08:オルグラ到着
旅を始めて14日目。
城塞都市オルグラ、辺境にして最前線の街についに到着した。
装備を背負った冒険者が徒党を為して目抜き通りを闊歩し、道端では行商がござを敷き屋台を並べて客を呼び寄せている。商店は人混みの先まで続き、街の中央から伸びる方々の道に連なっていた。まるで、子どものころ両親に連れられて行った王都の祭りのような騒がしさ。……見るからに凶悪そうな魔物の頭蓋なんかがちらほらとあるのはご愛敬、だろうか。
活気がすごい。
レイヴィルとは比べ物にならない街の広さ、そして人の賑わいに圧倒される。
これが王国を支える冒険者の街か……。
底辺とはいえ、冒険者の端くれとしてなんだか誇らしい気持ちになるな。
この街はほかの街なら添え物のような扱いの冒険者が主役となって動かしている、まさに冒険の街。ここから運び出された魔物や薬草といった素材が遠くの街まで運ばれ、加工されて、新たな形を得て商品としてまた別の街へと旅立っていく。王国はこの街が支えているといっても過言ではないのだそうだ。屋台を営む壮年の男性がたくましく笑ってみせた。……強い街だ。
目新しさからついあちこちを歩き回り、昼食を屋台で済ませ、昼下がりになってようやく腰を落ち着ける宿に辿り着いた。
さて、これから噂の忌子……グレンを探すにあたり、まずは面倒事を済ませるか……。
背嚢から、中間の村での討伐依頼の達成票を取り出す。気が重いが……放置しておくわけにもいかない。
…………。
街の中心部でも一際大きな建物──冒険者ギルドの中に入る。レイヴィルと雰囲気が似通った屋内。迷うことなく受付へと真っ直ぐ進み、そして。
「──あ」
瞬間、選択を誤ったと思った。街の散策なんか後回しにして、真っ先に用事を済ませておけば……。
「あ」
向こうもこちらに気付いた様子だった。そして指を指される。
「あれが依頼達成者の1人」
会いたくないと思っていた相手……剣士アウレアと斥候のリネルム、そしてハルトが受付にいた。……ちょうど達成報告の状況に遭遇してしまったらしい。……運がない。
妙に刺さる痛い視線に目を合わせないように避けつつ、受付嬢に近づく。
「アレスさん、ですね。冒険者章と達成票の提出をお願いします」
首に下げた冒険者章を、達成票とともに手渡す。
「……はい。では、これで変異種魔物の討伐依頼達成となります。お疲れさまでした」
冒険者章を受け取り、頭を下げる。……このまま声を掛けられない内に立ち去ってしまおう。向こうも偶然、達成報告が同じ時間になっただけなのだろうし、話をするつもりもないだろう。……何か言いたげな気もするがそんなはずはない。
気まずさから無言のまま踵を返すと、通りすがりの人と肩がぶつかってしまった。
「すまない」
軽く会釈しながら避けて立ち去ろうとする。
だが。
肩を掴まれた。
「──変異種魔物の討伐と聞いたのだが、少し時間をもらえないだろうか?」
そしてそのまま呼び止められてしまった。
全身金属鎧に身を包んだ人物。声からして女性か。
「後ろのお仲間も頼む。変異種魔物について情報を集めている。
──
報酬を均等に分けられ、あまつさえ受付嬢の前で依頼達成者の1人と指さされ達成報告を行っておきながら、「仲間ではない」などとは言えなかった。なぜか3人の方も特に異議を申し立てたりはしなかったので、流されるままに別室へと案内されてしまった。
室内でも兜をしたままの二級冒険者ラリッサに尋ねられたのは、変異種の魔物の種類、数、そして場所といった情報。
ぶつかってしまったせいで目をつけられたのか、主に私が尋ねられて答えた。自分が討伐したわけでもない魔物の話を、実際の討伐者の前で話すのは……実に居心地が悪い。
「ふむ……2つ手前の村の魔物。やはり、通常は群れることのない魔物種同士か……」
ラリッサが室内でも脱がないらしい兜の顎部分に手を当てて考え込む。
「……実は数日前にレイヴィルに一番近い村が魔物の襲撃にあった」
──!
レイヴィルから1つ目の村は、街からさほど遠くない。
襲撃の規模によってはそちらに被害が行くことも……。
「幸いレイヴィルから救援の冒険者が出動し魔物は掃討された。しかし、村にはそれなりの被害があった。君たちが魔物を討伐した2つ目の村でも他にいくつかの群れが出て、その度に旅の冒険者が討伐している」
……ということは、あの村も襲撃に遭う一歩手前の状態だったのか?
「──問題は3つ目の村、このオルグラに最も近い村だ。状況からしてここにも魔物の襲撃が発生するかもしれない。既に変異種らしき魔物の討伐報告が上げられている」
そうか、そうだよな。他の2つの村が襲われているのに、3つ目の村に何もないなんてはずがない。
「ひとまず精細な情報が欲しいですね。今すぐ動ける冒険者は?」
ラリッサに着いてきた受付をしていたギルド職員の女性が相談を始めた。そこからは冒険者ギルドと【緑の純潔】の話し合いに移行していった。
【緑の純潔】は王国でも有名な
冒険者が所属し魔物討伐を始めとした依頼を発行するギルドとは違い、色閥は冒険者同士が寄り合って結成された徒党。組織力を活かし個人やパーティーでは達成できない依頼をこなすため、色閥に所属するメリットは多い。
王国には主に【緑の純潔】【赤の闘争】【黄の探索】といった色閥が存在する。
色閥にはそれぞれの特色がある。
【緑の純潔】に関しては『護民』──すなわち民衆を守る盾となること。
魔物の脅威から村や街を守る色閥として民衆からの人気は高く、たいていの冒険者ギルドに支部があり、応募者は絶えない。
どうやら、オルグラの【緑の純潔】は変異種魔物関連の騒動の解決をギルドから委託されている様子で、ラリッサは受付嬢とともに村の防衛策についてあれこれと議論を交わしていく。
「うちの色閥の主要メンバーは遠征に出ている……今頃は王国の北にいるだろう。手の空いている者でも防衛戦は行えるだろうが……状況が分からないことにはな。私が出るわけにもいかん。ギルドから斥候を出せないか?」
「場合によっては少数での防衛戦に移行する可能性があります。機動力が高い、斥候と防衛を行える精鋭は……今頃はダンジョンでしょう。呼び戻すには時間がかかります……」
「歯がゆいな……」
…………。
「あの」
「──ああ、君たち。情報提供に感謝する。城塞都市に到着早々手間を取らせてすまなかった。少ないがこれは謝礼だ、食事代の足しにでもしてくれ」
と、銀貨4枚を手渡された。情報料としては破格だが、言った通りの手間賃と恐らくは口止めを兼ねているのだろう。
その銀貨をそのまま横にいたアウレアに手渡す。
「ちょっと……!」と声がするが気にしない。
「いえ、そうではなく。状況を調査する人員が必要なのですよね?
私に行かせていただけませんか」
はぁ!?という声が左右からするが気にしない。
「君が?いや、たしかに人手は欲しいが……仲間に相談しなくてもいいのか?」
「即席で村を襲う魔物の群れをともに排除しただけの関係です。それ以降は同行していません」
「ですが、アレスさんは五級冒険者です。オルグラでの冒険者活動資格を満たしていません」
それはもっともだ。
しかし、こういった場合に備えた規則が冒険者ギルドにはある。
「防衛戦では等級に関係なく冒険者が動員され、能力に応じた配置がなされるのでは?村の防衛戦に発展する可能性がある以上、五級冒険者であろうと貢献することが可能だと認識していますが」
「──それは違う。オルグラで三級冒険者以上のみが活動できるのは、それ未満では冒険者として力量が不足しているからだ。1つ手前の村とは言え、この近辺はすでにオルグラの一部。三級の魔物ばかりだ。最低でも三級冒険者としての実力がなければ犬死にすることになる。そのうえ変異種魔物として異常行動を行う可能性がある以上、三級冒険者でも釣り合うかどうか……。悪いことは言わない、命を無駄にするのは止めたまえ。適切な冒険を見極めるのは、決して臆病ではない」
「──しかし、勇気ある行いとも言えない」
私が冒険者になったのは人を守るためではない。
グレンを探すのに都合が良かったからだ。
だが……安全な防壁で守られていない街の外では、容易く人が魔物に殺される。その有り様を、冒険者になってから幾度も見た。
日々を生きるのに懸命なただの人が。
抗う力のないか弱い人が。
瞬く間に襲われ、命の灯火を絶やす光景を。
──<理不尽を許すな>、と声がした。
自分の中のなにかが、”奇跡のような一生”がなんでもなく失われる非道を見過ごしてはならない、と警鐘する。
……いや、違う。
落ち着け。
冷静になろうとしろ。一時の感情で危険に身を晒したいわけじゃない。
目を閉じ、深く息を吐いて吸う。
激情に身を委ねるな。流されるな。
私は──私に出来ることを尽くすだけだ。
「──もちろん、蛮勇で提案しているわけではありません。五級冒険者の身ではありますが、5年の間冒険者として活動した経験があり、斥候なら問題なくこなせる自負があります。加えて変異種魔物を討伐した実績もあります。さらに言えば、2年前に三級難易度と認定された村の防衛戦に参加したことがあります」
「……調べてきます」
思い当たる節があったのか、受付嬢が席を外す。
「……アレス、と言ったな。なぜそこまでする。ここには三級以上の熟練した冒険者が多数存在し、時間が経てば人員が揃う。待てば問題なく誰かが解決する。そもそも君が一人出ていったところで何もないかもしれない。わざわざ無理をしてまで出る必要はないのではないか」
ラリッサが言い聞かせるように諭す。
私を使うことに、やはり反対の気持ちはあるか。
そもそもこのような緊急時でもなければ五級冒険者の妄言など一笑に付されただろうな。それはそれで良かったと思うが……いないのだから、いる自分が出来ることをするまでだ。
「──『護民』。
”盾となって遍く民の健やかなりし生を護る”……それが、【緑の純潔】でしょう。
……私は違いますが」
もちろん、グレン探しを終えてレイヴィルに戻ったら冒険者を辞めるつもりだからというのもある。
最後に一働きするのもいいだろう。
「──そう、だな。そうだった。そうか、そうか『護民』の志か…………!」
顔全体を覆う兜に遮られて、その表情は分からない。
だが、ラリッサの声に喜色が交じったのはわかった。
「ラリッサさん」
そこに受付嬢が戻ってきた。手には書類を携えている。
ラリッサにそれを手渡すとそのまま近寄って耳打ちした。
「なに?」
ラリッサが手元の書類に目を落とす。
「そうか、これは2年前の──レイヴィル近郊の村での防衛戦か。たしか、あの時は黒色のオーガの異常個体が率いた
嬉しそうにラリッサが言う。
同時に空気と化していたアウレアたちが驚いた気配があった。
……あれは、冒険者として記憶に残る酷い闘いだった。
明らかに手に負えない難易度の防衛戦。
【緑の純潔】と私だけの少ない人員。
そして強過ぎる異常個体の黒いオーガ。
スタンピードの原因となったオーガそのものを討伐することは出来なかったが、村を守ることに成功した。そのときに初めて【緑の純潔】のメンバーと言葉を交わして、その志を知ったのだ。
「なるほど、実績は理解した。アレスが主張する通り、先遣は問題ないかもしれない。しかし、流石に一人で行かせるわけにはいかない。急行したさきで、そのまま防衛戦に移行すれば命の保証ができないからな。
そこで……可能であれば君たちにも依頼したい」
そう言ってラリッサはアウレア、リネルム、ハルトに視線を送った。
……それは、困る。
彼らは私の事情を知っている。
巻き込んでしまえば、命の危険が生じてしまう。
「……彼らを巻き込むつもりはありません」
「即席で魔物を一緒に討伐する程度なら問題ないんだろう?」
……二の句が継げない。
たしかに自分でそう言い、過去にそうした。
ならば今またすることも否定はできないだろう……。
ただ、私の都合はともかく、彼らの都合もある。依頼とは言え気まずい思いをした間柄だ。感情的にも私と組むはずはない。
現に、横目にハルトが嫌そうな顔をして鼻を掻くのが見えた。
アウレアは険しい表情で考え込んでいる。
リネルムの様子は見えないが……似たようなものだろう。
「……悪いっすけど、俺は──」
想定通り、ハルトが断りの言葉を述べようとしたとき、
「やる」
……なに?
「……リネルム?」
アウレアも驚きの声を上げる。
即決したのは、何を考えているか分からない斥候のリネルムだった。
……なぜだ。
たしかにリネルムは私に同情的だったかもしれない。
しかし、私が直接ではないにしろ魔物を殺すことを忌避しているのは理解しているはずだ。戦闘において、冒険者として、それがどれほど致命的な弱点なのかも。
「アレスに着いていく」
「リネルム……」
思わず声が漏れた。
揺らぎなく、淀みなく、リネルムは私との同行を表明してくれた。
どのような思惑かは分からない。だが……。
──そんなことを言ってくれたのは、リネルムが初めてだった。
冒険者として不能に近い私を、それでも仲間でいる、と。
それだけで、感謝の念に堪えない……。
「──なら、私も。リネルムが行くなら、私もアレスに着いていくから」
少し驚かされる。
たしか、アウレアにとってリネルムは旅の途中で会っただけの同行者。確かな実力を持つ彼女であればどんなパーティーでも、それこそ1人でもやっていけるはず。
……リネルムには、そんなアウレアを動かすだけのなにかがあるのか?
「ふーん……そういうことなら俺も行こうかな」
ハルトは若干不機嫌そうに斜めを見ながら同行を決めた。
内心苦笑いを浮かべつつ、ありがたく思う。
どんな思惑があれ、危険地帯に赴こうとする私に付いてきてくれると言うのだ。
感謝しかない。
「話は纏まったようだな。色閥からの依頼である以上、【緑の純潔】からも数人同行させる。出発は一時間後で問題ないな?」
「ええ」
だが、ひとまずは……。
とりあえず、アウレアたちと話をする必要がありそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます