第3章 デレすぎな可愛い幼馴染みと勉強会
第16話
ネカフェに泊まった翌日は、金曜日だった。
テストまで二週間を切ったことで、教室の空気はピリピリしている。ウチの学校はそこそこの進学校なので、テストに関してはみんなシビアだ。偏差値も高いけど、千紗はさらに上のランクの高校に行けたらしいから、アイツの才能を少し分けてほしい。マジで。
あっ、ちなみに鍵はすぐに見つかった。
というか、僕が失くしたと思っていた鍵を千紗が持っていたのだ。千紗は最初から鍵を失くしたと嘘を吐き、僕とネカフェに泊まろうと計画したみたい。そこまでするか……。
ただ、あそこで起きた出来事を思い出すと悶絶したくなる。
一度だけじゃなく二度までも、僕は自分の意思で千紗にキスしそうになったのだから。
「はぁ……そのうち、絶対に流れに呑まれるわ……」
「ん? 何の話だ?」
教室の机に突っ伏して呻いていると、後ろの席から声が聞こえてきた。振り返れば、大智が編み物をしている。筋肉なのに女子力たっか。
「いや、何でもない。大智は勉強しなくていいのか?」
教室を見回してみる。他の生徒は各々、テストに向けた勉強を始めていた。僕も同じように、机の上に教科書トノートを広げている。
「テストって言っても、そんなに心配してないからな。問題があるとすれば――」
ちらり、と大智が教室の入口へ目を向けた。つられてそちらへ身体ごと振り返ってみると……。
「うへぇ~ん、大智くぅう~~~ん!!」
ポニーテールに結わえた黒髪を揺らしながら、栞奈さんが駆け寄って来た。机と生徒の間をするすると通り抜けると、大智にダイブするように抱き着いてくる。
「おっと……って、どうしたんだ栞奈?」
「いや、それよりもみんなの前で抱き着かれてることに言及しろよ……」
教室のみんながこっちを見てるぞ、バカップル。
「えっとね! もうすぐテストだよね! でも、大智君のことばかり考えてて、授業全く聞いてないの! テストヤバすぎるんだよぉ~!」
「自業自得じゃないの、それ……」
ツッコミを入れてみたが、栞奈さんは僕の言葉を聞いていない様子で続けた。
「もし、次のテストがダメだったら、お父さんたちに家から出ちゃダメって言われちゃう! そうしたら、大智君ともデートできなくなっちゃうんだよぉ……ぐすんっ」
「何だって! 一大事じゃねえか!」
大智が大げさなリアクションを取った。二人は校内でも有名なバカップルだ。休日にはいつもデートしているみたいだし、それがなくなってしまうのは、二人にとって大事件なのかもしれない。
と、そこへ。
「勉強の話ですか?」
「ぐへっ」
いつの間にかやって来た千紗が、僕の背中にもたれかかって来た。千紗の行動を見て、教室中の男子が僕にさっきを送ってくる。ひぃ……。
「お、おい、離れろって……」
「いいじゃないですか。昨日は、あんなこともしちゃったんですから♡」
「だから、そういうの辞めろって!」
「アレって、何したんだよお前ら」
大智が呆れ混じりに訊ねてくる。昨日あった出来事を思い出そうとしたけれど、たくさん心当たりがありすぎた。他言できる内容じゃないし、誤魔化しておくか。
「べ、別に大したことじゃないよ、あはは」
「何か怪しいな……」
「そ、それより、僕もテストで困りそうだし、誰かに教えてもらいたいんだよね」
怪訝に見つめてくる大智から視線を逸らし、無理やり話題の方向を修正することに。大智は不思議そうにしていたが、それ以上の追及はしてこなかった。
「確かに、栞奈も志郎もいつも赤点だもんなぁ」
「実は、ちょっと色々と事情があってさ。今回のテスト、赤点どころか学年上位を取らなきゃいけないんだ」
「そうだったのか?」
「だから、今回はみんなでテスト勉強するのってどう?」
大智と栞奈さんは目を丸くしていた。しかし、栞奈さんは大智の身体をぎゅっと抱きしめながら、僕を睨んできて。
「大智君のこと狙ってるの? 志郎にはあげないんだからね!」
「誰もいらないってば」
苦笑しながら答える。
栞奈さんは隣のクラスにいて、大智と会えるのは放課後か授業の合間の休み時間しかない。学校では僕の方が大智と長く一緒にいることになるので、嫉妬しているのだろう。
「まあ、勉強会をするのは賛成だな。勉強ってもんは、教える側も頭を使うからメリットもあるし」
「……まあ、私も大智君と一緒にいるためだもんね。仕方ないから、勉強会してあげる!」
栞奈さんも渋々、といった感じに了承してくれ、勉強会が開催されることに。
しかし、この時僕は気づかなかった。
背中に抱き着いていた千紗が、不機嫌になっていることを。
***
昼休み。
昨日も来ていた空き教室で、僕らは机を向かい合わせにして座っていた。ネカフェから直行で学校に来たので、今日はお互いに弁当じゃなくてコンビニのおにぎりだ。
向かい合った状態で、千紗は黙々とおにぎりを頬張っている。
「むすー」
「って、どうして不機嫌なの……」
「志郎に勉強教えるの、私だけだったはずなのに……」
「うっ……でも、千紗のこともちゃんと頼りにしてるから。人数が増えても、千紗に教えてもらえたら嬉しいし」
「だったら、私だけでもよかったじゃん」
「それはそうだけど……」
大智や栞奈さんのことも放っておけなかったからなぁ。
どうすれば、千紗の機嫌を取り戻せるだろう。頭を悩ませる僕に。
「んっ」
おにぎりを食べ終わったらしい千紗が、不意に立ち上がった。僕の横まで移動してくると、両手を広げて無言で見つめてくる。抱きしめろ、ってことかな。
僕も最後の一口を口に放り込むと、椅子に横向きに座り直す。千紗は僕の膝の上に乗り、身体をこちらへ預けてきた。その小さな背中に腕を回して抱きしめると、千紗も同じくらいの力で抱きしめ返してきた。
「……みんなと一緒にいる時間だけ、ぎゅってして」
「はいはい。機嫌が直るまで、言う通りにするよ」
「じゃあ、一生機嫌直んない」
拗ねたように言って、千紗は僕の胸に顔を埋めた。マズいな。さっきから、心臓がバクバク動いてるの、絶対にバレる。
「んへへ。志郎の心臓、すごい音だね」
ほら、バレた。
「だ、誰のせいだと思ってんだよ……」
「私でこんなにドキドキしてくれてるんだ」
千紗は嬉しそうに呟いた。少しだけ、機嫌も直ったかな?
「千紗の気持ちをちゃんと理解してあげられなかったのは謝るよ。でも、今さら断るわけにもいかないし……」
「分かってる。こんなの、私のただのワガママなんだってことくらい。それでも、志郎との時間を、一分一秒でも誰かにあげたくないから……」
「幼馴染みにそこまで大事に思ってもらえるなら、光栄だな」
「志郎はどうなの?」
「ま、まあ……僕も千紗と長い時間いられたらうれしいよ」
もし、千紗が僕とは別の異性と時間を共にした時には、心臓が止まってしまうかもしれない。そのくらい、誰にも奪われたくない。
千紗は僕の返答を聞いて、胸に顔を埋めながら「にへへ」と笑った。
「ちゃんと、改めてお礼もするから。勉強会してもいい?」
「仕方ないなぁ、もう……」
そう答えながら、僕の身体に回された腕に力がこもり、強く抱きしめられるのだった。
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