09:再結成
「……詳しい話は、準備を整えてからにしよう。30分後、もう一度ギルド前に集合、それでいいか?」
リネルムたちへの感謝も、思惑を問い質したい気持ちもひとまず抑え。
今はやるべきことに集中したい。
その意思が正しく伝わったのだろう。
3人は一様に頷きを返し、解散となった。
私は荷物を取るために、宿に向けて走り出す。
アウレアとリネルムは反対方向に宿があるのか、そちらへ。
ハルトは立ち止まり、こちらに強い視線を向けていた。
「おい、待てよ」
角を曲がったところで引き留めたのは、やはり、ハルトだった。
立ち止まり、振り返った私にハルトは距離を詰める。
……顔を突き合わせるような近さ。
「──なんて言ってあの子達を脅した?」
──敵意の籠った冷たい声に、背筋が凍る。
……脅した? 私が?
なにを言われているんだ、私は。
言葉が詰まる。思いもよらない問いだった。
「……まあ、言うわけがないよな。どんなつもりかは知らないが、俺は騙されないからな。せいぜいボロが出ないように気を張ることだ。俺は見ているぞ」
せせら笑うハルトは、ドン、と私を突き飛ばして去った。
……なにを言えばよかったのだろうか。
頭の中で答えの出ない問いが巡る。
胸に熱いヘドロのような高ぶりを感じ、振り払うように私は走り出した。
◇
全ての用意が済み、ギルドに到着する。
既にリネルムたちは待ちぼうけをしていた。ギルド前で並ぶ2人は、整った容姿から、行き交う人の注目の的になっていた。
苦笑。
……なんとなく、気持ちはわかってしまう。
「リネルム、アウレア」
これ以上待たせるのも申し訳ないと思い、声を掛ける。
2人の動機を把握しておきたい。
「聞いてもいいか」
「なんで私たちがあなたに手を貸すかって?」
私の問いを先んじてアウレアが答える。
「私はリネルムが行くと言ったから。私、実は先々からリネルムを誘っていたの。でもなかなか首を縦に振ってくれなくて……なのにリネルムは、あなたにはすんなり着いていくという……私でなくとも納得がいかないんじゃない?」
……なるほど。そういう事情があったのか。
「以前から組んでいたように見えたが」
「それは一時的なもの。お互い、女の一人旅はなにかと面倒だから。わかるよね?」
……ハルトの顔が頭に思い浮かぶ。たしかに、面倒が多そうだ。
「それなら、ハルトはどうしたんだ。ここまで一緒に来たんじゃないのか?」
てっきり、私が抜けた後に3人でパーティーを組んだのかと思っていたが。
「……そんなわけないでしょ。あなたが抜けたあと、”3人で組もう”とかって散々絡まれて大変だったし……断ったけど。けどたぶん、ずっと私たちの後を追ってたんじゃないかな。ギルドにタイミングよく現れたし」
「……追ってきてた」
「やっぱり。……全然気配は感じなかったのに」
悔しそうにアウレアがこぼす。
ハルトの目的は……まあ、同じ男としてなんとなく察せられるが、困ったものだ。これでなんとなくハルトの態度の理由が分かった。ハルトも、アウレアが組む理由と似たようなものだろう。
アウレアがリネルムの行動に納得いかず参加を表明したように、以前からパーティー結成を断られていたハルトはリネルム・アウレアが即座に同行を決めたことに納得がいかなかったのだろう。……正直そんなことで絡まれても困るが。
「ハルトは、私が2人を脅して組ませたと思っているようだ。2人に危害を加えないよう見張るつもりらしいな」
一応、2人にも注意を促す。
目的が分かっていれば、それなりに安心だろうから。
「なるほど、覚えておくよ。……それで、あなたの方はどうしてこの件に首を突っ込むわけ?」
「正直、正気とは思えないけど」とアウレアは呟いた。
それには、基本的に私も同意する。私でない誰かが同じようなことをすると聞けば、たとえ本人に恨まれようと体を張って止めるだろう。三級以上の魔物というのは伊達ではないし、冗談では済まない。そんな魔物の集団に襲われるかもしれない場所に五級冒険者が首を突っ込むというのは、つまり自殺でしかない。少なくとも多くの人がそう考えるだろう。
それを理解しながらも黙っていられなかったのは、かつての防衛戦の記憶が蘇ったからだ。魔物が群れを成して、懸命に日々を生きる人々の日常を、【幸福】を壊すあの光景を──
──<見過ごすな>と。
この魂は、許してくれない。
「まあ、なんだ……緊急依頼をいくつもこなせば、ギルドも報酬に等級を上げてくれるかもしれないしな」
と、私は嘯いておいた。
本当のことを言ったとしても理解はされないだろう。
「……嘘つき」
リネルムが呟く。
出会ってまもない筈だが、私の建前は即座に見抜かれてしまった。どうして……。
「つまり、正気じゃないってことね。まったく、リネルムもなんでこんな奴に……」
アウレアはまだ納得がいかない様子で文句を垂らしているが……。
私も気になっていた。
「リネルム。君は、君の目的はいいのか。何かすべきことがあってオルグラに来たんじゃないのか」
無謀で正気じゃないらしい私との同行を決めた彼女。
一度、共闘した。それだけの絆しかない。
私たちは碌に話したこともない、なのにどうして──?
「──アレスは、わたしを護った。だから、わたしもアレスを護る」
ふと、二つ目の村での戦闘の際の光景が頭に浮かんだ。
戦闘で斥候を務めるリネルムに、グリーンウルフが飛びかかってくる──それを私は盾を持って退けた。
──まさか、あのときのことか!?
「盾士が仲間を護るなど、当たり前のことだろう?」
──そう問い返した私に。
リネルムはやわらかな微笑みを返した。
「そう言うアレスだから、わたしは着いていく。そう決めた」
……なにを、言えばいいのか。
かっと頬が熱くなる。頭が真っ白になって、言葉の海からなにか言い訳のようなものが浮かんでは溶けた。
「ありがとう……」
照れ臭くなってごくありきたりな感謝を述べた私に、リネルムはもう一度笑みを返した。
「でも、リネルムは”人探し”にオルグラに来たって言ってなかった? そっちはいいの?」
「うん、もう済んだ。アウレアも、ありがとう」
「──そう、そういうこと」
リネルムの目的も人探しだった、のか?
まあ、目的を果たせたのならいいことだと思うが……。
「なんだ、もういたのか」
爽やかな笑みと共に最後の1人だったハルトが到着し、準備が整ったことを確認した私たちはギルドの中に入った。
◇
ギルドから貸し出された走竜に騎乗し、街道を駆ける。
人員は私たち臨時パーティーの4人と色閥:緑の純潔から3人、合計7人でオルグラ近郊の村へと向かっていた。
レイヴィルーオルグラ間の街道は丘陵地帯となり、実り豊かな草原であると同時に魔物が身を隠しやすいという危険を孕む。気が付いたときには魔物に周囲を囲まれている──なんてことも間々あるという。それを避けるためには、馬車をいくつも連結させたキャラバンによって防衛力を確保するか、機動力を確保した魔物によって一気呵成に駆け抜けるか。今回は後者であり、そのために用意されたのが走竜であった。
一般的には馬か大鳥が用いられるが、このオルグラ近辺ではいざ戦闘となったときに能力に劣り、逃げ出すなどして戦闘を乱す。それを防ぐため、ある程度等級の高い魔物が飼育されている。走竜は三級の魔物であり、最上級の馬と同等の価値をもつ。発達した二足で立ち、鉤爪のような細い前足を持つこの竜は、竜の中でも亜竜と称される最下等であり、劣竜として劣飛竜などと並んで人に飼いならされている。
緊急事態だから、とギルド側から移動用に貸し付けられたこの魔物は本来、借り受けるにも非常に高い金がかかる。走竜自体が希少で全体的に数が少ないうえに、飼育にもコストがかかるらしい。ラリッサとギルド員には「絶対に逃がすな」と再三注意されていた。もしものときの賠償金のことを頭に思い浮かべて自然と手綱に力がかかり、力の大小を敏感に察した走竜が「クエー!」と一声鳴いた。返答するように周りの走竜たちも「クエー!」「クエー!」と鳴く。
……なんと言っているんだろうか。楽しそうでいいことだが。
それにしても、足の速い魔物だった。風景が風のように過ぎ去っていく。
この道を歩いて来たときとの差を感じてしまう。
「アレス……!」
駆け抜ける一団の中、呼びかける声が聞こえた。
アウレアだ。
「向こうから馬車がいくつも来てる……!」
見れば街道の向こう側から幾つもの馬車と馬や大鳥に騎乗した人々の姿が見えた。慌てて背負った旗を持ち上げて遠くからも見えるように振りかざす。旗はギルドの紋章が描かれ、こちらの立場を示すことになっていた。そうでない場合、盗賊の襲撃と勘違いされ攻撃を加えられることにもなりかねない。
相手の一団は、止まることなく走り続ける。
──なにかある。
この距離なら間違いなく旗が視認できるはずだ。なのにギルドの紋章を見ても変化がないのは……馬車の隙間、から見えたのは──魔物だ!
「彼らは魔物に追い立てられている!」
見れば、馬車ではなく直接騎乗している者達は剣や槍を振り回している。既に接敵状態にあるようで、このままでは馬車が危険にさらされてしまう。
どうすべきだ。私は──
「ここで迎え撃つ!」
「了解!」
この場で待ち構え、彼らに襲い掛かる敵を引き受けることにした。
私の判断にアウレアが了承を示し、全体に号令する。
私たちがギルドに再集合したとき、改めてパーティーのルールを決め直した。
まず、パーティーのリーダーを私が務めること。
これは、私が発端となってこの依頼を受けることになったからだった。
そして、戦闘中の指揮を以前同様アウレアが行うこと。
私は所詮五級冒険者でしかなく、集団での戦闘経験に乏しいからだ。
最後に、この依頼を達成した時点で、パーティーを解散すること。
今回のようになし崩しで巻き込まれるのは、お互い避けたいだろう。
事前の取り決め通り、私がリーダーとして方針を決め、そのための適切な指揮をアウレアが執った。
私たちと緑の純潔のメンバーで街道の左右に別れる。
私は旗を道端に差し、向かってくる一団に声を張り上げた。
「こちらはギルドから派遣されて来た! あとは引き受ける! そのまま走り抜けろ!」
「──了解した! 救援感謝する!」
希望を見出したボロボロの姿の御者が馬を駆り、速度を上げていく。
行け。行ってくれ。
刻一刻と近づく馬車たち。
こちらもそれぞれ武器を構える。
馬車と魔物が通り抜ける瞬間、私は盾を構え、練り上げた魔力を盾に注ぎ込んだ。
人に仇なす魔物たちを睨み、敵意を込めて盾に注ぎ込んだ魔力を解き放つ。
「ぉ……おおおおおおおおおお!!」
盾武技:戦士の矜持。
魔術師には魔術があるように、戦士には戦士の技がある。
それが武技。
得手とする武器に魔力を注ぐことで発動する戦闘技。
戦士の矜持は盾士が敵視する相手に注意と脅威を抱かせる武技だ。
これにより、馬車を襲っていた魔物たちが一斉に私を脅威を見做して襲いかかってくる。
ぐっ、と盾に重みと衝撃が押し寄せる。
歯を食いしばって耐える。
盾を持つことしかできない私に攻撃が集中し、それゆえに隙が生まれる。
ひらり、と舞うように影が飛び出す。剣が煌めく。
血しぶきが宙に放たれ、美貌の女剣士が戦場を駆け抜けた。
「らぁああ!!」
負けじと、私も盾を振るう。重い鋼と遠心力は撃力となって魔物を吹き飛ばした。
そこへリネルムの短弓が矢を放ち、宙に浮いた無防備な腹に矢が突き刺さる。
即座に連撃の投げナイフが牽制となって飛び交い、頑丈な魔物の脆い顔面を切り裂きまた鋭く穿つ。
「風術式:暴風矢──三連!」
ハルトの魔術が残りの敵を一掃し、ッ、アウレアが反対側の緑の純潔の助太刀に向かった。
遅れてリネルムが弓を構え、ハルトが剣を抜き放って参戦する。
私は。
──吐き気を懸命に堪える。この先、立ち止まっている暇はない。
なんとか持ち直し、残りの魔物の掃討を見届けた。
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