12:冒険者


 明らかに気落ちした様子の私に、ラリッサは何度も励ましの言葉をくれた。

 ……中には冗談としか思えないものもあったが。


 宴は終わりを迎えた。


 改めて飲み直すという冒険者たちと別れ、私は宿へと帰ることにした。ラリッサは最後まで私を気遣い、緑の純潔としていつでも協力は惜しまないと言ってくれたが、今はそれさえも些細なことに感じていた。

  

 胸にぽっかり穴が空いた気分だ。


 グレンを探す、という目標。

 それだけを支えにこの5年間を生きてきた。


 唯一得た手掛かりである黒髪の忌子を追い求めてやって来た城塞都市オルグラにいたのは、別の人物だった。思いがけず知った噂の黒髪忌子の正体に……失礼ながら落胆してしまった。……ラリッサには後で謝らねばと、思う。思うが、どうでもいいようにも感じてしまう。全てが投げやりだった。


 停止した思考とは裏腹に体はよどみなく動き続ける。

 今は、無性に歩いていたい気分だった。

 立ち止まれば、……どうしようもない事ばかり考えてしまいそうだ。


 街は明るかった。


 冒険者の街だからだろう。酒場の灯りがそこかしこで灯り、裏町の方からは年若い女性たちの嬌声が聞こえている。娼館の看板が遠くにある。そこに少なからぬ冒険者たちが足を運んでいた。


 賑やかな街だ。

 レイヴィルとは比べ物にならない、という感想は夜であっても変わらない。

 レイヴィルの夜は暗く、この街は明るい。

 

 ──故郷に帰るか。

 街を眺めながら、なんともなくそう思った。


 グレンはこの街にもいなかった。

 広い王国中を懸命に探せば、いつかは見つかるかもしれない。


 だが……もう十分だ。

 小心者の私にしては、頑張った。

 危険と隣り合わせの冒険者を5年間もやり遂げ、二度の防衛戦を生き抜いた。

 唯一の手がかりを求めて赴いた魔境にいたのは別人だった。


 契機というものがあるなら、これがそうだ。


 いい加減、私も年を取った。人によっては既に嫁を貰うこともあるだろう。

 かつて共に成人の儀を受けたオースン・ツボイルという少年は、按摩の技巧を磨いて領主の御用達となり、今では街一番の商人の娘を嫁にもらって順風満帆だという。


 今さら私にそのような成功は望めないだろうが、少なくとも両親を安心させることくらいは出来る。かねてからの予定通り、職に就、嫁を貰い、家庭を営む。そして、いつか友の帰りを待つ。


 そうやって暮らしていくのも、悪くはないのではないだろうか。


「アレス」

 

 そんなことを考えていたとき、暗がりから声がかかった。

 立ち止まる。


「……リネルム?」

「私もいるけど」


 現われたのは、無口少女のリネルム。

 そしてその後ろからアウレアが姿を現した。


「そういえば、お礼を言っていなかったな。

 今回の防衛戦、付き合ってくれてありがとう。また助けられたな」

「礼はいらない。着いていくと決めたのは私たちだから」 

「……いや、そうじゃない。村に着いたとき、私は君の指示に逆らって無謀にも飛び出した。本来なら見捨てて当然の状況だったと思う。それを助けられた礼だ。……借りが出来てしまったな」


 それは大きな借りだ。返す術が思いつかないほどの。


「……アレスは、これからどうする?」

「私は……そうだな。目的も達してしまったし、オルグラの観光が済んだら故郷に帰るよ。今回の一件で、冒険者は引退だ。最後に良い思い出が出来たくらいだ」

「探し人がいるんじゃなかったっけ?見つかったの?」

「ああ。行方不明の友人を探していたんだが……どうやら当てが外れたらしい」

「そう、そっか」

 


「それなら、3人でパーティーを組む。わたしと、アウレアと、アレスで」



「な」

「な、なに言ってるのリネルムっ!?」


 思いがけない提案だった。

 様子を見るに、どうやらアウレアとも相談があったわけではないらしい。


「わたし、今日は大変だったけど、楽しかった。わたしたち、きっと上手くやれる。力を合わせれば、もっと大きな冒険、できるはず。アウレアこそ、今日は楽しくなかった?」

「それは……私もそうだけど、でも……」


 ちらちらとアウレアが私を見る。


 意外だった。アウレアが今日の防衛戦を楽しんでいたとは。前回の依頼のとき、彼女は私に辛辣だった。冒険者を辞めろ、とまで言われたのだ。


 そんな私に付き合わされた彼女は辟易していたのではないかと思っていた。まあ……文句を言われるのが怖くて、遠ざけていたのだが。


「……私には、冒険者の才能が無いんじゃなかったか?」


 今回の防衛戦が終わったときもまた、耐え切れなくて吐いてしまった。私は、軟弱ものだ。冒険者として致命的な弱点があることに変わりはない。それは、これからもずっとそうだろう。そんな私と冒険なんて、普通に考えたら嫌じゃないか?


 ――しかし、アウレアが返したのは思いがけない言葉だった。


「そうだけど……。別に、盾士の才能が無いとは言って、ない、から」

「────そう、か」


 私に?

 才能がある……だって?


 リネルムの好意的な態度の裏はよくわからない。

 よくわからないが。


 アウレアが私を評価していたという意外な事実が、なぜか私の胸を熱くさせた。


 なんだろうか、この気分は。

 なぜか懐かしい……。 


「わたしが、索敵する。アレスは、守る。そしてアウレアが、斬る。アレスは、戦うの辛いかもだけど、わたしが守る。わたしたち、アレスが必要」

「私は……」


 いいのだろうか。散々無能と言われた私が、冒険者を続けても。

 戦うことが辛いのは変わらない。

 殺生は好まない。これからも戦うたびに吐くだろう。


 でも、私を必要してくれる人がいる。

 ──あの頃のように。


「…………私は」


「私は、友を探している。5年前に行方不明になった幼馴染だ。気のいい、友達甲斐のある優しい奴だ。……だが忌子だった。ある日突然姿を消し、行方が知れなくなってどこへ行ったかもわからない。それでも無事を確かめたくて、ずっと探し続けてきた。この城塞都市に来たのも友を探す為だ……『忌子の冒険者』が噂になっていると聞いたからだ。だが、噂の忌子に会ってみれば、友ではなかった。当ても外れて、もう探す場所もない……当てもなく探し続けることに、もう、疲れてしまったんだ」

 だから、冒険者を辞めて故郷に帰るつもりだった。

 そう言おうとして、

「――なら、なおさら冒険者を続けるべき」

「私もそう思う。だって、この国の忌子や亜人は、最終的にこの街に辿り着く。忌子と名乗っていない忌子が、この街にどれだけいるか……少なくとも、私は今日だけで3人も見たよ。その中に、君の幼馴染がいる可能性だってあると思う」

「……それに、待っていたら、いつかこの街にやって来るかもしれない」 

  

 ──それは、思いも寄らない視点だった。気付きもしなかったが……もしかしたら、グレンが人知れずこの街にいて、今日すれ違っていたのかもしれない。広い街だ。その可能性はたしかに、十分にある。それに、忌子がやがてこの街に集まるなら、ここで冒険者を続ければ、いつかはグレンがやって来るかもしれない。……勇者として人々を救うどこかの誰かだって、強大な魔物を退治するためにひょっこり顔を出すかもしれない。


「ほら、アウレアも言って。アレスは不安になっている。誘うなら、ちゃんと誘う」

「……ま、まあ、私も特に反論はないし?私とリネルムだけだと危ないし、盾持ちがいたら安心かもなぁ?」

「ほら、アウレアもこう言ってる。よって、アレスは私たちとパーティーを組むべき」


 ふんす、と鼻息荒くリネルムが詰め寄って来た。……距離が、近い。

 そしてアウレアは棒読みが過ぎると思う。


 だが……ありがたい。乗させてもらおう。


「盾しか能のない五級冒険者だが、どうかよろしく頼む」


 里帰りは、しばらくお預けにしよう。

 いつか、私が必要でなくなるまで──別れの時が来るまでは。


 それまではしばらく、このままで。

 この2人と一緒に、冒険者でいよう。



 こうして、私は冒険者をやり直すことになった。






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第一章『冒険者の街』 幕


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