孤立と孤独 好きと夢

 次に夢を見たら何を話そう。


 そんなことを考えながら、みんなと遊ぶのが当たり前のようになった日々を過ごしていると、大きな事件が起きた。


 声を掛けても誰も返事をしてくれなくなってしまった。


 首を傾げながらも、なんだか心が苦しいのを感じつつ一人遊びに戻ったのが昨日のことのよう。


 みんなで遊ぶ楽しさを知ってしまうと、一人で遊ぶ孤独感が胸に重くのしかかってきた。


 今までそんなこと思ったことはなかったのにな。


 思い返している今でも少し後悔している。


 ずっとひとりぼっちでいたならどれだけ良かっただろう。


 みんなが返事をしなくなってしまった理由に心当たりが全くないわけではなかった。


 みんなと遊ぶまでに、いろいろな動物を捕まえては遊んでいた。


 トンボを捕まえ、カエルを捕まえ、芋虫をつかまえ、蝶々をつかまえ、ミミズを捕まえ、トカゲを捕まえ、カマキリを捕まえ……。


 とにかく見かけた動物は手あたり次第捕まえていた。


 その中でもミミズは捕まえやすく、私にとっては良いお友達でも、周りの人からはとにかく不評だった。


 先生と草むしりをしていたときによく見つけることができた子たちだった。


「ミミズはね、土を食べて元気にしてくれるんだよ」


 先生の言葉を聞いてミミズが大好きになって、草むしり以外でも土を掘り返して探して捕まえていたのが懐かしい。


「ミミズさん、この土も元気にしてくれるかな?」


 外での遊び道具として置かれていたプラスチック製のお弁当箱にグラウンドの土を敷き詰め、ミミズをポンといれて先生に尋ねると、きっと元気にしてくれると返事をもらって楽しみになっていた。


 ミミズが土を元気にできるのは、デトリタスや枯れ葉を食べてくれるからというのを大きくなってから知って、幼い私の愚行を思い返しては苦笑を浮かべてしまう。


 みんなと遊ぶようになってから、友達としてミミズを自慢したくって、捕まえたてのを紹介した時は阿鼻叫喚の嵐だった。


 きっとそれが原因で離れていってしまったのだろう。


 ひとりになってすぐにまた前のように土を掘り返し、ミミズと遊んだ。


 寂しかったけれど、力強く地を這うミミズを見ているとちょっぴり元気になれたっけ。


 しかしそれも長くは続かなかった。


 家へ帰ると、母親がすごい剣幕でミミズと遊ぶのをやめろと怒鳴りつけてくるのだった。


 どうして?


 理解できなかった。


 理由を聞いてもとにかくやめろと言われるだけだった。


 周りのみんなは私から遠ざかり、遊び友達であるミミズのことも取り上げられた。


 母に言われるまま、ミミズを捕まえて遊ぶことはなくなった。


 一人遊びがもっと寂しくなった。


 もう誰も一緒には遊んでくれないし、ミミズと遊ぶことさえ許されなかった。


 じゃあ他の生き物は?


 生き物を捕まえると可哀想だと言われ、捕まえるのも禁止されたのは悲しかった。


 他にも、好きになるものをことごとく否定され、同じものがすでに好きだった子は好きじゃないと手の平を返して嫌そうにしていた。


 同じものを好きになるな! うわあ、あれと同じもの好きとか最悪! なんて言われたりもした。


 好きも大好きも否定され、拒絶され、寂しい思いを抱いて生活することになった。


 ああ、こんなことになるなら、最初から一人でずっと遊んでいればよかったなあ。


 寂しさに打ちひしがれそうになりながら、一人遊びに興じてみていても、前のような楽しさは感じられなかった。


 また楽しい夢が見たいな。


 夢の世界での思い出に悪いものはなにもなかった。夢の中なら、誰からも好きを取り上げられないかもしれない。


 最初から一人だったなら。


 そんな気持ちでいると、夢の中でも拒絶されるかもしれない不安に苛まれてしまった。


 怖い夢を見たらどうしよう。夢の中でも好きを取り上げられたらどうしよう。


 不安がぐるぐると頭の中で回る。


 いや、いっそのことひとりぼっちになれて吹っ切れるのではないか。


 幼いころの私はそこまで考えていなかっただろうけれど、大人になって思い返してみると、こんな心境だったと言葉で説明ができるようになった。


 当時のままの心境をありのままに話すと、不安で寂しくて怖くて悲しかった。世界でひとりぼっちで居場所なんてきっとどこにもないと思っていた。


 それでも、絶望の中に希望を持っていたのは、みんなと遊ぶ楽しさを知る前すでに一人遊びの達人だったからだ。


 また一人に戻るだけ。そう、それだけだと思っていた。


 夢の中でも居場所がなかったら、また前のようにやるだけだ。


 強がり半分、これから先も前のように一人で過ごす覚悟が半分。しかし不安はそのどちらの影にもある。




 周りから浮いているのを感じるようになりながら一人で過ごしたある日の夜、また夢を見ることができた。


 久々に会ったあなたは少し怒ったような雰囲気だった。


 怒られる、叱られる、怒鳴られる、否定される、拒絶される。


 起きている間、周りにいる人々がこんな雰囲気のとき、必ずと言って良いほど次にとるアクションはこれらのどれかだった。


 首を亀のようにすくめて、目をぎゅっと閉じて構えていると、そっと頭を撫でてくれて、思わず目を見開いた。


 恐る恐るあなたを見ると、悲しみと怒りと慈しみの入り交じったような雰囲気で、私をひたすら撫でてくれた。


 あたたかくて優しい手。


 起きている間に得られなかったものが夢の中にはいっぱい詰まっていた。


 目から涙が溢れて止まらない。


 本当は寂しくて悲しくて、こんな目に遭う訳が分かんなくて、ただひたすら辛くって、でも誰も味方はいなくて、ひとりぼっちが本当は辛くもなんともなかったのに、誰かから嫌われて孤立するのと始めからひとりぼっちで孤独なのは全然違ってて。


 せき止めていた、凍りついていた心が涙になって流れ出し、あなたは黙って私を優しく抱き締めてくれた。


 親も先生も誰も与えてくれなかった愛情をあなたが与えてくれていた。あなただけが私の傍で支え続けていてくれた。


 どれくらい泣いただろうか。


 頭を優しく撫でながら、背中を優しく撫でてくれていたあなたがそっと頬ずりをしてくれたときだ。


「あのー、そろそろいいかい?」


 夢の中であなた以外の誰かが初めて登場した日でもあった。


 四人いや、四柱あなた以外の誰かがいるのがわかり、人見知りを全面的に出してしまった。なぜ人ではなく柱なのかは後でわかるお話。


 そして、私は小学生になるまで自分が人見知りだという自覚はなかった。ずっとひとりだったから。


 目を丸くしていると、あなたは穏やかな雰囲気をまといながら紹介してくれた。


「君のこと勝手に話したら気分を悪くするかなって思ったんだけど、どうしても紹介したくて呼んできちゃったんだ。他の人の夢で顔を合わせることの多かった夢の精、夢魔たちだよ。君たちでいうところの僕の『ともだち』だ。僕が勝手にそう思ってるだけかもしれないんだけどさ」


 あなたはそう言いながら、最初に声をかけてくれた夢魔から順番に紹介してくれた。


「こいつは一番仲が良いと思う夢魔だよ。顔を合わせる回数が一番多いのと、なんか気さくに話しやすくて。僕たちには心がないから上手く表現できないけど、顔を合わせた回数が一番多いのが指標かもしれない。ああ、指標ってのはね、めじるしみたいなものだよ。例えば、顔を合わせたのが10回だと顔見知り、ただの知り合いで、20回だと普通、30回より多いと友達。そんな感じのめじるし」


 幼い私でもわかるように砕けた説明をしようと頑張ってくれたのが懐かしいな。


 紹介された夢魔は気さくな感じに挨拶をしてくれた。


「ちわっす! よろしく! 一応俺もこいつのこと友達だと思ってるからその辺安心してくれよな!」


 爽やかに笑いかけてくれているのだろうと思える雰囲気を漂わせている夢魔は親し気にあなたの隣に並んだ。どこか温かい空気をまとっている明るい夢魔だった。


「で、こっちが頭お花畑じゃなくって、色ボケ夢魔」


 紹介された夢魔は確かにふわふわした雰囲気を漂わせていたけれど、紹介され方に不満があったようで、怒った雰囲気をまとった。


「ちょっとー! 私の紹介めっちゃ酷い気がするんだけど?! 私は恋するみんなの味方だよ! よろしく!」


 自己紹介を終えると、なんだかあなたに向けて悪戯っぽい雰囲気を醸し出していたけれど、私にはなにがなんだかさっぱりわからなかった。


 あなたは少しだけ怒った様子を見せていたけれど、すぐに次の夢魔を紹介した。


「この夢魔は本の虫。読書好きな人の夢が大好物なんだ。いろいろなことを知ってるし、夢魔の中でも賢いんだ」


 紹介された夢魔はとても静かな雰囲気をまとっていた。


「よろしく」


 自己紹介もさっぱりしすぎているくらいで、本が好きというくらいしかわからなかった。


「最後は一緒にいたら落ち着く不思議な夢魔仲間だ。最近つらいことがあったでしょう? 傍にいたら少し楽になれるかもしれないと思って」


 紹介された夢魔は穏やかで不思議な雰囲気を漂わせていた。


「はじめまして。これからよろしくね。君に会えてうれしいよ」


 自己紹介を終えるや否や、握手を求めるように手を伸ばしてきてくれたけれど、人見知りだったせいで手をとることができず、怖くて怯えてしまった。


「ああ、いきなりは怖いよね。ごめんね、配慮が足りなかった。 怖がらなくて大丈夫だから、申し訳なく思わなくて大丈夫だから、ちょっとずつ仲良くなってくれたら嬉しいなあ」


 とても温かくて穏やかな言葉に少しだけ体の力が緩んでくるのを感じた。優しそう。


 あなたからの優しいまなざしを感じて視線を向けると、少し嬉しそうにしながらお話してくれた。


「二人きりでも僕は楽しくて不満もなにもなかったんだけどさ、もっと大勢いた方が楽しいかなあって思ったんだ。気に入ってくれたらいいんだけど……」


 少し寂し気だけれど、温もりの感じられる声音でお話してくれて、私はたまらず傍に歩み寄った。


 すごく、すごく嬉しかった。


 けれども、近寄っただけだった。そのあとは抱きつくのも手を握るのもなにもできなかった。


 気持ちを上手に表現する方法がわからなかった、どこかにまだ拒絶される不安と恐怖があったからでもある。


 なにをどうすればいいのかまったくわからないでいると、あなたは優しく頭を撫でてくれた。


「遊ぼうか」


 あなたの言葉に遠慮気味に頷くと、みんな嬉しそうな声をあげてあれをしようこれをしようと提案してくれた。


 遊ぶ内容を一緒に決めるのは初めてのことだった。現実ではすでにみんなが遊んでいる輪に途中から入ることばかりだったから。


 夢魔のみんなと遊びを決めて一緒に遊ぶのはとても楽しかった。


 起きている間みんなで遊んだ時の楽しさが蘇ったかのようで、みんなで遊ぶ以上に楽しくって、大はしゃぎしながらたくさんたくさん遊びつくした。


 ああ、これが夢じゃなかったらいいのにな。


 そんなことを思ってしまうと、胸がずきずきと痛み始めた。


 チクリと刺した痛みではなく、ナイフで刺された傷が再び開いたかのような苦しみを伴う痛み。


 元気をなくしてしまっていると、あなたは心配そうにしてくれた。


 楽しませてくれようとしているのに情けないなあ。


 そんなことを考えていると、みんながそれぞれ私の「好き」をどこからともなく用意して近寄ってきてくれた。


 好きな生き物、好きな植物、好きな作品、好きな食べ物、好きな人、好きなもの尽くしで飛び跳ねてしまうくらい嬉しかった。


「わあ! すごい!」


 喜べば喜ぶほど、夢魔のみんなもとても幸せそうな雰囲気を出してくれて、幸せがたくさん溢れる夢だった。


 ずっと夢の中にいたい、夢の中で暮らせたらいいのにな。


 そんな願いもむなしく、夢から覚めるときがきてしまった。


 幸せな時間ほどあっという間に過ぎてしまうというもの。


 思わず大泣きをしてしまっていると、あなたはそっと頭を撫でてくれた後に優しく抱きしめてくれた。


「僕たちはずっとここにいる。君を待っている。なにかあったらまたここで会おう。ずっとずっと見守っているからね。僕らは君の味方でい続けるから」


 寂しくて悲しくて辛い気持ちに押しつぶされそうで泣いていたけれど、今度は幸せと嬉しさと温かさで涙が流れた。


「またね」


 あなたの言葉に、泣きながら何度も強くうなずいていると目が覚めた。


 温かな春の日差しを感じられる夢の中から、真冬の厳しさを思わせる冷たい現実の世界へと引きずり戻されてしまった。


 でも、それでも、みんなから、あなたから受け取った温かな愛が私の心に宿っている。


 これから先、どんな苦しみが待っていても、私はひとりぼっちじゃないんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る