第3話
「条件だと?」
電話の向こうから怪訝な声が聞こえる。
「千紗一人に負担をかけて、お父さんは何も賭けないつもりですか? そんなの、卑怯じゃないですか」
『俺は親として当選のことを言っているだけだ』
「分かってます。だからこそ、お父さんに安心してもらうために条件を呑んでもらいたいんです」
『何だと?』
「要するに、僕が出来損ないじゃないことを証明すれば、安心して千紗を任せてもらえるんですよね? なら、話は簡単でしょ」
「それって、まさか……!」
僕がこれから言おうとしていることに気づいたらしい千紗が声を上げる。彼女の様子を視界の端に捕えながらも、僕は続けた。
「次のテストで、僕は最下位から脱却してみせます」
『――――』
「ちゃんと成果を残して、お父さんにも安心してもらいます。ですから、僕たちが約束を果たしたその時には、僕と千紗が一緒に暮らすことを許してください」
『――ははっ! ずっと学年最下位だった貴様が、今さら最下位から脱却できるとおもうのか?』
「千紗のためなら、何だってします。努力で足りないのなら、もっと努力します! だから、約束してください。千紗と僕が一緒に暮らすことを。そして、二度と千紗を成績の良し悪しだけで判断するような発言はしないでください」
『……まあ、良いだろう。だが、それだけでは足りんな』
「足りない?」
質問で返すと、千紗のお父さんは少し考えるような間を置いて。
『――学年十位だ。最低でもそのラインでなければ、貴様が千紗と暮らすのにふさわしいとは言えんな』
「ま、待ってよ! 学年最下位だったのに、いきなり学年十位になれるはずが……」
「いいよ、千紗。そのくらい、覚悟できてる」
『ふんっ。そこまで千紗と一緒に暮らしたいのか?』
「当たり前です。千紗のことは何よりも大切なので」
「も、もうっ……またそうやって、恥ずかしいことを言っちゃうんだから……」
僕の隣で、千紗は顔を赤くして何かごにゃごにゃ言っていた。何を言ったのかよく分からない。
『千紗のことを大切なのは俺も同じだ! 千紗のパパだからなっ!』
変なところで張り合う人だなぁ……。
『だが、約束は約束だ。もし、貴様が約束を果たして成績上位になった暁には、千紗と今後も一緒に暮らすことを許してやろう。まあ、貴様には無理だろうがな! だっはははー!』
千紗の父親はそう最後に言い残すと、クマの咆哮のような大声で笑いながら電話を切った。暗くなったスマホを見下ろして嘆息を溢すと、千紗が不安げにこちらを見上げていることに気が付いた。
「大丈夫なの、あんなこと言っちゃって……」
「さ、さあ……?」
「だよね。前のテストでも、全教科赤点だったもんね」
「うぐっ……」
痛いところを突いてくる。
前回のテストどころか、これまで一度も学年最下位を抜け出したことがない。そのくらいに僕の成績は悪く、いくら勉強をしていても改善されなかった部分だ。これでも、一生懸命頑張っているんだけどな。
「で、でも、あのまま何も言わずにはいられなかったんだよ!」
「どうして……」
頭に浮かぶのは、両親の顔だ。もうほとんど顔も忘れているが、彼らのやったことは今でも心に傷として刻まれている。
「僕の両親がどうしようもない人間だって知ってるだろ。ギャンブルばかりで借金も作って、挙句に逃げた奴らなんだぞ? そんな人間から生まれた僕もきっと出来損ないの人間だ。だけど、それを素直に認めたくないんだよ」
僕は両親のような大人にはなりたくない!
両親を否定するためにも成績を上げるのは必要なことなんだ。
「今まで、僕は自分なりに勉強を頑張って来た。それは、あの両親とは違うんだってことを証明するためだったんだ」
「志郎……」
「それに、千紗にも迷惑を掛けたくない。千紗がこの家で暮らしたいのなら、僕も全力で頑張ってみるよ」
今の僕があるのは、両親に捨てられた時に千紗が助けてくれたからだ。だから、千紗のためなら何でもしてあげたい。
「……はぁ。そんなこと言って、ほんとにできるの?」
「が、頑張ればなんとかなるはずだよ。たぶん……」
「そういって、いつも勉強ばかりしていても全然成績上がらなかったんでしょ。昨日だって、何時間寝たの?」
「に、二時間……」
「ウマじゃないんだから、ちゃんと寝ないと。頭が働かなくなって、余計に成績が落ちちゃうだけだよ」
「でも、僕はバイトも家事もしてるし……勉強する時間を確保しようとするとどうしてもな……」
「闇雲に睡眠時間を削って勉強をしても意味ないの。もっと効率的にやらなくちゃ」
「効率的に?」
「志郎は勉強のやり方を間違えてるの。闇雲に勉強するだけじゃほとんど意味ないんだよ。その点、私は短い時間でも効率的に勉強できる方法を知ってる」
だから……と、千紗は自分の胸に手を当ててこう言った。
「仕方ないから、私が勉強を教えてあげる!」
「え!?」
千紗は僕の頬へと手を伸ばした。小さくて冷たい手が、僕の頬を包み込む。冷たい手をしている人は心が温かいらしい。千紗もそうなのだろうか。
「志郎が私を守ってくれるって言うなら、私も志郎を支えるよ。だって、幼馴染みだもん。幼馴染みは誰よりも大切な人。志郎が困っているなら、何だってできるよ」
「千紗……」
「私の心配なんてしなくていいから。自分ができないことは、他人に預けてみてもいいんだよ。志郎は全部一人で抱えちゃおうとするけれど、こんなに近くに頼れる幼馴染みがいるなら、頼ってみてよ」
「……ああ、そうだね」
頬に触れる千紗の手に、自分の手を沿わせた。冷たい手を軽く握りしめる。千紗も、僕の手を優しく握り返してくれた。
「じゃあ、頼んでいいかな」
千紗はだらしなくて、どうしようもない幼馴染みだ。けれど、僕のことを一番に理解してくれて、お互いに信頼し合える大切な幼馴染みでもある。そんな彼女が窮地に立たされているのなら、僕はいくらでも頑張れるつもりだ。
僕の返答に、千紗も安心したように笑った。が――。
「それじゃ、ご褒美もしてもらわないとね」
「聞いてないけど!?」
「うん。だって今言ったんだもん」
にへら、と彼女は悪びれもなく笑って。
「ご褒美はちゅーってことでいいよ?」
その言葉に僕は凍り付いた。
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