2話 古書店の店主
チリン、チリチリ〜ン!
店の扉のうえに付けている、鉄の鐘の音が鳴った。
わしゃ眼鏡をちょいと下ろして、店の扉をじっと見た。
古い書物ばかりをあつかう本屋に立ち寄る者は、たいてい顔見知りだ。
さてさて、この曜日のこの時間に人が来るとは珍しいの。
そこへ、桃色の髪を短く刈ったうしろ頭が、白い息を2つほど、まわりで立ちのぼらせ入ってきた。
そのあとふり向いてこちらへ、ふうっと顔を見せた瞬間。
わしゃ組んだ足のうえに広げとった本を、急いで引っつかんで、顔を隠したね!
心臓が止まるわ、ばかかっ!!
そろそろと会計用の机に、持っている本を立てて置き、そのまま顔を出さずにひそむ。
タ、タ、タ。
近づいてくる音がする。
こ、来んでくれェ。
「あの……」
ズキーンッ!
あ、あふぅ、わし、めっちゃやばい。
立てた本のうしろで、ひぃひぃと細く呼吸する。
その向こうで、か細い声がした。
「[世界]、本、探して、ます」
なんとな。
すぅと、わしは息を吹きかえす。
盾にしていた本をぱたりと丁寧に閉じ置き、しっかと力強く立ちあがる。
「おぬし、名はなんと言う?」
と、ちろっと彼を見てすぐ逸らし、威厳のこもった渋い顔を作って、あらぬ方向を眺めつつ答えを待った。
「ウィル、です」
うむうむうむうむうむうむ、良い名だ。
渋くひとつ頷く。
「[世界]。あれは30年前、旅をしてまわった1人の絵の上手い騎士が描いての。まだ出版ギルドで駆け出しだった私の、初の大仕事であった」
そう言いながら、[世界]が置いてある棚へと堂々と向かう。
おっほ! う、うしろから付いて来んでくれェ。
うしろが気になって膝がかくかくするのを踏ん張り、なんとか目的の場所につく。
そして渋く本を取り出した。
「うむ、これだ。彼はモルリア王国に住む、すべての子どもたちにも分かるようにと、一所懸命でな。そんな心に打たれて、私もともに毎日遅くまで、彼と良い本を作ろうと頑張ったものだ」
懐かしく、彼の知性あふれる瞳と優しい微笑みを思い出し、きゅんとする。
ん、ん、いかん。
「これはもう、新しい[世界]が出ておっての。この古い型はこうしてホレ、たった3冊が私の手元にあるのみよ」
わしは渋く本棚を指さして、彼がそちらを見ている隙に、横の階段になんとか腰をおろす。
ひとつ、ふぅと息をつき、わしは彼のななめうしろ姿をながめた。
しばらく真剣に本棚を見つめていた彼が、ふわっとこちらをふり向き、透きとおった目でわしを見、しかも首を軽くかたむけ、ついには申し訳なさそうに眉をさげ言った。
「2冊、いい、ですか?」
どどど、ドきゅうんじゃろっ!
なんじゃその潤んだ瞳はっ。
ばかか、わしを今すぐ医者に連れて行けっ。
いやいやばかか、触れられたら逝ってしまうわ。
ぎゅうと階段の手すりを強く握り、にやりと笑う形をとり、ヘェヘェと呼吸を整える。
「無論だ。請われて旅立つならば、この本らも嬉しいだろうて」
額の脂汗を感じさせぬよう、きりりと渋く答えた。
そうして大きく見えるように立ちあがり、ハアハアと本棚に手を付きつき、身体を前へ前へと送り出しながら、やっと会計場所まで戻る。
いつもの椅子に座って、ほっと顔をあげると。
大事そうに[世界]の本を見つめてからキュッと抱きしめ、うふふっというように肩をあげ笑うすがたを目撃する。
ふぬぅっ! わし……あぶないっ、かも。だがまだだ、まだいけるぅ。
きっとあとすこしじゃ、がんばれわし。
両手をぎりぎりと握りしめて、口をすぼめ、ほぉーーと長く息を吐き、そして吸う。
呼吸法じゃ、呼吸法。昔、騎士の彼から習ったあれを久しぶりにやるのじゃ。
目をつむり、何度か繰りかえす。
うむ、よし。カッと目をひらき、渋く顔をあげた。
その途中で、いつのまにか会計机に、[世界]の本が2冊置かれているのに気づく。
そしてすぐ近くに彼の顔があり、支払いのためなのかコートのポケットをまさぐっているのを目にした。
すると、ずっと店の入口に立っておったのじゃろうか。
逞しい肩と厚い胸板の凛々しい男性が、うしろからやってきて腰を曲げ、なにやら耳元へと話しかけるのを見た。
桃色の彼が首をふる。
そして苦しげな顔と声で、のたまった。
「ぼ……俺ので、ヤって。同じの、がイイんだ」
ぶぐじゅゔっ! ここ、まで、かあ。む、ねん、じゃ。
い、いしゃを、よんで……くれェ。
ああ、ありがとぅー、ウィルくんー。
最後に、美しいきみと逞しい彼が話す姿は、ティーラさまに美味しい土産ばなしとして……。
と思っとったのになー。
ところでの、
『俺の稼いだお金でこの本を買って、エイダンにやって(贈って)。俺も同じの(本)が良いんだ、持ってたいんだ』
ってなんじゃそりゃ。
ばかか、省略しすぎじゃろ!
年寄りを無駄に喜ばせるんじゃないわい。
ま、とにかく頼む、怖がらずにまた来てェな。ウィルくん。
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