低いし、太ももだって細くて柔らかくないかもしれないけどさぁ……せっかくなんだから膝枕させてよぉ」
「うっ……」
泣きそうな顔で睨まれて、何も言えなくなってしまう。僕だってしてほしくないわけじゃないんだ。仕方ないから、素直に従っておこう。
「分かったよ。それじゃあ、その……失礼します」
「えへへっ、どうぞ~」
千紗は上機嫌になって、僕を受け入れてくれた。千紗の膝に頭を置くと、柔らかな感触に頭を支えられた。
千紗は細いとは言ったけど、十分なくらいに心地がいい。
「よしよし。いつも頑張って偉いね」
さらに、千紗は僕の頭を撫でてきた。
「あのさ……もしかして、僕のことを子ども扱いしてない?」
「そんなことないよぉ。でも、いつも頑張ってるのを見ると、甘えさせたくなっちゃうかなぁ」
「それって、やっぱり子ども扱いしてるだろ」
「嫌なのぉ?」
「…………嫌じゃないけど」
「んへへっ、志郎ってば真っ赤になって可愛いんだからぁ」
千紗は笑いながら、僕の耳に触れてきた。耳たぶをぷにぷにと揉まれる。何だか気恥ずかしさを感じてしまう。
何だこれ、処刑か?
羞恥で死にそう。
「ねーえ、私も偉い?」
羞恥を堪えていると、千紗から質問が飛んできた。甘えるような声に、僕は「はいはい、えらいえらい」と適当に答える。
「本当に偉いって思ってるなら、それ相応のことしてくれないとや~だ~」
「はいはい……」
寝ころんだ状態のまま、千紗の頭を撫でた。琥珀色の髪に触れると、千紗は「にへへ……」と満足そうに笑う。
そうこうしているうちに、再びパソコンの方からアラームが鳴った。5分が経ったらしい。
「さて、勉強を再開しないとな……」
「うん。……ねえ、志郎」
千紗が僕の正面へ移動する前に、耳に顔を寄せてきた。
「後でまた、してあげるからね……♡」
「っ……」
わざわざ耳元で言う必要なんてないのに、千紗は僕の耳にささやいてから正面へ移動した。
僕は机の上のノートへ視線を落としながら、顔が熱くなるのを感じていた。
そんなことされたら、余計に集中できねぇよ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます