11:宴
村を襲撃した魔物は、集った冒険者達によって一匹残らず狩られていった。
そうして防衛戦は終わった。
「──では、此度の防衛戦からの生還を祝して、乾杯!」
その夜。
私はオルグラの酒場にいた。
参加しているのは今回の防衛戦に参加した冒険者。
【緑の純潔】が主催と言うことで、ありがたいことに費用は向こう持ちだ。
私見だが、人の金で飲む酒ほどうまいものはない。大仕事の後なら、なおさら。
乾杯と木製のマグを呷れば、舌に焼き付くエールの苦み。
それだけで、今日一日の苦闘が報われた。
「よう、飲んでるか?」
「ええ、もちろん」
「よかった。隅の方でぼんやりしてるから酒の席は苦手なのかと思ったぞ」
ご明察、と苦笑する。
酒宴は苦手だ。
なにを話せばいいのか……大人数ともなると、なんというか言葉に困る。
声をかけてきたのは村へ急行した時に同行した緑の純潔のクランメンバーの一人。
歳は30代くらいか。無精ひげが似合う大人だった。
「アレス、だったな。俺はギエス。オルグラ到着直後に大変だったろうが……よく戦ってくれた」
ねぎらいの言葉と共にギエスは酒を注いだ。
ありがとうございます、と礼を言えば、
「ああ、敬語なんかいらん。冒険者なんぞ粗野なくらいがちょうどいい」
と返ってくる。まあ、そうだ。畏まった態度なんて、冒険者には不似合いだろう。
「今回の功労者が隅にいたんじゃ宴も盛り上がらないだろうが」
「功労者?それなら中央でもみくちゃにされてますが」
私はその”功労者”たちを指さす。
周りの喧騒に耳を澄ませば、”仲間”たちへの賞賛が聞こえてくる。
剣姫、とか。
影縫、とか。
剣魔の貴公子、とか。
どうやら、あの3人はオルグラに来る前から名の知られた冒険者だったらしい。
華々しく活躍していたからだろう。3人は宴の中心で冒険者達に絡まれている。約一名は楽しそうにはしゃいでいる。
優れた冒険者はその特徴などから二つ名で呼ばれることがある。
以前、村での依頼を共にこなしたときにも、彼らの動きは目にした。
それぞれが、一人でオルグラへ向かうほど高い実力を持っていたのだ。
他の王国の街では比類なき力だ。二つ名で呼ばれていたとしてもおかしくはない。
まして、3人共に見目良いともなれば話題になるのも自然な話だろう。
──二つ名で呼びたくなるくらいに、鮮烈な光景だったし。
……まあ私のような、同業者に忌避される無能な冒険者には、”草刈り”みたいな別の意味での二つ名が贈られることになるんだが。
3人を眩しそうに眺めた後、ギエスは首を振った。
「何を言っている。今回の一件、アレスがきっかけだとラリッサから聞いている。
お前の対応のおかげで多くの命が救われたんだ。
人手のない中で偵察を買って出た。魔物に追われる非戦闘員を的確に守り、迅速な判断で村に駆けつけた。応援が来るまで時間を稼いだことで残った者達の命も救った。こうして口にしてみると、とても五級冒険者の所業ではないぞ。その功績と戦場での功名なぞ比べ物にならんさ」
「…………」
ギエスの口から、生き残った村人や馬車に乗っていた村人たちから述べられた感謝の言葉がつらつらと並べられる。
なんだ、『盾の騎士』とは。
私はそんな高潔な存在じゃない。煽てるのは止めて欲しいんだが……。
…………。
なんとも、言葉に困る。
よかった、という気持ちと気恥ずかしさが同居していて。
エールを呷ることで言葉を濁した。
「──そう言えば、あのとき俺が何を言ったのか分かっていたのか」
「”民を護れ”、だろう」
それ以外に何がある。
くくっ、とギエスが笑った。
「それで──【緑の純潔】には、いつ来るんだ?」
は?
「まあ、クランマスターには推薦しておく。気が向いたらいつでも来い」
お前ならいつでも大歓迎だ、と言い残してギエスは立ち去った。
私が緑の純潔に、か。
……なにを考えているんだか。私の冒険は、今日で終わり。
明日からはグレンを探して……レイヴィルに戻って新しい生活を始めるんだ。
私は幸福に生きるのだ。ずいぶん長くかかったが、冒険者はそれまでの寄り道。
元より争いごとの苦手な私には向いていない荒事なのだ。
ふと、防衛戦での剣戟が脳裏を過る。
魔物の群れの中に災禍を断ち切って現れた剣閃。
迷いなく振るわれた太刀筋は流麗で、まさに”剣姫”の名にふさわしかった。
──どうして彼女は現れたのだろう。危険を冒す必要なんてなかった。彼女の言葉通り、増援を待ってから戦えばいい。私一人、見殺しにしたところで何の問題もない……、なのに……。
なのに、アウレアは一番最初に飛び込んできた。
リネルムでもなく、ハルトでもなく。
その理由が、私にはわからなかった。
「──今回は、助けられたな」
隣から声を掛けられて私は顔を上げた。
……見知らぬ女性の姿がそこにあった。
この辺りでは見かけない浅黒い褐色の肌。
左頬には火傷の跡がある。幾つもの修羅場をくぐってきたような強者の風情。
誰だろう、と思った。どこかで聞いた声だが、話したことはない。
ましてこんな美人には──。
「そういえば、兜の中を見せたことはなかったな。私だ、ラリッサだ」
ああ、と合点がいった。道理で聞き覚えがあるわけだ。
……少し体を遠ざける。ほんの少し。
見知った人だと理解すると急に親しみを覚えて、同時に距離の近さになんとなく気恥ずかしさを感じた。戦闘のあとだからだろうか。匂いを強く感じた。
──女性特有の良い匂いだった。
「なんだ、照れているのか?見た目らしからぬ行動力のわりに、年相応のところもあるんだな」
バレてる。
急に自分が子どもになったように思えて、つい視線を逸らした。
「胸か」
「見てないからな」
どことは言わないが、ラリッサの一部分は女性らしさに溢れていた。
ラリッサは朗らかに笑って、
「胸くらいならばいくらでも見るがいいさ。それくらい助けられた自覚はある。
……なんなら一夜でも共にしてみるか?」
まあ、冗談だ。そう言って笑う。
……冗談じゃない。心臓が止まるかと思った。思わず生唾を呑み込んでしまった。
兜を脱いだラリッサは、なぜ兜などしているのかと聞きたくなるくらい顔立ちが整っているのだから。
「幸運としか言いようがない。この時期にアレスがこの街に来たことも、その日に私と出会ったこともな。そのおかげで多くの命を救うことが出来た。護民のクラン、緑の純潔の一員として冒険者アレスに心から感謝を述べる」
ありがとう。
そう言って、ラリッサは頭を下げた。
「──役に立ててよかった」
私は。
なんとかそう返すのが精いっぱいだった。
雲の上の住民のような二級冒険者にそんなことを言ってもらえたことで──才能のない私が……”草刈り”の万年五級冒険者の私でも、冒険者として生きたこの5年には意味があったのかもしれない、と。
そんな風に思えたのだ。
「クランとしても何か返すことができたらと思っているが……なにか必要なものはあるだろうか?」
我々に出来る範囲で便宜を惜しまない、とラリッサは言った。
それなら……。
「オルグラには、人を探しに来たんだ。
この街で、黒髪忌子の冒険者が噂になっていると聞いた。
その人物に会いたい。……私の友達かもしれないんだ」
「ふむ、友達になるには気が早いと思うが……もしやそれは、遠回しな口説き文句か?」
……?
どういう意味だ、と言葉にしようとして私はラリッサを見た。そして、混乱した。
ラリッサの髪は、黒かった。
ラリッサの髪は、黒かったのだ。
……もしかして。
「……普段は誰にも見せないんだが……アレスには特別だぞ?」
ラリッサが髪をかき上げた額。そこには小さい突起があった。
硬質な角状の突起。いや、それはまさしく角でしかなく、そしてかつてグレンが見せてくれたものと同様のもので。
「──黒髪忌子の冒険者。それは、私だ」
つまりは──グレンはこの街にいない、という事実を突きつけられた。
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