第6話
「昼飯どうする?」
四限目の授業が終わり、教室から先生から出るなり後ろから大智に声をかけられた。身体ごと振り返れば、弁当箱を机の上に置いているところだった。
でも、その弁当箱は明らかにおかしい。
大智が机に置いたのは三段ある重箱だ。一段目は米だけ敷き詰められ、二段目はササミ、三段目はゆで卵とサラダが入っていた。
おかしいのはそれだけにとどまらない。
重箱を包んでいたのは、なんとイチゴ柄の風呂敷だ。そんな風呂敷どこに売ってあるんだよ。
こんな風に、大智は見た目こそゴツい体つきの筋肉だるまだが、内面は女子力の高い男の子。可愛いものが好きだし、料理だってうまい。お菓子も作れるし裁縫もできる。その筋肉は飾りなのか?
「わぁ~! 相変わらず可愛いですね~」
「うわっ!」
大智に呆れていると千紗がやってきて僕の背中から抱き着いてきた。僕の肩に顎を置いた状態で、大智の弁当を見つめている。
「だろぉ? やっぱり、こういうものは可愛くねぇとな!」
「どっかで筋肉活かせよ。てか、千紗は退けろ」
「お腹空いたので、志郎のこと食べます……あむっ」
「耳を噛むな!!」
噛んだといっても唇だけで甘噛みしてきただけだけど。
そんな僕らのやりとりを見て、大智が苦笑いしていた。
「そういや、今朝クッキー作ってきたんだ。食べるか?」
大智は鞄からフィルムで包装されたクッキーを取り出した。クッキーもハート形をしている。男が男に渡すものじゃねえぞ……。
しかし、千紗は「ありがとうございます~」と迷いなく受け取っていた。僕はちょっと逡巡しながらも、大智からクッキーを受け取ることにする。
まあ、大智のクッキーって美味いんだよな。先にクッキーを受け取った千紗も、僕の肩に顎を置きながらクッキーを頬張っている。ゴリゴリ、と咀嚼するたびに肩が振動した。
離れる気が一切ない千紗に嘆息を溢しつつも、僕もクッキーを食べることにした。包装を解いて、クッキーを指先でつまんだ……その時だった。
「あぁぁああああ! 志郎が大智君からハート型のお菓子貰ってるぅうう!!」
教室に突如として響いた少女の声に、クラスの生徒がビクッ!と肩を震わせていた。僕らも声の方へと振り返る。
教室の入り口に立っていたのは、黒い髪をポニーテールにした小柄な少女。釣り目がちの瞳でこちらを睨む姿は、まるで猟犬のように見える。
彼女は机やクラスメイトをひょいひょい躱しながら、僕らの隣へと駆け寄って来た。そして、大智の机をバンッ!と両手で叩きつける。
「大智君、志郎なんかにお菓子あげちゃダメだよ! 大智君は私だけの彼氏なんだから!」
……そう。彼女は大智の彼女だ。
名前は
チワワかパピヨンに見えるほど小さい見た目をしてるけど、僕らと同学年で隣のクラスに所属している。昼休みになる度に、こうして大智に会いに来ていた。
そんな栞奈さんは、とにかく独占欲が強い。
顔は可愛くて、密かに人気もある。けれど、彼女が見ているのは大智だけだ。他の男子のことは一切見向きもせず、大智にだけ好意を向けている。その態度の違いは、まるで忠犬みたいだ。
だから、大好きな飼い主(大智)を取られまいと、変なことを言いだすこともあって……。
「志郎も大智君と仲良くしないでよ! いくら大智君がカッコいいからって、志郎に奪わせないんだからッ!」
「何で僕が大智を狙ってるみたいなことになるの⁉」
僕らは男同士だぞ!
狙うわけないんだろ!?
「だって、大智君ってこんなにカッコよくて女子力高いんだよ!? 男でも惚れるに決まってるもん!」
「決まってねぇんだよなぁあ!?」
「まあ、落ち着けよ栞奈」
と、大智が栞奈さんの頭を撫でながら言った。大智の手が大きすぎて、栞奈さんがハンドボールの球みたいに見える。
「そもそも、志郎には千紗ちゃんがいるからなぁ~。俺なんて興味ないって」
「千紗とも付き合ってないんだけど!?」
「照れなくてもいいじゃないですか~。志郎君ってば、ほんと照れ屋さんなんですから」
耳元で千紗がくすくすと笑う。調子に乗りやがって。
「それに、栞奈の分のクッキーも作ってあるから」
「え? ほんと⁉ 食べる食べる~!」
大智が言うと、栞奈さんはすぐに手のひらを返した。大智の机に両手をつき、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねて見せる。犬だ。飼い主におやつをもらおうとしている犬そのものだ。
「……私たちはお邪魔みたいですね。別の場所に行きましょうか」
栞奈さんを呆れて見ていると、千紗が耳元で言った。確かに、付き合ってる二人の間に挟まる勇気は僕にはない。というか、千紗もそろそろ限界だろう。
僕らは立ち上がり、自分たちの弁当を持って移動しようとする。ちなみに、弁当も僕が作ったものだ。千紗が料理なんてできるわけないからな。
大智に移動することを伝えようとした時、栞奈さんの手にあるものに気づいた。
「あれ? 今日は栞奈さんも弁当なんだ。いつもは大智に作ってもらうのに」
「ううん! これは私のじゃなくて大智君の!」
「俺に作ってくれたのか?」
嬉しそうに反応する大智に、栞奈さんは花咲くような笑顔で言った。
「いつも大智君にお弁当を作ってもらってるもん! たまには、自分で作ったお料理を食べてもらいたかったんだぁ~!」
栞奈さんがニコニコと上機嫌で弁当箱を包んでいたハンカチを広げていく。大智はその姿に感動し、千紗もほほえましそうな顔で見ている。
彼女のことは去年から知ってるけど、作った料理は見たことがない。どんな料理を作るんだろ――「「むごぉおッ!?」」
弁当箱を明けた瞬間、強烈な刺激臭が溢れ出した!
何だ、この臭い……まるで、何日も路地裏に放置された生ごみを、ドブで煮詰めて一週間放置したような臭いだ。
教室中から悲鳴が上がり、クラスメイト達が慌てて教室中の扉や窓を開けていく。だが、悪臭はなかなか消えない。口許を手で押さえながら、恐る恐る栞奈さんが広げた弁当箱の中を覗き込んでみる。
……そこには光すら反射しないほどに真っ黒な物体が詰め込られていた。
なんだ、これは。
いや、マジで何だこれ!?
「この世に存在して良い物質なのか……」
「むぅ、失礼だなあ! 大智君が大好きなササミだよ!」
これのどこがササミ!?
さすがの大智も、困ったような表情を浮かべていた。視線をこちらに向けて助けを求めているが。
「さーって、僕らも弁当食べてこようか、千紗」
「そ、そうですね~! あとは若い二人で……」
「おい、待ってくれ二人とも!」
「大智君! 今は私だけ見てて! ほら、あーん!」
「あ、あーん……」
ああ、二人はとても仲が良いな!
僕は千紗と一緒に教室を出た。他のクラスメイトも教室から避難――ごほんごほん! あの二人の邪魔をしないために廊下にでていた。
「では、私たちもお昼にしましょうか」
千紗が僕の手を取って歩き出した。僕らが昼食を食べる場所はいつも決まっている。
彼女に手を引かれて、僕らは歩き出す。
その直後、教室の中から「ぐああああっ!」と断末魔が聞こえた。そんなにあの料理が美味しかったのかな。分からないけど、僕は心の中でこう呟いた。
ぐっばい、大智……君のことは忘れないよ。
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