13:間章1:冒険者たち 1
「アレスさん、四級冒険者に昇格です。おめでとうございます」
「え?」
翌日のことである。
アウレア、リネルムの2人とともに冒険者ギルドへ向かったところ、昨日見知ったばかりの例の受付嬢に予想外な宣告を受けてしまった。
「以前達成していた討伐任務がひとつ。それから2年前の防衛戦の達成。そして今回の防衛戦での活躍。それによって規定の回数をこなした、という判断ですね。防衛戦がそれぞれ2回の討伐任務を達成した扱いで、計5回討伐任務を達成です。採取依頼の方は5年分の蓄積がありますから言うまでもありませんね。これによって”五級の採取依頼および討伐任務5回ずつの達成”という条件を満たしたことで、晴れて四級冒険者に昇格となります」
そうか。
すっかり自分には縁が無いものと思っていたが、昨日の防衛戦で条件を満たしたことになるのか。
苦節5年。駆け出しと言われる五級冒険者を、やっと卒業することになったのだ。
めでたいことだ。
「おめでとう、アレス」
リネルムが祝いの言葉をくれる。
「……あれだけの盾士が五級だっていう方がおかしいし」
アウレアは……祝っているのか怒っているのかよく分からない感じだが。
「四級冒険者なので、残念ながら単独でのオルグラ活動の許可はおりませんが……昨日の報告を聞く限り、アレスさんが三級冒険者に昇格する日はそう遠くないことかと思います」
と、受付の方も微笑んでおられる。
「アレスは私が育てる」
「どこの親心よ」
ふんす、とリネルムはやる気に満ち溢れた様子だ。私など育てて面白いのだろうか。
親心……親心?
「そういえば、今日はパーティー結成の申請に来たんですが」
「そういえば、アレスさんたちは仮パーティーでの登録でしたね。正式登録の申請ということでよろしいですか?」
そう、なのだが……。
「……今更だが、ハルトのことはいいのか?ともに戦った、いわば仲間ではないか」
「私は嫌かな。うん、無理。一言目に口説いてくるような男とパーティーとか、野良でも嫌だし」
野良、とは臨時で結成される仮パーティーの俗称だ。
アウレアはハルトの加入を拒否した。……野良でも、ということは本気で嫌なんだろうな。この前の村での依頼は例外、防衛戦はなし崩しだったのか。それは申し訳ないことをしたような、ハルトが可哀想なような。
「……わたしも、いや、かも。……でも、アレスが組みたいなら、いいよ……」
リネルムは珍しく否定的だ。案外、リネルムもハルトの口説きには辟易していたのか。
まあ、そういうことなら仕方がない。
「2人が嫌なら、無理に組むことはしない。この3人で正式登録をお願いします」
「承りました。アウレアさんが二級、リネルムさんが三級、アレスさんが四級ですので、パーティー等級は三級。任務、依頼は三級までのものを受注できます。ダンジョンでの探索も一応可能ですが、そちらは入念な準備のうえで挑戦することをおすすめします」
危険ですので、と受付嬢が言う。
ダンジョンとは人類支配領域に対して、魔物の支配する領域のことだ。洞窟、廃墟、迷宮、密林など環境はさまざまだが、魔物が跳梁跋扈し生態系を築いている魔境であることは共通している。ダンジョンには通常”支配種”と呼ばれるボスが君臨し、生態系の頂点としてダンジョンを統治している。どのボスも一様に強力無比であり、討伐任務を課せられるとしたら最低でも一級から特一級の扱いになると思われる。
同時に、危険性にあふれるだけあってダンジョンは素材の宝庫でもある。魔物が熾烈な生存競争を繰り返すことによって魔力に富んだ土地となり、希少な素材が生まれることになる。ダンジョンの攻略に成功した冒険者は、たいがい巨万の富を得る。かつて魔物を駆逐して人類支配領域として確立させた冒険者は、そのまま王国から叙任を受けて領主となったという夢のある話さえ存在する。
桁外れな利益があるために、ギルドもダンジョンの攻略を推奨しているが、やはり危険も多くダンジョンで命を落とすことになる冒険者も多い。そのため、ダンジョンへの挑戦を許可されるのは三級以上の冒険者ないし三級以上のパーティーに限られる。……もっとも、三級以上の冒険者の死因の大半がダンジョン攻略中のことであるから、経験豊富な冒険者か、ダンジョン攻略を活動目的として掲げている【黄の探索】のようなクラン単位での攻略が望ましいとされる。
「それと、昨日の防衛戦の報酬ですが、ギルドの方で報告がまとまり次第改めて発表ということになります。近日中には受け取れますよ。防衛戦の担当は【緑の純潔】ですから、正確な報告になると思いますし」
なるほど。ほかの
血気盛んな【赤の闘争】あたりならある。まずあるだろう。【黄の探索】はどうだか。
一部の戦果を誇張するくらいなら普通の冒険者でもありそうだが。
そんなこんなで冒険者ギルドでの用事は終えた。
「では、よい冒険を」
冒険者ギルドでの別れの文句。
今日は街から出るわけではないが、ある意味出発みたいなもの。
手を振って別れた。
物陰からは──ハルトが仲間になりたそうな目でこちらを見ているような気がした。
冒険者ギルドを出て2人とぶらつく。
3人ともに、オルグラに来て2日目。アウレアとリネルムは街を散策する余裕もなかったから、今日が初日みたいなもの。昨日私が訪れた屋台を紹介して回る。
パーティーを組むとは言ったものの、実際のところ私たちはお互いのことを良く知らない。アウレアが二級冒険者だということも先程初めて聞いた。何でもないふりをしたが、内心めちゃくちゃ驚いていた。二級冒険者になるにはそれなりの実績が必要なはずだ。一般的に、三級冒険者は一人前としてみなされている。小さな村では三級冒険者というだけで一目置かれるほどだ。短い冒険者としての寿命を三級冒険者で終える者も多い。つまり、二級冒険者というのは準一流なのだ。歳若くに二級冒険者となるのは、よほどの才能に恵まれた者ということ。二つ名を得るような有名な冒険者であって然り。そんなことさえ私は知らなかった。
そしてそれは私のほうも同じである。私たちは話題に事欠かなかった。
結局しばらく話し倒しても言葉は尽きず、いつしかアウレアたちの泊る部屋で話し込んでいた。
アウレアは王都出身の冒険者。先祖伝来の剣術を修めている家柄出身らしい。剣の技をある程度身につけたことで皆伝を貰い、武者修行のために冒険者となった。二級冒険者になったことで王都でこなせる依頼が少なくなり、難敵を求めて魔境オルグラにやって来た。……戦闘民族か?
リネルムは王都周辺の農村出身。親も家も普通の農民だが、成人の儀式で戦闘系の才能を得たことで冒険者になった。今までは一人でやって来たが、三級冒険者に昇格したことを機にオルグラにやって来た。人探しをしていたが、それも終わったらしい。私と似たような事情があったのか。
私のことは……かいつまんで話した。幼馴染の二人のこと、成人の儀式のこと、それがきっかけで離れ離れになったこと、行方不明の1人を探してオルグラまで来たこと。そんな感じだ。
「そういえばと思ったんだが、2人は随分早くオルグラに到着したんだな」
2つ目の村での依頼を終えてから、私はそれなりに強行をしたつもりだ。魔物を避け、体力に任せて昼夜を問わず歩き通したのだ。3つ目の村はほぼ素通りである。にもかかわらずアウレアたちは私のすぐ後にオルグラに到着していた。二人旅にしては随分な早さだ。なにがあったというのだろう。
「わたしが急かした」
「そう、リネルムにめちゃくちゃ急かされた」
「アウレアも賛成したはず」
「ハルトから離れたかったからね」
「アウレア、アレスと話したがってた。『もしかしたら厳しく言い過ぎたかも』って」
「何で本人の目の前で言う!?」
「気にしてるなら、ちゃんと言うべき」
「状況ってものがあるでしょうが!」
照れたアウレアがうがーとリネルムにじゃれつき、きゃーとリネルムが逃げる。仲良しでなにより。私もなぜか少し気恥ずかしい。
「リネルムはなぜ急いでいたんだ?」
「……アレスが速すぎた。わたし、アレスと一緒にオルグラに行こうと思っていたら、もうアレスが出発したって聞いて驚いた。追いかけても追いつけない。アウレアも驚いてた」
……要約すると、リネルムは依頼の後に吐いていた私を見て、オルグラまで同行しようとしてくれていたらしい。それで翌日宿を訊ねたら、宿の主人は早朝に出発したと言う。慌てて村を出たところでアウレアが合流。アウレアはもともとリネルムと一緒に行くつもりだったから、準備は済んでいた。そこでハルトも声を掛けてきたらしいがすぐに断った。リネルムによればハルトはその後も追いかけてきていたらしいが、ともかく、2人は先に出発した私を追いかけた。しかし、私の方は意地になって突き進んでいたものだから追いつこうにも追いつけない。仕方なく2人は、防衛戦に赴いた3つ目の村で大鳥を借りてオルグラに到着した、という次第だった。
……2人と組もうと決めたことに間違いはなかったのだなと確信した。
なんだこの2人は。私なんかのために急いだり高い大鳥を借りたり……良い人すぎないか?
「私の方も、それでアレスが自己申告以上に能力があるんだなってことを理解したの。オルグラまでの道を単独で強行突破なんて、並の冒険者には出来ないもの」
……照れる。
「アレス、顔赤い。褒められ慣れてないとみた」
「え、こんな程度で褒めたことになるの?」
「アレスは万年五級冒険者だった。きっと周囲は実力を確かめずに肩書を見て貶していたと推測」
「なるほど。それで正当な評価に喜んでいる、と」
「可愛い顔をしやがって、これからはわたしがアレスを甘やかす……とアウレアが言っている」
「言ってないから」
リネルムが笑う。リネルムは意外と冗談を良く口にするし、よく話す。最初の無口な印象が薄れていっている。アウレアもアウレアでリネルムの冗談によく付き合っている。知り合って間もないというが、そんな気配はない。10年来の友人のような気やすさだ。
「私に実力が無いのは事実だ。今回だって、2人やハルトがいなければどうにもならなかったし、四級冒険者に昇格することもなかった」
「私はそこが気になっていたんだけど、盾士としてあれだけの実力を身につける過程で、それなりに戦ってきたわけでしょう?それなのに攻撃とか殺すとかに抵抗あり過ぎじゃない?なんか不思議なんだけど。つり合いが取れてないというか」
「…………」
「それは……」
言葉に詰まった。話すべきか。
――あれを? あれを、いったいどう言葉にすればいい?
「……………………」
「まあ、ダメな人が本当にダメだってことはわかるけど。血を見ただけで倒れる人とかいるわけだし」
私の顔色を見てアウレアが話題を変えてくれた。
ありがたい。私自身、あまり言葉にしたくないし、思い返したくはない。
私には冒険者の才能が無い。それが全てだ。
話は防衛戦に移る。
「アレスは、武技が幾つ使える?」
「戦場で見せたので全部だ」
つまり、『戦士の矜持』と『一騎打ち』の2つだけ。武技が使えるだけ、私にしては上等だ。『吸収』の才能があればそれだけで十分とも言える。
「わたしは、短剣の技が幾つかと弓の方も幾つか。アウレアは凄い。いっぱい使える」
「まあ、そういう家柄だから。私が編み出した技じゃないし、大したものじゃないよ」
「いくつ覚えているんだ?」
「んー、両手じゃ足りない程度かな」
「それはすごい」
ほんとにすごい。
武技を一つ使えるだけで、戦士として一人前と言われる。幾つも使えるのは、それこそ達人と呼ばれる最上級の戦士か、一級冒険者のような一流だ。……つまりアウレアはそれだけの才能を秘めているのだ。
「というか、アレスはズルいでしょ。なにあの武技。普通の『戦士の矜持』じゃないでしょ」
「あれは……才能の方も使っているから、まあ確かにズルだな」
武技は伝授することが出来る。しかし伝授しただけでは使えず、習得のために試行錯誤を必要とされる。『戦士の矜持』は前衛戦士がそれなりの割合で持っている汎的な武技のひとつで、レイヴィルの街にある武技の道場で高い金を払って伝授してもらったのだ。
武技は独自に編み出すこともあり、『一騎打ち』はそちらになる。一騎打ちと言いつつ集団で過剰殺戮したような気もするがともかく。
武技は誰にでも使える技術だ。しかし、才能は固有のもの。技術と才能を組み合わせることで相乗を生み出すことが出来る。私の場合、『吸収』の才能と盾を合わせることで敵の攻撃を一手に引き受け仲間の被弾を減らす盾役としての役割を一人で完遂することが出来るように。
「ああ、才能なら仕方ない」
「アレス、あとでわたしにこっそり才能を教える。わたしも教えてあげる」
「だーめ、リネルムはそういうところ甘いのよくないよ。才能は内緒、それがマナーでしょ」
「そうだな。知っていることで危機を招くことがあるかもしれない。パーティーとしてお互い秘密にしよう」
リネルムはふくれっ面をして不満を表明していた。
才能は武技と違い、性質や性格も絡んだ個人的なもの。一応成人の儀式で公表されるが、暗黙の了解として皆知らないことになっている。……どこかの勇者のように、有名になり過ぎると公表することにもなるが。そうでない一般的な場合、知っているのは、本人と家族、そして才能を管理している神殿だけ。あとは、親しい恋人とか夫婦間だろうか。
「宴のとき、アレス、綺麗なひとと話してた。……恋人?」
「え、恋人いるの?」
「違う、あれは……ラリッサさんだ。変異種魔物について一緒に報告をしただろう」
「ああ、あの全身鎧の……なんだ」
「──アウレアはほっと安堵の溜息を漏らした。不意に高鳴った胸が、うるさいくらいに鼓動している。聞こえはしないだろうか。思わず不安が募りそっとアレスの顔を盗み見た。整った顔立ちの少年が不思議そうに見つめ返してい、」
「変な独白はやめなさい」
ごちんと拳がリネルムの頭に落ち、ついにリネルムも口を閉じた。
よくやったアウレア。なんというか意識してしまうからほんとにやめて欲しい。
「わたしの、渾身の独白。再現率は100%に違いない……」
「妄想はほどほどにしようね」
いひゃい、と頬をつねられたリネルムが涙目で呟いた。
「それで、アレスはそのラリッサさんと何を話してたの?」
「やっぱりアウレアも気になってた。わたしの推測に間違いはなかった」
「リネルムー?そろそろ止めないと本気で怒るよー?」
アウレアは怒ると間延びになるらしい。綺麗な微笑で傍目からはご機嫌に見える辺りが実に恐ろしい。アウレアは怒らせないようにしよう、と思った。
「というか、”も”ってなに。リネルムも気になってるじゃない」
「……墓穴を掘った、お互いに」
「あ」
2人が赤面する。
こほん、と私は咳ばらいをして、
「ラリッサさんはただお礼を言いに来ていただけだ。それなりに役に立てたみたいだったからな。それと、私の目的の方にも助言を貰った」
「目的と言うと、忌子の友だちを探すというあれ?」
「そうだ。結論から言えば友ではなかったが……それはいい」
「……なんか嘘くさい。アレス、言ってないことがあるはず」
「……そんなことはない」
なぜバレる。というか、ちょくちょくバレてる気がする。リネルムはなんだ、私の嘘とか誤魔化しが判定できるのか?そういう才能でもあるのか。ないよね。ないって言ってくれ頼むから……。
「むー……ひとまず、泳がせる。アレスは怪しい」
「そんなことはない」
きっぱりと言っておく。虚勢でも、貫き通せば事実になるだろう。
「あとは……【緑の純潔】に誘われたぞ。というか、もう入る前提になっていた」
「ああ、うん。それはそうだろうね。あれだけ【緑】っぽい発言してたらね」
「それはいい。わたしも【緑】に入るつもりだった。みんなで一緒に色閥入りする」
「私は【赤】の方で武者修行しようと思っていたけど……まあ、緑も悪くないか」
……なんだろう。【緑の純潔】に入ることで話が進んでしまっている。
ちなみに【赤】こと【赤の闘争】の活動目的は”猛き闘争”。大半が炎武神に帰依した戦闘至上主義者の集まりである。
ふと、窓を見た。
外はいつの間にか茜空に変わっている。
「そろそろ暗くなるな。飯屋を探すか」
「それはいい考え。美味しい魔物肉にかじりつきたい」
「美味しいお酒も忘れずに、ね」
「もちのろん。帰りにお酒を買って宴する」
「明日の冒険はいいのか?」
「今日、アレスは昇格した。良いことがあったら宴、これすなわち神託なり」
「神が言ったのなら仕方がないね。今日も宴だ」
宴! 宴! と2人は盛り上がっている。
リネルムが私の手を引いた。
「行こう、アレス」
──その日の宴は、朝まで続いた。
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