14:間章1:冒険者たち 2


 翌日。

 3人での冒険に慣らしを入れるためにオルグラ付近で魔物狩りをしてみることに。


 だが。


「おろろろろろ、おろ……おろろろろろろっ」

「はぁ……アレスってほんとに冒険者の才能皆無だねぇ」


 ──訂正。魔物狩りをしていたが例によって私の嘔吐によって中断された。


 胃の中のものを吐き尽くす私に、アウレアは呆れた顔を見せた。しかし、その声にはもう以前のような冷たい棘はない。……だからこそ余計に申し訳なく感じてしまう。リネルムは周囲を警戒しながらも心配そうに背中をさすってくれたが……なんとも情けない。


 ──都合、本日三度目の嘔吐だった。



「戦闘の度に吐き散らかされたら流石に冒険にならないよ。アレス、どうにかして」

「すまんが、これはどうにもならん。体質なんだ」


 素材の回収を終えた後、アウレアから話し合いが提案された。

 アウレアの意見はもっともだ。戦闘の度に汚物を製造する道具になり果てるのは勘弁願いたい。だからこそ私は採取専門の冒険者としてやってきたのだ。


「でも、ある程度抑えることは出来るでしょう?そうじゃなきゃ防衛戦のとき、村に駆け付けることもできなかったわけだし」

「その通りだが……吐き気が込み上げることに変わりはない。最悪、戦闘中に吐き出すかもしれない。戦闘の合間に吐いておいた方がまだ安全だ」

「それはそれで、アレスが吐くときの護衛とか、素材の刈り取りの人出が減るとか、奇襲への対応力とか問題が多いんだよね」

「採取専門でやっていくのは、どう?」

「リネ、目的が採取でも街の外に出たら戦闘は避けられないよ」

「すまない……本当にすまない」

「これで戦闘では本当に優秀だから性質が悪いんだよね……」


 か、過分な評価痛み入るが……私のせいで余分な手間が増えるのはどうしようもない事実だった。


「それに、人手もそうだが……火力不足も大きいな」

「それは……そうだね。私の武技で範囲攻撃が出来ると言っても、常に使えるわけじゃないし……。やっぱり魔術師がパーティーに一人いると安定するよ。あのナンパ野郎はごめんだけど」


 ハルト……ほんとに蛇蝎の如く嫌われているな。

 なにをしたらここまでの嫌悪感を……?後学のために私にぜひ教えて欲しいくらいには、女性陣の好感度は低い。これではハルト加入の可能性に芽はない。

 

「魔術師、か」


 それはそれとして魔術師がパーティーに欲しい。切実に思う。いや、遠距離で高火力な後衛であれば何でも構わないのだが。リネルムが索敵、私が盾、アウレアが斬る。このパターンに関しては確立することが出来た。これまでの経験も併せていっぱしのパーティーとして連携していけるだろう。しかし、ハルトの抜けた穴は想像以上に大きい。魔術の遠隔攻撃、殲滅力は弓の比じゃない。アウレアは剣を使う以上、一対一での戦闘が向いている。リネルムは斥候が専門であるから戦闘での負担は避けたい。そして私は攻撃面では役立たずである。ハルトに限らず、人手不足、火力不足は否定出来なかった。


「しかし、私のような存在を許容する魔術師がハルト以外にいるとは思えないがなぁ……」


 ぶっちゃけ、問題はそこなのだ。私という存在がこのパーティーの軛となって、あらゆる状況を拗らせている。2人にとって迷惑以外の何者でもない。やはり私は冒険者を辞めるべきなんじゃ……。


「わたし、ハルトを仲間に誘うのも、ありだと思う」

「リネっ!?」


 冗談じゃない、という顔でアウレアがリネルムを向いた。


「悔しいけど、あの4人での連携は、完璧だった。偶然出会ったとは思えないほど噛み合ってた」

「それは……確かに」


 心底嫌そうな顔でアウレアが頷く。

 完璧な連携、という点に私も同意する。だからこそ、冒険者ギルドで正式登録するとき躊躇った。ハルトを仲間に加えなくていいのか、と。


「ハルトは、控えめに言っても優秀な魔術師。そのうえ剣士として前衛も張れる。引く手あまたな人材。どこかのパーティーに取られる前に勧誘すべき。……嫌だけど」


 嫌なのか。やっぱり本音はそうなのか。

 というか、なんでハルトはこんなに嫌われているんだろう。


「初対面で口説くくらい冒険者ならよくあることじゃないか?ハルトだけを特別嫌う理由はないと思うが」

「アレスはわからないかもしれないけど、女側からすると結構違う。ハルトは……ギラギラした目が欲に濁っているというか、そんな感じ。どうしたって好ましくはないなぁ……その上四六時中、それこそ冒険の最中も口説かれていたんじゃこっちも辟易するよ。いっそ戦闘中に事故を装って斬り倒そうかと思うくらい嫌になる」

「わたしも……あの人は、なにか嫌な感じがする、から」

 

 うーん、全方位から馬乗りで殴りつけられているようなこの感じ。ここまで言われたら諦めるべき、か。闇討ちの示唆までされたら、流石に。


 アウレアとリネルムの2人を改めて見る。最近は感覚が麻痺してきていたが、仲間だということが信じられないくらいの美人だ。


 ……ハルトの気持ちが男としてわかるぶん、同情してしまう。


「なら、冒険中に口説かなければいいのか?」

「冒険中以外でもやめて欲しいけど。嫌な相手だろうと仲間に口説かれるってあまり気分の良いものではないよ」


 そういうものだろうか。

 まあ、せめて冒険の最中だけは止めるよう条件にしてみよう。そうすれば、最低限闇討ちは防げるだろう。


「それなら……うーん、いいよ。でも、闇討ちしちゃったら隠蔽は手伝ってね」

「…………アレスに任せるけど、隠蔽は手伝う」


 2人は否定的だが、いちおう了承は得られた。でも闇討ちはやめて。


「わかった。とりあえず、ハルトを探して話をしてみよう」


 ハルトに断られたら、そのときはそのときだ。



 街に戻り冒険者ギルドで素材を売り払った。宿代と食事代、経費代の合計よりは多い収入に一安心と胸を撫で下ろすも、不安は尽きない。儲けと言えるほどのものではなく、生活に余裕がないのだ。やはり、ハルトと話をつけなくては。


 日も暮れ、街の明かりが灯りだし、酒場の熱気が大通りを賑やかにする。


 アウ、リネ、と呼び合うようになった2人は仲良く手を繋いで公衆浴場へ向かった。私もまた手短にさっぱりと汗を流し、浴場を後にする。

 

 大通りの店の1つ、昨日も訪れた酒場に顔を出す。

 その隅っこに、目的の人物が……いた。


「すまない、エールを2つ頼む」


 はーい、とウェイトレスが快い返事。すぐに木製のジョッキが手渡される。

 仕事が早い。


 コトッ、と二人掛けのテーブルの上にジョッキを置いた。

 座っていた男が顔を上げる。


「──あんたは、冒険者か」

「ああ」

「なら、少し話でもしよう。酒ならある」


 テーブルの上をジョッキが滑る。……魔術か。

  

「上等だ。つまみの用意は十分か」


 男は……ハルトは笑みを浮かべて酒を手に取った。 



 ……それからしばらくの間、酒を飲んでいた気がする。


 若者らしく浮かれて、なにかに取りつかれたように騒いで飲んだ。昨日の宴でも防衛戦の打ち上げでも飲まなかった量をムキになって流し込んだ。くだらない張り合いで飲み比べをした。


 そうしてお互い、良い具合に酔っ払いになった。

 赤ら顔のままふらつきながら店を出て、その辺の路地裏で酒瓶を呷った。

 

「それで、アレスはどっち狙いなんだよ」

「……どっちとは、何の話だ」

「決まってんだろ!アウレアとリネルムの話だ!」

 

 妙に間延びするような酔っ払いらしいしゃがれた発音は、路地裏の壁に大きく響いた。声は大通りの喧騒に紛れてその一部になった。辺りに人はいない。こんな酔っ払いたちの発言を気にするような者もいない。


「冷たそうだけど引くほど美人!纏めた髪から覗くうなじが眩しいアウレア!

 藍色のツインテ!眠たげな目に無口が可愛い幼気な少女リネルム!

 両手に花とは羨ましいぜ!このスケベ野郎!

 いったいどっちが本命なんだってばよ!?」


 ハルトはもはや自分が何を口走っているのか理解できていないような気がする。話すほどに熱が籠って早口になり、最後には口調がよくわからないことになっていく。

 思わず笑ってしまった。


「2人はそういう相手じゃない。仲間だからな」

「うるさいこのむっつりスケベ!!いいからどっちが好みか言えよぉ!!」


 話にならない。これは困ったな、と思って口を濁そうと酒を呷ると、信じられないことにハルトは私が飲んでいる最中の酒瓶を持ち上げ固定した。抵抗するも、酔っ払いとは思えないほどにその膂力は強く、はがれない。しょうがないという投げやりな気持ちと、やってやるかという強気な気持ちが同時に湧いてきて、残った酒を一気に飲み干した。ああ、もったいない。安酒とはいえ味わいたかった。


 一瞬の間。

 くらっと来たと思った次の瞬間には、顔から火が出るようほど熱くなって心臓が激しく動悸した。


 ……問題ない、これくらいなら、たぶん。

 しかし、酒の勢いに負けた。いや、負けることにした。

 ここ数日の生活で溜まったものを吐きださずにはいられなくなった。


「…………アウレアだ」

「そうか、俺もだ」


 にしし、と笑う。屈託ない笑みに毒気を抜かれてしまった。


「…………あの、防衛戦のとき。心底、驚いたんだ。全身ズタボロにされて……それでも気を張って……死ぬのは、私一人でいいと思っていた。でも──アウレアが来た。リネルムでもハルトでもなく、アウレアが。あのとき、後ろからちらっと顔が見えたんだ。アウレアは、笑ってたんだ。不思議と綺麗だと思った。その剣も、後ろ姿も、……笑顔も」

「俺は引く気はないぞ。なんなら2人ともいただきたい」


 「ゲスいなぁ」と思った。多分、口からはみ出した。


「オスと呼べ、オスと。男なんてそんなもんだろ。あわよくば、両方ってな」

「さあな。だがうちのパーティーはそういうのは禁止だ」

「クソかよ。そんなパーティー絶対入らねぇ」

「現金すぎるだろ」


 「冗談だ、ハハハ」とハルトが笑う。本気だったと思う。目が真剣だった。


「なあ、ハルト。一緒に冒険しよう」

「……しょうがねえなぁ。冒険の間は、控えてやる。それ以外は自由……それでいいだろ?」

「言い寄りすぎて斬られたら、埋めるぞ」

「そこは盾になれよリーダー!?」

「ハハッ」

「鼻で笑うな!?」


 あとのことは、あまり覚えていない。

 朝まで路地裏でくだらない話をしていた気がする。



 次の日の昼下がり。

 宿酔いの抜けた頃にハルトを伴ってギルド前に集まり、4人で街を出た。案の定女性陣の目線は冷ややかではあったが、ハルトも昨日の約束が頭の片隅に残っていたのか落ち着いていた。……いや、体調が優れずに口説く余裕すらなかったのか。


 オルグラ近郊の探索。リネルムが索敵し、アウレアが攻撃し、私が守る。前回の3人での連携に加え、剣を使えて魔術として砲台になれるハルトが加わったことで、火力が大幅に向上した。魔物の殲滅速度は著しく上がり、快適な狩りとなったのだ。

 その後の剥ぎ取りも速やかに、全員無傷で素材を刈り取ってその日の冒険を終えた。ギルドでの利益はまずまずだった。討伐任務と併せての達成で飲み代と宿代を軽く超えるくらいになったのだ。軽く連携を確認しただけでこうなのだから、腰を据えて励めば儲かるのは間違いない。胸躍る冒険の始まりを予感して、思わず身震いしてしまう。



「──それで?」


 宴の最中、顔を赤らませたハルトがジョッキを片手にこんなことを訊いた。


「このパーティーの目標はなんなんだよ、リーダー?」


 ……そういえば、それをハルトに話していなかった。

 実は、と私は切り出す。5年前に離れきりになった友達と、オルグラに来た経緯についてを。


「ふうん、黒髪の忌子ねぇ……忌子なんか探して何の意味があるんだか。

 でも、それがパーティーの目標じゃないだろ?」


 ……それはそうだ。グレンを探すのは私個人の目的として、それとは別にこの4人で出来ることがあるはずだ。


「アレスはそれでいいとしてよ、他にはなんかないのか」


 ハルトが面々を見渡す。


「私は武者修行が出来ればいいかな。強敵難敵、魔境秘境があると嬉しい」


 うーん、アウレアは安定の戦闘民族。頼もしく思えてくる。


「ハルトの目標はないのか?」

「俺は……順調に達成中というか、なんというか……あれ、なんかやらなきゃいけないことがあった、ような……あれぇ?」


 ……ハルトは二日連続の酒で、頭が上手く回っていない様子だ。

 まあ、何かあれば後々伝えてくれるだろう。


 と、そこでリネルムが静かに立ち上がった。


「……実はわたし、目標がある」


 彼女は相変わらず眠そうな目つきで、それでもどこか意気軒昂を感じさせる仕草で、指を天に突き上げた。



「オルグラ最高の魔境、”神山”。わたし、あそこに行きたい」


 



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