第17話
「ここが、千崎ちゃんが住んでるマンション、なのか……」
目の前のそびえ立つ高級タワマンを見上げて、驚愕に呟く大智。同級生にこんな高級タワマンに住んでいる子がいるって、聞くだけじゃ信じられない話だよな。
さらには、大智の隣でも、栞奈さんが目をキラキラと輝かせながらマンションを見上げている。
放課後、僕らは勉強会するために千紗のお父さんが借りているマンションへ集まることになった。大智や栞奈さんの家は部屋が狭いらしいので、ここに来ることになったのだ。
「ねえ、志郎! 千紗ちゃん、先に帰ってるんだよね?」
「あ、ああ……ちょっと部屋の片づけがあるとかでね」
僕は苦笑いで返す。
千紗は僕らよりも先に帰って、部屋の片づけをしてくれている。僕が先に帰ってもよかったのだが、同棲してることがバレかねないので千紗に任せるしかなかった。
ただ、不安はあるんだよなぁ……。
千紗は部屋の片づけが苦手だ。自分の部屋でさえ、ゴミ箱にしてしまう散らかりようだし。彼女に掃除を任せて本当に大丈夫だったのかな。
そんな不安に頭痛しそうになっていると、スマホが鳴った。電話の相手は千紗だ。
『もしもし? 片付けたからもう入ってきていいよー』
「本当に大丈夫か? 千紗が掃除なんて……」
大智や栞奈さんに背中を向けて、スマホに囁くように問いかける。電話越しに千紗が「むぅ……」とうめいた。
『失礼だなぁ。私だってやる気を出せばやるんだよ。やらないだけで』
「だったら、自分の部屋くらい片づけてくれ……」
『そんなことよりも早く入って来てねー』
「話を誤魔化すな!?」
しかし、千紗は先に電話を切ってしまった。面倒事だからって逃げやがって……。
小さくため息を溢し、スマホをポケットに入れると大智や栞奈さんへと振り返る。千紗からの電話の内容を伝えて、僕らはマンションの中へ入った。
自動ドアを抜け、ふかふかな絨毯が敷かれた床を歩いてエレベーターの前で立ち止まる。三人で乗るには広いエレベーターに乗ると、最上階のボタンを押す。
そんな僕を見て、大智が一言。
「なんか、手慣れてね?」
ぎくっ!
こんなことで疑われて、同棲がバレてたまるか!
「ま、まあ、千紗とは幼馴染みだからな。昔からよく来るし……」
大智は僕の返答に「へえ~?」とニヤニヤしながら言った。バレてはないみたいだけど、誤解はされてる気がする。
しばらくして、エレベーターが止まり、千紗の部屋の階に到着。エレベーターから降りて正面に、千紗の部屋の扉があった。扉脇のインターホンを押すと、中から「はーい」と声があがった。
「おかえりなさいっ!」
扉が開かれると同時、千紗がにこにこしながら言った。
「ああ、ただいま」
「おかえり? ただいま?」
って、さっき気を付けろって言い聞かせたばかりだろ、俺ぇええ!!
「って、夫婦じゃないんだから「おかえり」はおかしいだろお!?」
大智が疑問を持つ前に慌ててツッコミを入れる。あぶねぇ……いつものクセで普通に返事するところだった!
千紗も僕の反応を見て笑っていた。
「もぉ、志郎ってばそんなに私と結婚したいんですか? 夫婦ごっこでもします?」
「しないよ。いいから、早く入れてくれ」
「ご飯にします? お風呂にします? それとも……」
「勉強だ、勉強! ほら、早く勉強しよう!」
「むぅ……お嫁さんよりも勉強を優先するなんて、私と勉強のどっちが大事なんですか!」
「今は勉強かな!」
「私のことも大事にしてくださいよぉ! 離婚しちゃいますよ?」
「結婚すらしてねぇよ!?」
「それじゃあ、私と結婚するのが嫌だってことですか?」
「いや、それは……」
千紗がうるうると瞳を潤ませながらこちらを見上げた。くっ、そんな表情されたら罪悪感が……!
「あーっ! 口ごもったってことは、私と結婚するの嫌じゃないんですねっ! もう、志郎君ってばツ・ン・デ・レ、なんですからぁ~」
うぜぇええええ――――ッ!!
頭を抱える僕に、大智が話しかけてきた。
「イチャイチャするのは後にして、中に入ろうぜ」
「イチャイチャしてない! ウザ絡みされてるだけ!!」
「それでイチャイチャしてないって言うつもりなら、恋人になったらどうなるんだよ」
「恋人にはならないって」
「お嫁さんにしてくれるんですもんねー?」
「千紗は黙っていてくれないかなぁ!」
ただでさえ、さっきからちょっと疑われてるんだぞ!?
焦る僕に対し、千紗はくすくすと笑っている。分かって言ってるのか? 協力して隠そうという気が見えないので、僕が気を付けないと。
その後、僕らはようやく部屋へ入った。扉を抜けた先は、畳二畳分の広さをした玄関がある。その向こうは廊下が続いているが、廊下だけでもかなり広くて長い。
「お金持ちだ……」
普段から元気いっぱいな栞奈さんも、この光景を見て唖然としていた。目がキラキラと輝いている姿は、まるで子供そのもの。今にも走りそうだ。
靴を脱いで廊下へ上がり、突き当たりの部屋へ入る。そこはリビングになっていた。
「うぉ……これはすごいな……」
今度は大智が驚いたように声を上げた。その気持ちは僕も分かる。
リビングはどこかのパーティ会場かと思うほどに広く、清潔感があった。部屋な白を基調とした家具が配置され、ディフューザーの甘い香りも漂っている。
普段から僕が片づけている部屋だったが、千紗が掃除してくれたみたいでさらに綺麗になっていた。振り返れば、隣に立った千紗が「ふふんっ」と胸を張ってどや顔している。
「ふふん、やるときにはやるでしょ?」
千紗は僕にだけ聞こえる声で言った。掃除だけでも、いつでもやる気になってほしい。というか、自分の部屋片づけろよ。
その後、僕らはL字をしたソファーの前へ移動する。そこにはガラス製のテーブルが置かれていた。テーブルはかなり大きく、四人で勉強道具を出しても問題ない広さがある。
僕らがテーブルを囲うように白い絨毯の上に座ると、千紗が手を鳴らした。
「それじゃ、テスト勉強をしていこうと思うのですが……皆さん、得意な科目はありますか?」
千紗は清楚モードでそう質問する。家の中では、いつもダラけた口調をしているので、違和感がすごい。背中がむずむずしてきたな……。
しかし、学校での千紗しか知らない栞奈さんと大智はその変化に気づくことはない。栞奈さんは千紗の質問に、手をぱっと上げて答えた。
「得意な科目はね、数学かな! 数式覚えるだけだし!」
「俺は文系かな。志郎はどうなんだ?」
「ふっ……僕に得意な科目があると思うか?」
「聞いた俺がバカだったわ」
大智に呆れられてしまった。
「それでは、数学からやっていきましょうか。栞奈さんが一番、成績面で心配でしょうから」
「あうっ……よろしくお願いしまぁす……」
萎れた栞奈さんの声に、僕らは苦笑を漏らした。
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