07:途中の村


 レイヴィルを旅立って10日が経ち、2つ目の村に到着した。


 よくある辺境の農村だ。

 レイヴィル~オルグラ間の道中だから行商の姿が多く活気がある。

 いい村だ。日が暮れないうちにいくつかある宿の一番安いところを探し、腰を落ち着けることにしよう。疲労も溜まっていることだし。


 旅は今のところ順調だ。


 途中何度か魔物と遭遇したが、逃げたり撒き餌で注意を引いたりしてなんとか躱している。この村では減らした食料を買い足しておきたいところ。


 宿の一階は酒場だ。

 私は店主に話しかけ、パンや干し肉なんかの保存食と新鮮な果物を幾つか購入した。

 ついでに変わった話がないか訊ねてみる。


「変わった話?そうだな……ここのところ魔物の話をよく聞く。魔物の除けの匂い玉を投げても逃げ出さないおかしな魔物が出たとか、そういう話だ」


 またか。

 似たような話をレイヴィルでもひとつ前の村でも耳にしたばかりだった。


 ──”変な魔物”がいる。

 

 魔物が嫌う匂いを詰めた”匂い玉”を投げつけても逃げない魔物。

 群れのボスを倒しても果敢に襲いかかってくる魔物。

 明らかに種の違う魔物同士で集まって馬車を襲う……など、これまでの魔物からは考えられない行動をとる魔物が増えた。

 見た目にも「なにかがおかしい」と感じられる違和感があるらしく、その変種の魔物の話を皆がしていた。


 ……嫌な予感がする。

 何かが起こっているような……このままひとりで旅を続けて大丈夫だろうか……。


「──おっさん。俺も酒貰っていい?」


 会話を止め、沈黙していた私の横から男が店主に注文を付けた。若者だ。

 年齢は私より少し上だ。20歳前後か。


「ああ、どれにする?」


 それならこの前の蒸留酒かな、と男が答え、店主が棚から取り出す。銅貨で支払いを済ませると、こちらと目が合った。


「ん、あんた、冒険者?」  

「ああ」

「なら少し話でもしないか。酒なら奢るからさ」


 といって、買ったばかりの酒瓶を揺らす。

 二ィ、と笑った男の顔が、妙に人懐こく見えた。


 男は王都出身の三級冒険者で、ハルトと名乗った。

 年は19。グレンを思い出す黒髪。すらりとした上背に肉がしっかりと付き、精悍さと見栄えの良さが同居している。真面目そうな顔つきの中に明るく爽やかな表情がよく動き、これはさぞかしモテるだろうな、と思った。


 今は各地を巡る旅の途中で、城塞都市に向かっているという。

 私がレイヴィルから一人旅の最中だということを明かすと、「なーんだ、一人旅仲間かぁ!」と目に見えて上機嫌になった。

 どうやら、ハルトも同じく一人旅をしていたらしい。

 なぜ城塞都市に向かっているのか聞くと、


「尽きぬ魔物! 飽くなき冒険! そこにロマンがあるからだ!」


 ということらしい。この暑苦しさ……どこかの金髪悪魔を思い出す。

 私が五級冒険者だというと「正気か?」という顔をされた。人探しが目的だと弁解するとすぐに誤解は解けたが。


 ……やはり三級以下の冒険者がオルグラに向かうのは自殺行為らしい。

 まあそれはいい。


 話題は例の変異種魔物に移った。

 ハルトが言うにはその変異種は徐々に増えているらしく、行く先々で噂を耳にしたという。


「一つの村に一週間もいると、”商人が村に来る途中で襲われた””村人が襲われた”なんて話になるんだよ。で、噂が増えてきた頃にそっと村を抜け出す。そうすると2、3日後にその村が襲われて壊滅した、なんて話を聞くわけだ」


 そうやって危険から身をかわしてきたらしい。……凄い危機回避能力だ。


「連中、どうも王国全土に数を増やしている気がするんだよなぁ……で、なんとなく城塞都市に行くと良さそうだなって」


 まあ、気ままな旅なのだろう。

 私としては王国全体に危険が迫っているなら、その前にレイヴィルに戻りたいところ。


「この村も、あと少ししたら出るつもりさ。手遅れになる前にアレスも急げよ」 


 そうしてハルトとは別れた。



 だが。

 その後、宿で持ち物の整備をしていると、


「冒険者殿、少し良いですかな?」


 と、戸を叩く声がする。

 冒険者殿……? 私が五級冒険者だと知っていれば、そんな敬称は出てこない筈だが……と訝しみながらも扉を開けると、そこには壮年の男性がいた。


「なにかご用でしたか」

 訊ねてみると、

「──少々、依頼をお願いしたく」


 詳しく話を聞いてみると、例の変異種がらみだった。

 最近ではこの村の近辺にも増え、どうにも徒党を組み出したらしい。このままでは村が襲われるとのことで、先手を打って魔物を退治して欲しいときた。区分としては、村からの四級の討伐依頼。依頼書を提出すれば、冒険者ギルドでも討伐任務達成として扱われる、美味しい依頼だ。……私以外の冒険者にとっては。


 採取や偵察依頼なら問題ないが、討伐となると話は別だ。村の危機になにか手助けしたいというのに、歯がゆい……。


 恥ずべきことだが、断るしかない。そう思ったときだった。


「既に3人の冒険者様に承諾をいただいております。あなたも問題ないようでしたら、明朝2つ目の鐘の時間に村の入り口へお集まりください」


 そう言い残して村長は去った。

 他の冒険者もいるか。一人は今日知り合ったハルトだろうな。

 一人ではどうしようもないが、仲間がいるなら大丈夫かもしれない。

 五級冒険者の身ではあるが、やれることはあるはずだ。

 


 翌朝。

 霧ががった村に朝日が差し込むなかを、村の入り口に向かって歩き出す。 

 3人ほど霧のなかに影が見える。明らかな武装。物々しくも身軽な、冒険者らしい姿だ。

 すでに他の冒険者は揃っていたようだ。その中にはハルトの姿もあった。


「君たち、どこ出身?俺は王都出身でさ~。行ったことある?

 ……あれ? アレスじゃん。まじで来たの?」


 ……。


 残りの二人は、女性。同じく10代。

 一人は軽装ながら、肌に吸い付くように全身を覆う革の服に短剣と短弓。そして短めの藍色のツインテール。

 こちらは斥候らしい。


 もう一人は剣を背負った軽装。要所を鋼で守り、ゆったりとした衣服。そして灰色にくすんだ髪を後頭部で結んでいる。

 剣士だ。 


 ──特筆すべきは、2人とも顔立ちがとても整っていることだろうか。

 一瞬、目を見張ってしまった。


 斥候の少女は眠たげな眼をしており、幼くも愛らしい顔立ちをしている。

 ……なぜか見られているような気がする。


 そして剣士の少女。切れ上がった瞼はたしかな意志を感じさせる。

 その瞳は強くも冷ややかで、どこか刃物のような怜悧さを感じさせた。


 どちらも冒険者でなくとも生きていけるような可憐さだ。

 ……内心、苦笑する。ハルトのナンパな態度も仕方ないことかもしれない。


「──4人。これで全員揃ったね」


 剣士の少女が場を仕切る。その言葉に緩んだ気を引き締めた。

 仕事の時間だ。


「いちおう、自己紹介しようか。私はアウレア、見ての通り剣士。以上」

「俺はハルトな! 同じく剣士! あと、魔術も使えるぜ! よろしくぅ!」

「……リネルム。斥候。……戦闘は、苦手」


 先にいた3人が淀みなく自己紹介を終える。


「私はアレス──盾士だ、よろしく頼む」

 背負った盾に、確かめるように触れた。

 


 「即席のパーティーでうまく連携できる気がしないから」と、皆で最低限の取り決めをした。それぞれの職業に沿った役割分担をすること。つまり、リネルムが斥候を行い、私が盾士として前線に立ち、アウレアとハルトで攻撃する。それぞれの領分は踏み越えず、必要なら手助けを求めること。必要以上のなれ合いはしない。依頼を達成したら解散。

 皆、その内容に文句なく頷き村を出立した。


 道中、真っ先に話し出したのはやはりハルトだった。


「2人はどこから来たんだ?」

「……私は王都だけど。なれ合いはしない、という約束は?」

「これくらいは必要に含まれるだろ?」


 ……アウレアがため息をついた。この分では、他の約束も軽々に破られそうだと感じたのだろう。単純にハルトが女性に気安いだけという気もするが。


「……リネルムとは途中の村で合流したんだ。お互い馬が合ったみたいでね」


 言葉を返すまで延々と話しかけてきそうな様子のハルトを見て、諦めたように返答したアウレアだった。

 当のリネルムは数歩先で索敵に集中している。

 どうやら話に交わる気はなさそうだ。


「2人も城塞都市に向かってる感じ?」

「ってことは、あなたたちも?」


 こちらに水が向けられた。頷きを返しておく。


「……まあ、この辺の冒険者なんてみんなオルグラ目当てか」

「へえ! じゃあ、偶然とはいえオルグラ目的の冒険者がこうして一緒になったわけか!」


 ハルトが無邪気にはしゃいでいる。


「なあ、目的地が同じなら今後もパーティーを組まないか? どうせ行く場所は同じなんだ、一緒の方が安全だろ?」

「せっかくだけど、出会ったばかりの冒険者と組む気はないかな」


 まあ、当然の返事だろう。

 これまでも似たような誘いは幾度となくあっただろうし。目的地が同じだけの素性も知れない男と旅をする女冒険者などまずいない。


「2人はどうしてオルグラに?」

「私は人探しだ。ハルトは……ロマン、だったか?」

「そうそう! まだ見ぬ冒険を求めてってやつだぜ!」

「ふーん。楽しそう」


 言葉とは裏腹に声音は冷めていた。

 どちらもよくある話といえばよくある話。

 あまり興味の惹かれるものではないだろう。


「アウレアたちの目的は?」

「私は武者修行、かな。でもリネルムは……」


「──警戒して。……気配がする」


 囁くようなリネルムの声。しかし、静かな田舎の朝にはよく通った。

 ……霞はだいぶ晴れてきたが、それでも視界はあまりよくない。

 気配がする、というが魔物の姿はどこにもない。


 しかしその一言でアウレアが臨戦態勢になった。


 ……共に旅をしてきた、というアウレアが素直に言葉に従ったということはリネルムの索敵には信憑性があるのかもしれない。

 半信半疑のまま盾を構え、アウレアとハルトより一歩前に出る。


 リネルムが短弓を引き絞り、前方に矢を放った。


 ──ッ!

 すると霧を払うように魔物の一団が飛び込んできた。

 咄嗟に飛び込むと、盾に衝撃が襲いかかる。


「──ッア!!」


 ガァンと硬い音を立てて魔物が弾かれる。……なんとか凌いだか。


「──シッ!」


 背後からアウレアが抜け出した。風のように踏み込み、上段に構えた剣を一息に振り下ろす。

 四足の獣──狼の魔物に赤い線が走り、血しぶきが溢れた。

 ────っ。


「……う、ぁ」


 ────、今は、そういう場合じゃない……!

 構えろ、前を見ろ!

 


 気付けば周りを数体の魔物に囲まれていた。

 狼──グリーンウルフ、羊──バトルシープ、そしてゴブリン。


 群れるはずのない魔物同士。特に、草原に溶け込む緑の毛皮をしたグリーンウルフと獰猛で鋭角を持つバトルシープは敵対関係にある。なぜ共闘し襲ってくるのか……。


 考えるのはあとだ。今は、戦うことだけ考えてろ!

 ──前に踏み出す。


「ぁぁああ!!」


 バトルシープたちの突進に盾を振りかざし衝撃をいなす。

 すると横合いからグリーンウルフが飛び上がってくる。


 躱せない、と硬直した瞬間リネルムの投げたナイフがウルフの目に突き刺さる。


「──風術式:暴風矢ストームブリンガー

 そこにハルトの魔術式が炸裂し、風の矢が幾本も突き刺さって吹き飛ばす。

 ……ありがたい。なんとか窮地を脱したみたいだ。


「たあああ!」

 戦況が落ち着いたところで、剣を抜いたハルトが駆け込んできて残りのバトルシープを蹴散らした。


 その少し横では、アウレアが最後のゴブリンを切り払ったところだった。

 5~6匹のゴブリンを相手に返り血ひとつなく、堂に入った様子で剣に付着した血脂を払って納刀する。


 ──美しい剣だった。

 力強い剣技ではない。特別鋭い太刀筋でもない。だけど、目が離せない。

 心の籠った剣、といった感じだろうか。……戦闘中になにを考えているんだか。


「これで終わり、かな。リネルム」

「……もう敵はいない」

「そう。じゃあ、討伐証明部位を切り取って、あとは必要な素材を取ったら片付けて帰ろう」


 戦いは終わった。

 アウレアの号令にそれを実感すると、……辺りに立ち込める血の匂いが脳髄を刺激した。


 ……眩暈がする。

 こめかみが鼓動の度にズキズキと痛み、立っていられなくなる。


 ──吐き気が込み上げた。


「アレス……? どうしたよ」

「……すまない」


 なんとか断りを入れ、離れたところに向かう。


「──おぇええええ」


 吐いた。

 胃の中のものが逆流する。

 血と臓物が記憶を刺激して、あとからあとから吐き気を催してくる。


 吐き尽くした頃、背後に人の気配を感じた。

 目をやるとなぜかリネルムがいて、背中を優しく撫でてくれた。


「……すまない」


 申し訳なさにただただ胸が痛んだ。

 ……こうなるから、パーティーは組まないと決めていたのに……。 


 ──駆け出しのころ。剣を持って初めて魔物を狩ったときは酷いことになった。吐いても吐いても吐き気は止まず、ついには血反吐まで吐いて倒れた。三日ほど寝込み、それからは魔物を傷つけることが一切できなくなった。

 ……そうして剣を捨てて、代わりに盾を持った。だが人と組んで仕事をしても同じように吐いた。討伐の出来ない冒険者として噂が広がると、一緒に仕事をしようとする者はいなくなった。そうして独り、採取専門の冒険者となった。


「──あなた、冒険者になってどれくらい?」


 すでに始末を終えたのだろう。アウレアが近づいてきて尋ねた。


「……5年だ」

「才能が無いんだね」


 事実そのものを端的に言い当てられた。

 一瞬、心臓が止まった。


 年を経たからだろうか。これでも昔よりはだいぶ楽になった。

 だが、戦闘の度に吐瀉するような軟弱者に冒険者は務まらない。


 アウレアは当の昔にこれを乗り越えたのだろう。

 命を奪う、この途方もない恐怖を。


 他の2人もそうなのだろう。

 3人とも、冒険者として生きていく才能があるのだ。……私と違って。


「辞めなよ、冒険者。早死にする前に」


 それだけ言い残してアウレアは立ち去った。振り返ることなく、こちらを顧みることなく。真っ直ぐに。ハルトは一瞬こちらを見て、……何も言わずアウレアに続いた。


「……ああ」


 そうだな。

 城塞都市に辿り着いて。もしもそこにグレンがいても、いなくても。


 私は、そこで冒険者を辞めよう。



 ……落ち着いたころ村に帰ると依頼は完了していた。

 村長から達成票と私の分の報酬を受け取った。報酬は過不足なく4等分で、だからこそどこか虚しくなった。


 自室に入り、扉にもたれかかったまま腰が落ちていく。


「……疲れた」


 自分にもなにかやれることが……とか、とんでもない思い上がりだったな。

 冒険者として迷惑をかけ、恥をさらしただけだ。…………なんて、情けない。



 翌日、早朝。

 人目につかないようにと、暗いうちから宿を出た。

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