間筆章 料理人の困惑
1話 おしゃべりバーバラ
──また来たのかい。
今日もまた、キッチンの奥の狭いお茶室に座って、おしゃべりしている茶色の髪をしたバーバラを、アタシは見つめた。
やっとひと仕事を終えて、お茶を楽しもうと動き始めると、見ていたかのようにこの子が現れる。
キッチンとお茶室の境で、両手を腰に当て出て行ってくれと念じてみたけれど、1人でおしゃべりを続けているバーバラには通じない。仕方がないのでアタシは、ため息をついたあと彼女のぶんのお茶とお菓子をわざとゆっくり用意しに行く。
「あの日。あの子があたしに話しかけてきたとき。あ〜今もしっかり思い出せるの、キャミー!」
うっとりした声を背中に浴びながら、アタシはお湯を沸かす。中火で。
以前このセリフの最後の『キャミー!』という呼びかけに思わず振りかえると、右手をこちらに差し出し頬を赤く染め、目をウルウルキラキラと潤ませているバーバラを見た。それ以降、絶対に振りかえらないと決めている。
「小さな背をいっぱいに伸ばして、あたしを見つめてくる淡い茶の瞳。あんまりジッと見るから、黒い丸の周りが黄色で、そして緑色が覆っているって……ぐふ、あの美しさの細かいところまで分かってしまったのよ、キャミー! ぐふふ」
出た、ぐふ笑い。
アタシは使い古しの食器で大きく音を立て、茶器を探しているようなふりをする。
「ぐふ、あ、あの子の(ハアハア)美しい顔によく似合う、蜂蜜色の短めの髪とヘーゼルの瞳の組み合わせ……くおおお……! 堪らないーっっ、ねえそう思うでしょキャミー!」
あーハイハイ。それにしても、なんでこうも声がよく聞こえるのかね? バタバタと上棚の扉を開け閉めしては、お菓子を探すふりをする。
……あー、そういえばここから高音早口になるんだわ。なのになんで言ってることが全部しっかり分かるのかね?
「そしてあたしに話しかけてきた声!! ああああ、あれはあたしには甘美な音! たえなる調べ! そう、そうなのよ、あれはまさに音楽で、あたしには言語ではないのよっ。だからあの子が『どうなんですか?』って聞いてきたとき、答えられずに逃げ出すしか」
ここで火を強火にしなきゃね。
「……なかったのよーーーーーーっ。うおーーーーっ」
はぁ。ホント、なんでアンタ、そこで毎回ちゃーんと涙が出るんだろうねえ?
突っ伏して泣くバーバラを横目で眺めつつも、とうとうお茶を入れ終わり、ゆっくり丁寧にコトンとカップを机に置く。
このまま終わってくれれば良いのだけど、バーバラは「ありがと」と小声で言いながら起きあがり何度かお茶をすすると、お次はここに来たときに最初にしゃべっていた[今日のエイダンとモモ]をまた話すために口を動かすのだ。
毎日、[今日のエイダンとモモ]を話し始め、[初めてエイダンと会ったとき]を語り、なぜか[今日のエイダンとモモ]に戻って終わる。
そしてその合間に何度も、[金茶と桃の髪の組み合わせが、どんなに尊いものなのか論]をまくしたてる。
それなのに、ちゃあんとお茶の時間ピッタリに終えられるのは、なんなんだろうかねえ。
どうやらバーバラは、エイダンとモモを遠くから(近くからも)眺めることにしているようだ。
彼女曰く、エイダンが話しかけてくるのがムリらしい。ハーなに言ってんのかね。
木とか壁とかから覗いてるのを見たことがあるし。あっ、腕にぶつぶつが出てきた。……さすがに芽がでたばかりの花壇に隠れようとしてるのを見たときは、『出来るか、アホー!』って叫びたかった。
アタシは、くりかえされる同じ話をなんとか逸らそうと、言葉を出す。
「そういえばアンタ、モモと話すのは平気なのかい?」
「はあ? キャミー、なに言っちゃてんの? あの子はね、あたしを全く見ないのよ? 見てこないなんてもーぅ最高じゃない!! 話しかけて近くから心ゆくまでじっくり見れんのよグヘヘへヘヘ。どんな幸せ世界だよ」
「……お菓子、忘れたね」
アタシはそそくさと立ちあがって、お茶室どころかキッチンの外へと飛び出した。
や、ヤバい女だ…………。
腕をこすって落ち着こうとするけど、震えが止まらない。そしてやっぱり毎回、いい加減言いたいと思う。いや怖くて言えんけど。だが言いたい。
お前、ホント仕事しろっ!
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