間筆章 王都にて

1話 美容室の店長


 カランカラ〜ン!!


 店の扉のうえにつけている、木製の鐘の音が鳴った。


「いらっしゃあ〜い」

 ワタシはいつものようにお客さんの髪をさわりながら、ヒョイッと壁越しに首だけりだし、入口をのぞき見た。


 あれ?

 扉は開いているのに誰も見えない空間から、ツッと目線が自然におりる。



 そこに茶色の革靴が現れ、茶のスラックスが店へと入りすすみ、ベージュのコートに毛で編んだ茶のマフラーがこちらを向き、最後に見えたるはピンク髪のカワイイ子! 



 というこの[ひと場面]を、ワタシは生涯、ずぇったいに忘れないだろうと断言できる。

 全てがッ。全てがゆっくりと動いていたノダヨー?  



 カッと目を見ひらいて凝視してたと思うノダ。

 無理な体勢から動かないワタシを見て、ソッと下を向いた動きにハッとして、慌ててピンクちゃんのもとへと飛んでいく。


「店長ぉ?」うしろから、見習いのシシルが怪訝けげんそうな声を出した。

「サムさん頼むよ、シシル」ふり返りもせずに、そう言い放ってしまった。

 悪いネ、ワタシは今、モーレツに忙しいノダ。



 はあああああぁ。

 頬に両手をあてて思いきりため息をつく。



 なんてこった! 

 アンタ、こんな美しーモン見たことあるかい? 

 すごく仕立ての良さそーなコート着てさ。

 モコモコの茶色のマフラー、ぐるぐる巻いてさ。

 それがまたヤケによく似合う、小さなお顔が上に乗ってんじゃないか。



 大きくゆるい巻き毛で、ふわふわっと顎まで伸びた淡〜いピンクの髪。

 前髪がキレーに目のうえで切り揃えられてて、そこからのぞく緑色の瞳。

 透明かって……んな訳ねーわ、でもそんな肌感ダ。

 唇なんか、こりゃこりゃアンタ、へへっ、へへへへへっ。

 クッハー! こりゃ悶絶ですナ、まさしく!!



 ピンクちゃんに向き合って、まじまじと見入ってるワタシの目の前に、いきなりヌッとゴッツイおっさんの顔が現れる。


 ゥゲーーッ! ワタシの麗しびとの目の記憶をかえせッ。

 ワタシはギュゥッと目をつむる。


「髪を、切りに来た」

 低くガラガラな声が、ワタシの顔にかすかに風を送る。


 ォヘーーーーッ! やめるノダ、おっさん。

 両手を頬につけたままヨッとかがんで、目の憩いを見つめ直し尋ねる。



 うふふ「どういう髪型にしますか?」

「……エイダン、エイブリン、教えて、もらい、来ました」

 細ーい声が、ウヒヒな唇から出てくる。


 って、ナニ? エイダンとエイブリン、だと? 


「あの子たち、海の独立院に行ったヨね?」


 思わず強く聞いてしまう。

 コクン、とピンクちゃんの髪が揺れる。


「アナタ、もしかして、そこから来た?」


 一瞬、不思議そうな顔をして、またひとつ頷いた。



 ヒーーーーィッ!!

 ワタシは頬にあててた両手を、思わずギューッと押しつける。


 ア、アナスタシアのセンセー! 

 そうか、そうだわ。

 こんっなにこの子に似合う髪型、あのセンセーだからヨっ。


「それで、どうしたいっていうの?」

 恐る恐るささやいた。


「短く、して、ください」


 キャーーーーッ! 言っちゃった! 

 イっちゃってるよ、この子。


 頬を押しまくって唇が飛び出すアホ顔を、どーにもこーにもやめられないノダ、今現在……ああどうしよう。



 そして。

 ピンクちゃんの衝撃発言は、[フシューッと荒く鼻息を出す懐かしのセンセー]をゆっくりと思い出させた。



 *****



 あの人の髪への審美眼は、ずっと憧れだった。

 とにかく厳しーい人。

 髪切りへの技術にも、姿勢にも。

 自分にも他人にも。


 彼がお客さんにほどこす髪型は、いつも斬新で。

 でも、なぜかしっくりと、その人らしさを出していた。

 ひと時は評判になって、美しさに敏感な人たちで賑わっていた。けれど彼は、お客さんが望む髪型が、少しでも似合わないと思えば断固やらなかった。


 そんな髪切りへの姿勢に加え、彼の言葉はあまりにも辛辣で、それなのに女性のようで。そして彼の着る怪しげな服装から見える胸毛と、鼻から顎にかけての盛りヒゲが、ウサン臭さを引き出していると糾弾されるほど多くの人には受け入れられなかった。


 彼はとうとう王都を離れ、傷心の身を抱えつつ自由にやらせてくれる場所を求めてさすらった、と言う。


 ワタシはいつも思ってた。

 この人は、生まれてくる時代を間違ってしまったのよ、と。

 もっと先の世界だったなら彼は絶対、売れっ子の美容師だろうに、と。



 *****



「ワタシが切ったって、ゼッタイ誰にも一生言わないって約束できるなら、切ってあげる」


 ワタシは下を向いて、思いきって言ってみた。


 憧れては、いる。センセーに。

 でも、競争激しいこの土地で、まがりなりにも店をかまえ何年もやってきた自負もある。

 ワタシのモットーは、お客さんの切ってほしい髪型に近づけること。

 ワタシには、センセーみたいな才能がないからこそ、目指してる。

 だから。

 でも。


 ……あの人を怒らせると、マジで怖いノダ。



 ワタシの前で「え」と戸惑う、かわいい声がした。


 思わず顔を向けると、ピンクちゃんは横にいたおっさんを見あげているところだった。

 おっさんは優しく笑い、口をひらいた。


「君が、決めることだよ」


 その瞬間ピンクちゃんが、ほほえんだ顔ぐぁぁぁぁ! 

 たとえ横顔の笑顔だったとしても、ワタシはやり遂げる覚悟ができたっ。



 だからセンセ、王都には一生来ないでぇ〜。



 *****



 まずはピンクちゃんにマフラーとコートを、ぬ、脱いでもらう。


 白いシャツのうえに濃い茶のベストが見えて、さらにジャケットを着てるんだけど。薄い茶色と赤の細いチェックがどうしてこんなに似合うノダー! 


 ちょっとォ、これって王都立学園の制服じゃなあい。

 ジャケットのえりに付いてるバッジ。緑色の上に黄色の[1]が乗ってる。1年生だワあ。



 そしてワタシは、華麗に散髪させていただきました。

 エイダンと同じように、横を耳までカット。後ろは耳うえまで短くカット。


 エイダンは、ワタシは頭のうえも前髪も少し短めにカットしてたんだワ。


 ピンクちゃんによると、それ、センセーも変えずに切ってくれてるみたい。


 だからワタシもセンセーに敬意を表して。

 頭頂部分はボリュームをおさえるカットだけにして、あまり触らず、クルッとした感じを活かし。

 前髪は、左に寄せるようにして少しずつ長短をつける。



 ケケケケケ。

 あー、触ったわ。しばらく手を洗いたくない。

 ムリだけどサ。


 それにしても、少年だったとはね。

 それにしても、おっさんじゃなかったとはね。


 あー、それにしても楽しかったノダ。

 また来て欲しい、頼むヨ、ウィルくん。

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