2話 残念なアナスタシア夫人


 ガタガタッッ!

 ────カランッ! カラカラカラ、カラ〜〜〜〜〜〜ン……



「……アナスタシア夫人。そうやっていきなり横に立つのは、ホンットよしてくださいよっ」


 アタシはバクバクする胸を押さえながら、手をぶつけて転がり落ちた鍋のふたを拾った。


「え?」


 拾ったふたを鍋に載せていると、何か声が聞こえた気がする。耳に手をかざしながらアナスタシア夫人に近づく。


「え?」


 さらにアナスタシア夫人に近寄る。


「だから。いつもちゃんと『入るわよ、キャミー』って言ってますよ」


 両手をギュッと握りながら必死に声を出している、ようだ。……聞こえにくい。



 おそらく、小教会と独立院の誰もが、アナスタシア夫人が普通にお話しするとは、知らない、だろう──ご主人のアナスタシア院長さまと、なぜかアタシを除いては。



 *****



 おしゃべりなバーバラがお休みの日、アナスタシア夫人は現れる。

 ……バーバラが怖がるから、遠慮して来ないのだ。…………。


 そしてキッチンの奥の狭いお茶室で、非常に残念ながら、顔と身体を寄せ合いお茶を飲む。


 ああ、本心を漏らして良いならば、こんなに寄り添うのは逞しい男のほうがいいよ……。



「それで? どうしたんですか? アナスタシア夫人」

「キャミー、ここではリズがいいわ」

「……そうでしたね、リズさま」


 あー……声、小ッさ。


 この方は、本当に声が小さい。

 以前アタシが魔術で声を大きくしてくださいと言ったら、[拡声]という術をやったが、誰とも近くで話せなくてやめたの、と言われた。


 遠くか近くでしか話せなくて、近くを選んだのか。

 なんとも残念な……ゲフッ! お茶、熱ッ! 


 しかし。

 この方は、ほぼ1人で独立院をまわしているうえに、時々、小教会の仕事もしている。

 畑も果樹園も綿畑も、きちんと人を使って管理されている。


 それに、院に入っている子どもや大人への気配りが本当にすごい。

 人の感情に気付くのに長けているのか、辛いとき、悲しいとき、そっと側にいてくださる。黙って話を聞いてくれている、と思われているらしい。

 …………いつのまにか消えてるらしいけど。誰もそこをそんなに気にしてないという、ね。


 そして。

 以前は、出現方法(彼女曰く、声はかけた)が恐ろしく、子ども達に泣かれていたのだが。

 子ども達の前からゆっくり歩いてくるようにし、手を極限まで伸ばして頭をなでてから近づくことを覚えた。



 こーんなに頑張ってるんだけどねえ。

 影が薄いというか、忘れられるほうが多いっていうか、残念な……イタッ! 静電気か? 手がイター。



 *****



 え? なに? モモのこと?


 モモと言えば、この人、他の子にする現れかたと違うんだよね。

 わざと気付かれないように横に立つっていうか。

 で、モモがビクッてしてるのを見る顔が……顔が──

 バーバラみたいだ……。


 イタッ! 


 えっ? 

 モモのことで院長さまが泣いてる? 

 あ、相変わらずご主人愛が強いですね〜。

 え? アタシの? 顔が笑ってる? 

 まさか! わ、わらぅブフーッ


 ゥアッ! イタタタッッ!! 

 …………ま、まさかリズさ、イエ。



 え? あ、それモモに言ったのアタシじゃないか。

 学園は1日中あるの? って聞かれたから。

 半日は王立ですよね。エエ。


 へー、あの子、王都立なんて行くのか。


 エッ! あの子がキレた? 

 エイダンと王立学園に通えると勘違いしてて? 


 それで院長と話してくんなくなったから泣いてる? ぷっ

 ぇ…………いや、アタシ、関係ない……だろ?


 エッ!

 そりゃ言ったけど! いや、そんなつもりじゃ……。

 いや、アタシはなにも言ってないよ、いや、言ったけど!


 エッ!

 最近じゃモモに近づこうとするだけで逃げてく? 

 院長がかわいそすぎて見ててツライってそりゃ……。

 エエッ! 

 だからアタシにだって何かあるべきって……。

 いや、意味わかんないよ!


 あ! なっ、ちょ! 

 いやいやいやいや、来ないでよ。

 ちょ、ちょっと! ね、耳に顔を近づけないでよ!

 や、やめて、ホントやめて! お願いあのひと言だけはっ。

 あ、あ、い…………ぃあああああああ!

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