握った手

 夢の中とはいえ、誰かと遊ぶ楽しさを知ってしまうと一人で遊ぶのが寂しくてたまらなくなるのだった。今思えばこれがあなたの教えてくれた最初の気持ちだった。


 いつも通り一人で遊んでいると、今までは楽しかったことなのにどこか味気なく、退屈ささえ覚えてしまった。


 みんなが遊んでいるのを眺めていると、いつもと違ってとてつもなく楽しそうに見える。


 今までどうして関心がなかったのだろうか。


 夢の中であなたと遊ぶまで、何度かみんなと一緒に遊んだことはあったけれど、こんなに楽しそうだなんて思えなかったのに。


 初めて見た夢を思い浮かべてうっとりしてしまう。


 今まで経験した「一緒に遊ぶ」という行動は、あくまで誰かに促されてやっていた行為だったからなのだろうか。何一つ心に響かず残ることもなかったのに。


 夢の中での思い出はとても楽しくてあったかくて……。


 自分から興味と関心をもって近寄っていったからか、それとも、夢の中で何度も誘ってもらえたのが嬉しかったから芽生えた感情なのだろうか。


 夢を思い返していると、自然と体と口が動いていた。


「いーれーて」


 誰に促されるでもなく、仲間に入れてほしいという言葉が出ていることに幼心ながら驚かされた。


「いーいーよー」


 答えを聞くまでのちょっとした間が少しだけ怖くてたまらなかったけれど、良い返事をもらえたときの何とも言えない喜びが胸を駆け巡る。


 一面の草原に風が吹き抜け、揺れた草に次々と花が咲き乱れていくような心地だった。


 不思議なことに、あの夢を見てからみんなで遊ぶのすら楽しいと感じられるようになった。


 こんなに楽しいなんて知らなかった。


 夢で出会ったあの人のおかげで、閉ざされていた世界が広がっていったんだ。


 ひとりではできない大縄飛び、かくれんぼ、だるまさんが転んだ、鬼ごっこ、たくさんの遊びが初めてのように新鮮で楽しくて、夢中になって息を切らしながら笑ってはしゃいだ。


 みんなで遊ぶのはこんなにも楽しいんだ。


 夢を通じて世界がちょっとだけ広がる楽しみを体験した最初の一歩だった。


 現実の世界でも楽しく遊びながら、夢の世界へ思いを馳せる。


 また夢であなたに会えたなら、いろいろなことをお話ししたいな。


 一緒に遊びはしたけれど、ろくに口を利かなかったことに今さらながら気づかされもした。何を具体的に話せば良いのか何もわからない。


 今度また会えたらどんなお話をしようかな。


 みんなで遊んでみたら楽しかったこと、ひとりではどんな遊びをしていたか、好きな食べ物、好きな色、好きなもの。


 好きが溢れて止まらなかった。


 次に夢を見られるのはいつだろうか。


 それからというもの、お昼の間はみんなで遊ぶのが、夜の間は夢を見るのが楽しみになった。


 次はいつ会えるのか、待ち遠しい気持ちでいるとついに夢を見ることができて、あの人にもう一度会うことができた。


 たくさんたくさん話したいことがあったのに、いざ会ってみると何も話せなくて、ある程度は歩み寄れてもそれ以上は近寄ることができなかった。


 人の姿かたちをしているけれど、前に会った時のように白くてぼんやりと霞んでいて、それでもこちらをじっと見つめてくれていることがわかってしまって恥ずかしかった。


 目をそらして俯いていると、あなたはそっと手を差し伸べてくれて、ゆっくりと顔を上げてみるとにっこりと微笑んでくれたのがわかった。


「遊ぼう!」


 前に会った時のように、明るく誘ってくれたのがとても嬉しくて、胸がじんわりと熱くなった。心が弾む。


 顔は見えないけれど、にっこりと笑ってくれているんだとはっきりわかるのが不思議なはずなのに、夢の中だとそれが当たり前で自然なことだと認識されていた。


 眩しくて、あたたかくて、嬉しくて、頷きながら元気に手を取ると、力強く握り返してくれたのが更に嬉しくてたまらなかった。


 遊びに誘ってもらえると、たくさんの言葉が溢れて止まらなくて、お喋りが止まらなかった。


 みんなで遊んだら楽しいと思えるようになったこと、好きな色のお話、好きな食べ物のこと、とにかくたくさんたくさん好きなことをお話した。


 微笑みながらじっくりとお話を聞いてくれていて、楽しくてたまらなかったけれど、話しているのは私ばかりだったことに気が付いた。


「……好きなものはなに?」


 あなたのことが知りたくて質問をしてみたのだけれど、少し困った様子で黙ってしまったね。


「……わからない」


 表情も何もわからないはずなのに、少しだけ寂しそうに呟いたあなたのことがいつでも鮮明に思い出せる。


 どうしてそんなに寂しそうに答えたの? 今になっても不思議に思う。私には人の心なんてわからないから。


 あなたが寂しそうな様子なのを、元気がないのだと思って幼かった私は好きなものをたくさんたくさん話し続けたなあ。


 そんな私のことをあなたは優しく見守ってくれていた。


 たくさんお話をした日の夢は公園のような場所だった。


 話しながら遊べるように気を遣ってくれていたのだろうか、とっても長い滑り台を一緒に滑ったり、とっても長いレールから垂れ下がったロープにつかまって一緒に滑走したり、お話しながら遊べるようなところで、夢のように不思議な遊具でたくさん遊んだ。


 まだまだたくさん遊んでいたかったけれど、最初に見た夢と同じような感覚がきて、ああ、もう目が覚めてしまうんだと思った。


 寂しさを感じて俯いていると、そっと手を取って優しく握って見送ってくれたのを今でも覚えている。


 とても温かくて、柔らかくて、優しい手。


「またね」


 あなたの優しい声音と、見えないのに微笑んでいるとわかる表情で一気に寂しさは吹き飛んでいった。


「またね」


 夢の中から「またね」という言葉も好きになった。


 次はいつ夢で会えるのかわからない不安を、生きていればまた会えるんだという安心感に塗り替えていく魔法の言葉。あたたかい気持ちにそっと包まれながら目を覚ます。


 柔らかな朝日の降り注ぐ部屋で目を覚まし、あの人の握ってくれた手をそっと見つめてはにかんでしまった。


 また会えたらたくさんお話をして、たくさん遊んで、たくさんたくさん一緒にいられたらいいなあ。


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