第12話

 瑠璃先輩はニヤニヤと笑いながら僕を見つめていた。


「あんなひと気のない場所でわざわざ昼食を食べるなんて、よほど人に聞かせたくない事情があったんじゃないかい?」


「べ、別に俺たちは何もしてないですよ。普通にお昼を食べていただけです」


「普通に食べるなら教室でいいじゃないか。もし、人目が気になるというのなら食べる場所は他にもある。なのに、あんな埃っぽい教室を選んだのはどうしてだい?」


「そ、それは……」


「君と千崎ちゃんが幼馴染みで仲がいいということは、校内でも有名な話だ。それを差し引いても、あんな場所で昼食を食べる理由が私には分からない。今、君が仕事に集中できないほど悩んでいるのを見ても、何かあったのではないかと疑うに決まっているだろう?」


 そう話す彼女の目は、幼い子供のように輝いていた。


 瑠璃先輩は一度疑問に思ったことに対して、正解を導き出さないと気が済まない性分だ。人に対する観察眼もあるので、嘘を吐いてもすぐにバレてしまう。


 ただ、瑠璃先輩はその観察眼と好奇心を活かして、学校中の生徒から相談を持ち掛けられているらしい。善意があるわけじゃないので、好奇心を刺激させられた相談内容に限るらしいけどね。


 僕の悩みも先輩の好奇心を刺激してしまったようだ。


「悩みがあるなら何でも言いたまえ。私にかかれば、きっと君の悩みも解決してやろうじゃないか」


 それもまた、事実。


 僕が入学する前に、彼女と同級生だったヤンキーの生徒の相談にも乗ったらしい。今では、その人は喧嘩をやめて東大を目指すほどの真面目人間になっているのだとか。


 彼女に悩みを打ち明ければ、悩みがすべて解決する、なんて言われているくらいだ。


「……分かりましたよ。でも、今は仕事中ですからまた後にしましょう」


 逃げられないと思い、僕は観念することにした。


「ふひひっ……大丈夫さ、悪いようにはしないから」


 笑い方が魔女なんだよな……。


「ああ、それと君が間違って作ったオムライスは私が何とかしてあげたよ。今、店内にいるお客さんに声をかけたらみんなオムライスを食べたいって注文が入ったよ」


「いつの間に!?」


 瑠璃先輩は丸いトレーにオムライスの皿を載せると、お客さんの方へと運び始めた。身長は小さいけど、その背中はとても頼もしく見える。


 その後、時間が経つにつれて少しずつお客さんが増えていった。厨房も徐々に忙しくなってきたので、悩む暇もなく仕事に集中することに。


 21時頃になると仕事を終えた。店自体はまだ営業しているが、僕らの住む街で高校生が労働できる時間は22時までだ。ウチの店では、帰宅する時間も考えて少し早めに終わるようにしてくれていた。


 すっかり暗くなった店の外に出る。冷たい空気のせいで、吐く息も白い。


 そんな僕の後ろから瑠璃先輩も出てくる。小学生にしか見えない彼女は、僕がついてあげないと補導されてしまうらしい。シフトが被る日にはいつも家の近くまで送っていた。


「……それでは、君が悩んでいることを聞かせてもらおうか」


 店から少し歩いたところで、不意に質問が飛んできた。辺りには誰もいない。聞かれる心配がないのを確認してから、言ってきたのだろう。


「……簡単にいえば、千紗との距離感のことですよ」


 僕は正直に昼休みや放課後での出来事について話した。千紗にキスされそうになったことも、テストを教えるご褒美にキスすることになりそうなこともだ。


 全てを聞き終えた瑠璃先輩は、考え込むように顎に指を添えていた。


「……君は、千崎ちゃんと幼馴染み以上の関係になるのを恐れているのかい?」


「え……」


「あんなに可愛い幼馴染みがそうして迫ってきているんだ。普通なら、すぐに食いつくと思うんだがね」


 確かに、瑠璃先輩の言うことは的を射ている。僕は千紗と幼馴染み以上の関係……要するに、恋人になろうとは思えないんだ。


「……千紗が社長令嬢だってこと、知ってますよね。でも、僕は釣り合わないんですよ」


「問題ないだろう。平凡な人生を歩んできた人が玉の輿になる話なんていくらでも……」


「違うんですよ。僕の両親は、ゴミですから」


 僕は重い息を吐きだし、後ろ頭をかいた。


「……千紗は将来を期待されて育てられてきたんです。お父さんが会社の社長で、お母さんもその秘書をして優秀な人たちです。でも、僕は違います。両親は働かずに遊んでばかりのゴミ人間……そんな両親の血を引く僕だって、きっと同じなんですよ」


 あんな両親と同じ血が流れているなんて思いたくない。でも、事実は変えられないんだ。


「両親がゴミなら、僕だってゴミなんです。そんな僕は、千紗にふさわしくありませんよ」


 だから、僕は千紗と幼馴染み以上の関係にはならない。いや、なれない。彼女の純潔な血を、僕の穢れた血で濁すわけにはいかないから。


「なるほど。両親との間にとてつもない溝があるんだね」


 瑠璃先輩は納得したように頷いた。


「……でも、だからといって君が幸せを捨てる理由にはならない」


「え……」


「両親なんて、所詮は『一番近い他人』さ。遺伝の関係で多少は性格や嗜好が似ることはあるかもしれないが、全く同じ人間というわけじゃない。だから、君は君自身の幸せを求めていいんだよ」


「っ……」


「人生は誰かに決めてもらうものじゃない。両親がどんな人間でも、君自身には関係のない。これから誰と付き合い、どうやって人生を歩んでいきたいかは君自身が決める事さ」


「で、でも、俺が千紗に相応しいって言えるほど成績が良くないのも事実ですし……」


「もし、君が彼女に相応しくないとおもっているのなら、相応しい人間になればいい。ただ、それだけの問題だよ」


 簡単に言ってくれる。


 でも、事実だ。


 それから少し歩いたところで、「ここまででいい」と言った瑠璃先輩と別れることに。


「最後に決めるのは君さ。私はいつでも相談に乗ってやるから、何かあったら連絡してくれ」


「……はい。ありがとうございます」


 頭を下げると、瑠璃先輩は軽く手を振って僕に背中を向けて歩き出した。


 その姿を見送ってから踵を返した。千紗と同棲しているマンションは、瑠璃先輩の家とは反対方向にある。来た道を戻らないとな。


「志郎の浮気者~!」


「ぐえっ!?」


 だが、歩き出そうとしたその時、電柱の陰から姿を現した千紗にタックルを決められた!


「お、お前、どうしてここに!?」


「バイトが終わるまで待ってるって、メッセージ送ったじゃん」


「……すまん。まだ見てなかったわ」


 ポケットからスマホを取り出すと、千紗からのメッセージが確かにあることに気づく。


 てか、ずっとついてきたってことはさっきの会話も聞かれてたのか?


 おそるおそる、千紗へと視線を向ける。


「あんなに親し気に、何の話してたの?」


 千紗はむすぅ、と頬を膨らませて僕を睨んでいた。よかった。どうやら、会話の内容までは千紗に聞こえていなかったらしい。


「ちょっとバイトのことで色々とな」


「バイトの話ならバイト中にすればいいじゃん。むすぅ~」


 千紗は怒っていた。ほっぺたが破裂しそうなくらいに膨らむ。


「どーせ、瑠璃先輩の巨乳が目当てで一緒に歩いてたんでしょ! わ、私だって、ちゃんと……その……あ、ある、ん……だからね……」


「照れるなら無理に言わなくていい」


 真っ赤な顔で話す千紗に、僕はツッコミを入れる。


「むぅ……信じてないって顔してるぅ……」


 千紗は未だに不満そうだった。そして、彼女はいきなり俺の腕に抱きついてきた。


 ちょうど、俺の二の腕が千紗の胸に押し当てられるような形で。


「お、お前、何してるんだ!?」


「ち、ちゃんとある、でしょ……! 瑠璃先輩のよりは小さいけど……でも、私の方が志郎の好みだよね……?」


「どうしてお前に俺の好みがわかるんだよ……」


「い、いいから、私の方がいいって言って! じゃなきゃ、放さないから」


 言葉通り、千紗はさらに腕を強く抱きしめてきた。より千紗の柔らかな双丘に腕を押し付けられ、その柔らかさを感じてしまう。


 くそっ、意識するなって思うほど千紗の双丘をどうしても意識してしまう!


 早くこの状況から解放されるためにも、正直に話すしかないみたいだ。僕は深呼吸を挟んで、声を絞り出した。


「ち、千紗の方が……俺の好みだよ……」


「ど、どういうところが?」


「そこまで言わせる気かよ!」


「答えてくれないと、やだ……」


 そ、そんな捨てられた子犬みたいな目でみるなぁあ!


「や、柔らかさとか、大きさとか……千紗が一番だよ」


 何だこの羞恥プレイ!


 千紗も僕の言葉を聞いて赤くなっていた。頭から湯気が出てきそうだ。


「…………志郎のえっち」


「お前が言い出したんだろっ!?」


 唇を尖らせながら、責めるように言った千紗に思わずツッコミを入れてしまう。千紗は「あははっ」と大笑いした。結局、からかわれただけなのか……。


「……てか、どうしてわざわざファミレスで待ってたんだ?」


 くすくすと笑っている千紗に質問する。今度は苦笑いを浮かべた。


「実は、鍵を落としちゃって部屋に入れないの」


「おいおい、しっかりしろよ」


 完璧美少女だけど、たまに千紗は抜けているところがある。そんなところも千紗の可愛いところなんだけどな。なんて思いながら、鞄のポケットを探す。


 ……って、あれ?


 いつも入れている場所に鍵がない。他の場所も探してみたが、どこにもなく……。


「志郎、もしかして……」 


 十分ほど探したところで、千紗の不安そうな声が降って来た。僕は彼女を見上げ、冷や汗を垂らしながら告げる。


「鍵、なくしちゃったかも」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る