焔
酷くショックなことがあったけれど、なんとか学生生活を送ることができていた。
心の中で何かが燃え上がるような感覚があったけれど、それがなんだったのかわからない。
酷く頭が痛かった。痛くて、ひりひりして、心にぽっかり穴が開いたような、真っ黒で真っ暗な喪失感があって……。
心の中で炎がくすぶっているのを感じた。
それはちょうど、焚火の燃えた後のような燻り方だった。
何をするにしてもうるさく喚いていた女が、給食配り終わるまでに食べていて「みんなからなんで食べてるの?」なんて言われていたのを思い出す。
復讐心に火がついていたから、同じように「なんで食べてんの?」というと、周りの人間が「うわ〇〇ちゃんにも言われてる」なんて笑いながら楽しそうに話していた。
今までずっと何をするにしても偉そうにけたたましく喚かれ続けて、何をするにしても偉そうに指図されてきたんだから言われて当然だろう。
許せなかった。人には何しても自由な時にあれするなこれするなという癖に、自分だけ決まりを破って許されると思ってるのかと思うと腹立たしかった。
悔しそうな顔をしながら涙を流していて胸が痛みはしたけれど「え? なんで泣いてるの? おかしくない? 今までずっと人にあれするなこれするなと言っていたくせに?」という気持ちがわいてきたのは否定しない。
別にルール破ったわけでもなく、何を読んでもいい時にカエルの図鑑を見ていたら読むなと言ってきておいて、人がズボンずらされて手を離したら手を離すなと喚き散らしておいて、なんで給食配り終わったら食べようって決まりがあるの破ってるのに何も言われないと思ってるの?
理由があるなら言えばいいだろうに、何も言わずに黙って食べていた。
あんだけ人の行動にいちいちケチつけながら喚けるくせになんで言い訳しないんだろうな。
腹が立った。とにかく腹が立って仕方がなかった。後味も悪かった。
隣のクラスでよく殴り合い蹴りあいの喧嘩をする男の子がいた。
私の中では格闘しあって遊んでいるつもりだったし、相手もそうだと思っていたから、休み時間に前の時間の続きをする感覚で挑んだけれど、その日は運が悪いのか、相手が自分のクラスに逃げ込もうとしているのを追いかけて走っていた時に相手が勢いよくこけながら教室に突っ込んでいってしまった。
「足を引っかけられた! いきなり殴られた!」
そんなことを言われたけれど、後ろから走って追いかけてどうやって足を引っかけるのだろうか。さっきの時間一緒にじゃれあっていたと思っていたのはなんだったのか。
相手が教室に入る前、つま先に横から触れられた感触はあったけれど、そのあとは自分で給食台の足に引っかかって躓いてこけていただけだった。
けれど相手は怒って髪の毛を掴んでめちゃくちゃに顔を、目を殴ってきた。
いつもの喧嘩とは違っていたし、認識と感覚がお互いずれていたんだろうと今では思う。
当時の私は意味が分からなかった。
ひとつ前の休憩時間の延長の間隔だったし、自分でこけといて言いがかりつけられて理不尽だと思っていた。
それからはもう関わらないように、殴り合いが絡む遊びはやめとこうと思わされたし、お互い認識が違うこともあるって学べた瞬間だった。
帰り道、例の付きまとってくるやつが恩知らずだなんだと言っておきながら、また捕まえてきてお別れの言葉を言ってきた。
思い込みの激しいやつが女はなんだかんだと性差別の言葉を言っていたし、周りの人が他の女とキスしていたとばらしてくれていたことや父親のおかげで追い払えた後、その人の右腕になるとかついていくとかなんだかんだ言って付きまとうのをやめてくれていたから、もう何もされないと思って安心しきっていた時のことだった。
正直嫌だった。もう話しかけてこられずにすむかなと思っていたから。
でも、これでやっと安心して学校生活を送れる、もう嫌がらせを受けなくてすむのかなと思っていた。
その夜、人を殺してしまう夢を見た。
すごく怖い人たちがたくさんいて、私はわざとやったわけじゃなかったのに、酷く責められる夢だった。
わざとじゃないんです。
かすれた声でそう言ったけれど、許してもらえず、やんややんやと罵倒され、あまりのプレッシャーに心臓が暴れながら目を覚ました。
すごく怖い夢だった。
他にも、頭にチップを埋め込まれた人がスイッチを押された瞬間に叫びながら倒れて死ぬ夢も見た。
すごく怖かった。
そんな怖い夢に紛れて、あたたかく抱き締め続けてもらえる夢を見た。
ひたすら頭を撫でながら背中に腕を回し、落ち着かせてくれようとしているように優しく、優しくさすってもらえる夢だった。
あたたかくて、心地よくて、落ち着くことができた穏やかな夢。
レクリエーションが得意だった先生から、今年一年どうだったか聞かれたけれど、全体的に楽しかったけれど、最後に嫌なことがあって辛かったと答えたらとても残念そうにされてしまった。
先生の気持ちはわかるしできれば良い一年だったと答えたかったけれど、それは難しかった。
普段良い子にしてたのに、たった一回失敗しただけで全部がなかったかのように言われてしまったようなことと同じことを先生に言ってしまったんだろうと思うけれど、気持ちに嘘をつくことが難しかった。
本当に辛かった。とても……。
学年が上がり、去年隣のクラスになっていた助けてくれた子と同じクラスになれてすごく嬉しかった。
付きまとってくる女二人組からは助けてくれてたやつがいなくなって喜んでると言って笑われたけれど、全然助けられてなんかないどころかいじめに使われてさんざんだったし、帰るのが遅くなったことやいろいろなことが嫌がらせだった。ずっと嫌なの我慢させられてて本当に辛かったことの一つだったのに私が悪いやつかのような言い方をされてすごく嫌だった。
心底嫌だった。
親も何もかも敵で味方がいなくてひとりぼっちで自分なりに頑張るしかなくて、でも、なにもかもうまくいかなくて、上手に自分を守れなくて、どうしたら助かるのかわからないままずっと頑張り続けてきたけど疲れてきた。
学校では付きまとってくる連中が、家では弟の友達が弟と一緒に意地悪してきて本当にどこにも居場所がなかった。
エアガンでたくさん撃たれて痛いからやめてといっても撃たれて、泣いてもやめてくれなかった。
親が注意してくれてもやめてくれなくて、ずっとずっと撃たれ続けていた。
弟は昔はそんなやつじゃなかったのに、幼稚園になって家に友達を連れてくるようになってから変わってしまった。
全部弟の友達が悪い。実際、弟がそいつと喧嘩して遊ばなくなるまでずっと意地悪され続けて、それ以降は何も性悪されなくなったから。
従兄弟が遊びに来てくれて、弟たちが面白い物を見せるとか言いながら私をエアガンで撃ち始めた出来事があった。
従兄弟がそれを見て怒鳴って注意して軽蔑して止めてくれてやっとエアガンで撃たれなくなった。
従兄弟はゲームで怒っちゃう怖いところがあったけれど、助けてくれて、善悪の区別がつけられて、すごく頼りになる人だった。家でのいじめを止めてくれた恩人でもある。
それまでずっと、ずっとエアガンで撃たれて、痛くて、怖くて、目を撃とうとされたこともあったし、耳の穴をねらわれたこともあって、必死にあちこち手で隠して守って丸まっていたから、何しても助からなかった日々の中ですごく嬉しい出来事だった。
そんな生活を送っていたけれど、夢を見ているときは温かくて幸せな心地になれて、生きていく支えだった。
あたたかくて、ワクワクできて、たまに怖くて辛かったけれど、間違いなく私の居場所だった。
新しい担任の先生は男の先生だった。
今までずっと女の先生が担任になってくれていたので、酷く緊張した。
敬語で先生に話しかけたのを、私が先生に気があるかのように言ってくる女の子がいたけれど、本当は怖かったから言葉遣いを丁寧にしていただけだった。
怖かった。特に何かあった覚えはないけれど、怖くて話しかけづらかった。
嫌がらせはエスカレートしていた上に、孤立しているような、孤独感を覚えるようなことがたくさんあったことしか覚えていない。
寂しくて、イライラして、授業で言ってる先生の言葉も、同級生が何を言っているのかもなにもかもすべて理解できなかった。
いつも朝早くに起き、ゲームをし、人より早めに地域の集団場所へ行く日々を送っていた。
学校にも家にも居場所がないので、朝早く誰もいないこの時間が私は大好きだった。
集合場所は山へ入る道の入り口にあり、私はいつも少しだけ登ったところに陣取るのが好きだった。
いつものように少しだけ登ったところへ行こうとしていると、大きな白い犬が山奥へと入っていくのを見た。
あるアニメ作品で見た山犬のように大きくて白くてふさふさの犬。
家で親にその話をすると、クマだったらどうするんだとか、危ないからもう早めに行ったり山の近くに行くのはやめときなさいと言われたけれど、私はあの場所、あの時間が好きだったのでやめなかった。
ある日、同学年の付きまとってくる子が犬の飼い主を教えてくれた。
私は山犬だと思っていたし、その子は普段嘘をついてよくからかってきたのであまり信用できなかったのもあって、すごく疑いながらついていくと、年老いたおじいさんが本当にあの白くて大きな犬を連れていた。
犬の品種も教えてもらえたけれど、名前を覚えるのが苦手だったので覚えられなかった。海外の犬だったということ、大きくてこの辺にいない犬だから周りの人からひそひそ言われてるとおじいさんが愚痴をこぼしていたのは覚えている。
珍しく、私を見ても吠えてこない犬だったから私はその犬を大好きだと思った。
普段犬に吠えられ、犬がいても怖くないし、この犬は吠えてこないよといいながら犬のいる場所へ連れていかれ、私だけ吠えられて怖い思いをしてきたからすごく怖くて頭がパニックになっていたけれど、お別れするまで一回も吠えられなかったから好きになれた。それでもやっぱり怖いものは怖い。好きかどうか、怖いかどうかは別の話だから。
サモエドに似ている犬だった。もしかしたらサモエドだったのかもしれない。
親が大きな犬の話をクマだったら襲われて殺されるぞと言っていたからなのか、その日はクマの夢を見た。
いつものように朝早くに家を出て集合場所へ行くと、犬が登っていった道のところにクマが後ろ足で上体を起こして立っていて、見ただけで頭から血の気が引く夢だった。
そのあと全力で走って家へと帰ったのだけれど、後ろからクマの唸る声に足音が聞こえてとても怖かった。
走っていることと、すさまじい緊張とのダブルパンチで心臓が痛いくらいに暴れ、苦しくて、息ができなくて、命からがら家の中へと逃げ込み鍵をかけると、すぐそこでクマが中へ入ろうとパンチをしているのが見えた。
家の玄関はガラス戸だったから粉々に砕け散り、クマが中へと入ってきたところで目が覚めた。
汗でびっしょりになりながら目を覚まし、暴れる心臓に苦しみながら悪夢の余韻に顔を歪めた。
その次の日もクマが出てくる夢を見た。
今度は学校の山で遊んでいて襲われる夢だった。
みんなで遊んでいると、私だけがはぐれてしまい、探している途中で茂みが揺れる音を聞いた。
そちらに目を向けると、クマがこちらを見てよだれをまき散らしながら走ってきて食われる夢だった。
どれも怖い夢だった。クマが怖くてたまらなくなった夢。
怖かったけれど、山を登るのは楽しいし、何より静かで空気が良く、落ち着ける場所、夢以外の新しい居場所だったんだ。
そのうち、集合場所の山付近で一人遊びをしていると、いたちが顔をひょっこり出して私を見上げているのを見つけた。
怯えたように体をぶるぶるふるわせながら見上げていて、落ち着いてほしくて手をあげて振ってみたけれど、それが余計ダメだったのかパッと身をひるがえして山の方へ走り去ってしまった。
最初は驚いたけれど、少しだけ癒される時間だった。
人がいる町よりも山が好きで、人と接するよりも動物と接する方が好きだった。
誰とも関わりたくない。誰の声も聞きたくない。どうせ聞いてもわからない。
ほしいゲームがあったから、親の仕事の手伝いをすることで小遣い稼ぎをするようになった。
親の仕事は朝が早く、早起きして手伝う時は眠たくてしんどかったけれど、なんとか起きて頑張れた。
しかしそれは秋までの話。
冬になると眠気が強くてなかなか起きれなかったし、寒いから水が冷たくて痛くてかじかんで辛いのだった。
朝早く起きて手伝いをする日々を繰り返したある日の朝のことだった。
白い狐と黒い狐、もしかしたら白い狼と黒い狼が見下ろしている幻覚を見た。
幻覚でないのなら、起きながら夢を見ていたということになる。
二匹とも温かく私のことを見守っていてくれて、一回くるんと回っては尻尾で風を起こして私を扇いでくれていた。とても可愛らしい動きだったからいろいろな意味で癒された。
暗いところも幽霊もお化けも妖怪も何もかも怖くて苦手だったけれど、その二匹が見えても怖いと思わなくて、落ち着くことができて、懐かしさを感じられた。
助けて。
自然と浮かんできた言葉だった。
助けてなんて願っても、助かるために足掻いても、何をしても無駄だった。無駄でしかなかった。それでも、この二匹は違う気がしてつい話しかけてしまった。
それからも眠くてつらいときは狐が二匹私を見守り続けていてくれて心が少し軽くて楽だった。
その一年間は特に頭痛がひどく、酷い癇癪を起こし、学校に行きたくなくて最悪の生活を送った一年だった。
辛かった。ずっと。
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