第4章 天才な幼馴染みと癒されたいだけの日常

第22話


 父さんとの再会から一夜が明けた。


 千紗の父親との約束がある上に、父さんとの約束までしてしまった。次のテストでは必ず上位の成績を取らないとな。


 今まで一度も獲ったことのない成績を取るのは難しいだろう。でも、千紗が居れば何とかなる……はず!


「そうだ。千紗だって協力してくれるし、頑張れば大丈夫だよな!」


 そして、今日は土曜日で学校も休みだ。勉強するにはいい日のはず。


 早速、千紗を部屋まで起こしに行こう。



***



「うぅ……あと五分だけぇ……」


「やっぱり、ダメかも……」


 千紗の部屋まで来たのはいいけど、全く起きてくれる気配がない。いつもなら、土曜日だし諦めるところだ。けれど、起きてくれないと困るんだよなぁ。


「お願いだから、早く起きてくれよ。マジで勉強しないとヤバいんだから……」


「むぅ……」


 千紗は頭まで被っていた布団から、顔を出した。僕を丸い瞳で見つめてくると。


「じゃあ、起きる代わりに何してくれるの?」


「何って言われてもな……」


 少し考えて。


「それじゃ、今日の晩御飯は千紗の好きなオムライスにしよう」


「それじゃ、晩御飯までおやすみ~」


 ダメだったらしい。


「じゃあ、千紗は何をしてほしいんだよ」


「言わなくても分かってるくせにぃ」


 千紗が緒鬱的に笑う。まあ、分からないわけじゃない。やりたくないというだけだ。


「キスならしないぞ」


「ぶぅ、ケチ。昨日はあんなにちゅっちゅしたのにぃ」


「ほっぺたとか首とかに、な!」


「一回も二回も変わらないよぉ。けど、今度は志郎の方からしてほしいな?」


「うっ……」


 まあ、一回やったのだから、その後に何度やっても「キスをした」という事実は変わらない。って、千紗の理論で言いくるめられるなよ、僕!


「ほんと、お願いだから起きてくれよ……」


「やーだー」


 千紗は布団を頭から被ってしまった。こうなったら、こちらが何かしないと起きてこないだろうな……。


 ひとまず、僕は千紗のベッドに腰を下ろした。彼女がいつも使っているベッドは高級品で、かなり柔らかい。寝心地も最高だろうし、布団から出たくないと思う気持ちも分かる。


 まずは片手を千紗の頭の横についた。布団を僅かに捲ると、琥珀色の前髪の隙間からおでこが見える。手で軽く髪を払うと、さらに口を寄せていく。


 千紗の白いおでこに唇を押し当てる。と、千紗の身体がぴくっと軽く跳ねた。顔を話すと、羞恥で一気に顔が熱くなるのを感じる。


「ほ、ほら、キスしてやったんだから、早く起きろよ……」


「……足りない」


 立ち上がろうとした僕の服を摘まみ、千紗は布団から顔を覗かせて僕を見つめてきた。くっ、こうなったら何度やってもおなじだ!


 僕は千紗に覆いかぶさるようにして、おでこにキスをした。顔を放そうとすると、千紗が僕の頭の後ろへ手を回してくる。逃げられない。そう感じた時には、千紗が僕の鼻へキスをしていた。


「っ! お、お前な……」


「えへっ。鼻にちゅーすると、本当にキスしてるみたいだね」


「い、いいから起きろよ……」


「まだ充電が足りない。それに、志郎ももっとしたいって顔に書いてある」


「くっ……べ、別に、僕はやりたいわけじゃないからな」


 言い訳しながら僕は千紗の柔らかな頬にキスを落とした。本当は分かっている。僕だって千紗とやりたいんだってことくらい。


 その後も、僕は千紗が満足してくれるまで頬や額、首に何度もキスを落とした。唇じゃないから、まだセーフ……だよな? 不安になるけど、細かいことは考えないようにする。


 千紗もようやく満足したみたいで「えへへ~」とふやけた顔でニヤついていた。


「ほら、朝食の準備をしてくるから、早く着替えて来いよ」


「んっ、じゃあ着替えさせて?」


「そのくらい自分でやれ」


 さすがに、これ以上は僕の理性が持たない。千紗が「えぇ~」と不満そうに声を上げるのを背中に、僕は彼女の部屋から出た。


 リビングで朝食の準備をすること数分、パジャマから着替えた千紗がリビングへ現れた。僕と千紗は、対面するように机に着く。


「それで、こんな早くから起きてもう勉強するの?」


「そのつもりだよ。僕は今まで学年最下位だったし、普通に勉強するだけじゃ足りないと思うんだ。千紗には迷惑をかけると思うけど……手伝ってくれたら助かる」


 千紗のお父さんとの約束だけじゃなく、自分自身の両親との約束もある。千紗と別れて暮らしたくないし、頑張らないといけないんだ。


「まったく、本当に迷惑だよぉ」


「うっ……悪いって」


「悪いって思うなら、それ相応の感謝の気持ちをくれなきゃね?」


 千紗はいたずらっぽく笑っていた。そして、机に両肘をついて前のめりになると。


「あーん……」


 口を開けて、何かをねだって来た。いや、何をしてほしいのかは分かっている。


 僕は小さくため息を溢しながら、自分が食べていたパンをちぎって千紗の口に差し出した。千紗はそれを食べると、笑顔になりながら椅子に座り直す。


「んへへ。勉強って言い訳をつけると、志郎が何でも言うことを聞いてくれるね」


「俺を操り人形みたいに言うなよ……」


「それに、志郎が学年上位を取る気になってくれて、私も嬉しいよ?」


「当然だろ。千紗と別れたくないし……」


「ううん、それだけじゃなくてさ……」


 ん? どういうことだ?


 千紗を見返して首を傾げる。彼女はニヤニヤと笑いながら、こう答えた。


「だって、志郎が学年上位を取ったら、ご褒美にお互いのお願いを聞くって約束でしょ? 志郎がそんなに私とチューしたいんだなぁって思ったら嬉しくてさぁ」


 わ、忘れてたぁああ!!


「べ、別に上位を取ったからって千紗とキスするって決めたわけじゃないからな!?」


「じゃあ、教えてあげないよ? 離れ離れになってもいいの?」


「それお前にもダメージが来る手段だろ!?」


「うん! 私も志郎と離れたくなぁ~い! だから、約束守ってね?」


 潤んだ瞳で僕を見つめてくる千紗。えっと、これって断るって選択肢ないよね? もはや恐喝の域だよねぇ⁉


 僕って、本当に幼馴染みに甘いのかもしれない。でも、そんな千紗と暮らす日々を望んでいる自分もいる。ちょっとウザいときはあるけど、何だかんだ楽しいし。


「……ま、約束を守るかどうかは、その時になってから考えるよ」


「ふぅん。じゃ、絶対に約束を守ってもらうためにも、私も頑張って教えるから!」


 何だか、さらにやる気にさせてしまったらしい。


 そんな彼女に苦笑しながらも、僕たちは朝食を食べ続けるのだった。

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