第15話
……やっちまった。
翌日、目を覚ました僕は頭を抱えたくなった。
けれど、それは出来ない。
なぜなら、既に頭を抱きしめられているから。おかげで目を覚ました時から目の前が真っ暗だ。
千紗の両腕は僕の後ろ頭に回され、ガッチリとホールドしている。おかげで彼女の身体に顔面を押し付けられる形になってしまい、千紗の匂いを嫌でも嗅がないといけなくなっている。
いや、別に嫌じゃないんだけど。
千紗のいい匂いでリラックスしてしまいそうだ。だけど、今日も学校はいつも通りある。二度寝するわけにはいかない。
「……千紗、そろそろ起きてくれ」
声をかけると、千紗は「んぅ~」と唸りながらさらに僕の頭を抱きしめてきた。
「むぐっ!」
千紗の胸に顔を押し付けられる。く、苦しい。でも、柔らかいものに包まれるのは悪くな……って、そうじゃなくて!
「もがもが……」
千紗の抱擁から逃れようとしてみる。が、どうやら千紗は僕を抱き枕だと思っているらしい。さらに、足を僕の胴へと絡ませてきた。に、逃げれねぇ……!
動かせるのは、千紗の身体の上に載った片腕だけだ。反対側の腕は彼女の下敷きになっているので動かせない。
僕は自由に動く方の腕を千紗の頭へと伸ばした。彼女の頭を撫でてやる。千紗は「ふにゅぅ」と安心したようなため息を溢し、両腕の力を緩ませた。
よし、これで脱出できる。
千紗の腕を掴んで持ち上げ、僕の頭から離す。その拍子に、千紗は寝返りを打ち、仰向けになった。頭が解放されると、僕もようやく起き上がることができる。
半身を起こすと、固まった身体をほぐすように軽くストレッチをする。一夜じゅう、千紗に抱き着かれていたせいであちこちが固まっていたみたいだ。手足を伸ばしてみれば、パキポキと小気味よい音が鳴った。
スマホを取り出して時間を確かめてみる。朝の7時。学校まではそれほど離れてないし、準備するにはちょうどいい時間だ。
視線をシートの上へ下ろす。
千紗はむにゃむにゃと蕾みたいな唇を動かして眠っている。琥珀色の髪は扇みたいに広がり、千紗の身体に敷かれてくしゃくしゃになっていた。寝癖を直すのも一苦労しそうだ。
跳ねた髪に軽く触れてみる。手櫛で整えてみようとするが、そう簡単には直らない。サラサラと指の隙間を琥珀の髪が流れていく。その感触を堪能していると、千紗が薄く目を開けた。
「ん? 起きたか?」
「ぅうん……」
寝ぼけた声で千紗が返事をする。眠気眼を擦りながら身体を起こし、小さくあくびを漏らす。
そして、周囲を見回した後、僕を見つめてくる。その瞬間――。
「えへへ、しろぉだぁ♡」
舌足らずな声で僕を呼び、ふにゃ~、と溶けるように笑った。そのまま腕を伸ばすと、僕の方へしなだれかかってくる。
こいつ、完全に寝ぼけてやがる!
「お、起きろよ千紗。準備しないと、学校遅れるぞ」
「今日は学校やすみー」
「休みじゃないから」
「やーだー! しろぉとギュってしてたーいー」
僕の首に両腕を回したまま、千紗は離れようとしてくれない。それどころか、腰のところに足を絡めてきた。子供かよ……。
コアラ状態になった千紗は、さらに僕の耳を唇だけで噛んできた。耳に触れた千紗の唇の感触は、柔らかい。あまりの気持ちよさに、つい、身体がビクッと震えてしまう。
「そ、それ辞めろって……!」
「ふえぇ? どーして? こぉいうの好きれしょ?」
寝ぼけた千紗は、舌がとろけてるんじゃないかって思ってしまいそうなほどゆるゆるな声で耳元で言った。吐息が鼓膜に吹きかかり、顔が熱くなる。悶絶のあまり、何かに掴まりたくなって千紗の身体を強く抱きしめてしまう。
「んにゅう!?」
千紗が驚いた声を上げた。しかし、離れる気はないのか、僕の背中に回した腕は未だに放そうとしてくれない。
「んへへ。しろぉってば、甘えん坊さん」
「ち、ちがっ……」
「いいのぉ……わたしがぁ、しろぉのこといっぱい甘えさせてあげるからぁ」
おいおい、まさか昨日の続きか!?
寝る前の出来事を思い出してしまい、慌てて千紗から離れようとする。彼女の細い肩を掴んで引きはがそうとするが、千紗は許してくれず……。
「あむっ」
「ふぁっ!?」
僕の耳を甘噛みしてきた。力はそれほど強くなく、それがむしろ気持ちよくさえ感じる。しかも、唇だけで噛んでいるのだ。柔らかな感触をつい意識してしまい、ゾクゾクと全身が震えた。
しばらくして、千紗は僕の耳から口を離す。やっと解放されたかと思えば、また彼女は僕の耳に口を寄せてきた。舌が耳の溝をなぞる。猫が飼い主に身体の匂いを擦りつけてマーキングするように、千紗は僕の耳に唾液を撫でつけて自分のものだとアピールしようとしているみたいだ。
「だ、だから、やめろって……」
「んはぁっ……えへっ。こんなに身体ビクビクさせて、喜んでるくせにぃ」
「ち、違うし! 別に喜んでないから」
「むぅ。噓つきはダメなんだよ?」
千紗は怒ったように言って。
「お・し・お・き、してあげるね」
耳元に囁いてきた。
次の瞬間、千紗の舌が耳の穴へとねじ込まれた。唾液で濡れて温かな感触が伝わってくる。
「うおっ……!?」
「んちゅ……れろ……れろ……」
千紗が甘い吐息を漏らしながら、耳の穴を蹂躙し始める。舌の表面にある僅かな凹凸が耳穴の壁を擦ると、身体が跳ねあがる程の快楽が流れ込んできた。身体が千紗の身体を求め、小さな彼女を抱きしめる。千紗は「んっ……」と僅かに吐息を漏らした。
てか、ヤバい。
早く千紗を引きはがさないといけないのに、身体は彼女を求めてしまう。もっと抱きしめていたい。もっと舐めてほしい。こんな欲望、ただの幼馴染みに抱くなんて間違っているはずなのに……!
抵抗できないまま、時間だけが過ぎていく。
ぐちょぐちょ、と唾液に濡れた舌で耳を蹂躙されること数分――。
「しろぉ……耳だけじゃ、物足りなくなっちゃったぁ……」
千紗は僕の耳から顔を離した。正面に座った彼女は、とろけた表情で僕を見つめてくる。
千紗はしなやかな指を自らの唇に沿えた。
「ここに、ちゅーして?」
僕の理性は、限界寸前だった。
とろけるような声を聴いた途端、僕の手は千紗の頬に向かって伸びていた。柔らかな頬を撫でると、千紗がピクッと身体を震わせる。安心したように小さく笑うと、そっと目を閉じた。
頭ではダメだと分かっていた。けれど、本能が彼女を求めてしまっている。
本能が理性を塗りつぶし、千紗の顔へと近づこうとして……。
ピリリリ――――。
「「うひゃあ!?」」
千紗のスマホが着信音を奏で、僕らは身体を跳ねさせた。
こ、こんな時に誰だよ!
でも、助かった。危うく、雰囲気に呑まれて一線を越えそうなとこだった…-。
安堵する僕に対して、千紗は不満そうだった。むすぅ、と頬を膨らませて不満を
「もしも――」
『大丈夫か、千紗ぁああ!」
うるさっ!
電話の相手は、千紗のお父さんだったらしい。
千紗もいきなり響いた大声に、さらに渋い顔をしていた。その後も、千紗はお父さんと話していたみたいだが、声が大きいせいで全部丸聞こえだ。
「どうしたの、急に……」
『千紗が家の鍵を失くしたって連絡があったんだ! 今、ネカフェに泊まってるんだろ! あの男と一緒に!!』
なんで知ってるんだ? と一瞬思ったけど、このネカフェは千紗のお父さんの系列の会社の子会社のさらに子会社が経営している、とか言っていた。そこから連絡がいったのかもしれない。
「大丈夫ですよ、俺は何もしてませんから……」
そう、今のは未遂だからね!
『なぁにが大丈夫だぁ! そもそも、鍵を失くしたなら管理会社に電話すればいいだろ!』
「え? でも、千紗が管理会社は24時間やってないって……」
『はぁ? 貴様は何を言ってるんだ?』
千紗のお父さんは、ふかぁ~いため息をついて言った。
『24時間体制で管理会社が動いているに決まっているだろ? 千紗に連絡先も教えていたはずだぞ』
………………は?
一瞬の思考停止。そして――。
「ちぃ~さぁ~???」
「え、ええと、これは、その……」
僕が視線を向けると、千紗は動揺して視線を泳がせていた。
「やっぱり、お前、嘘吐いてたな!?」
「うわぁ~ん、違うのぉ~!」
千紗はパタパタと手を振って、僕の怒りをなだめようとしてきた。そして、左右の手の人差し指同士をちょんちょんとくっつけながら続けて言った。
「だ、だって……志郎と二人きりで泊まってみたかったんだもん……」
その瞬間、千紗のスマホの向こうで『バキッ!』という音と共に通話が切れた。
あ、あはは……まさか、お父さんがスマホを握りつぶした、とかじゃないよね?
「でも、志郎だってまんざらでもなかったでしょ?」
「は?」
千紗はニヤニヤと笑いながら、僕に身体を寄せてきた。耳元に口を寄せ、甘く囁いてくる。
「志郎も、私とイチャイチャできて嬉しかったくせに」
「っ!」
「……それじゃ、学校へ行く準備しよっか」
「あ、ああ……」
僕は真っ赤になった顔面を両手で覆った。
反論できない自分が恨めしい……!
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