06:城塞都市へ
城塞都市オルグラ。
王都から遠く離れた辺境の地であり、森や沼地、山々に地底洞窟といった危険な魔物の住まうダンジョンを多く抱える王国随一の危険地帯である。目的からして魔物に対する王国の盾となって侵攻を阻む、街そのものを城塞とした都市だ。
街を一歩出れば、一人前の冒険者と呼ばれる三級冒険者と同等の三級の魔物の出現を通常とし、ダンジョンへと足を踏み入れれば二級、場合によっては一級の魔物すら現れるという。一級の魔物の代表格は、おとぎ話の敵役第一位のドラゴンだ。倒したという話は滅多に聞かない。──オラシア? あんな噂が当てになるものか。ならないでくれ……。
オルグラという地はすなわち、魔境秘境のひしめく最前線である。
とはいえ、未開拓の魔境であればこその利点も多い。この国に出回る魔物素材の大半がオルグラ産だ。
三級の魔物といえば、この辺りの村に出現すればそれだけで壊滅の危機だ。
それを討伐すれば得られる報酬も多い。だが、その三級が最低限のラインとなるオルグラでは、もはや世界が違う。
等級が高ければ高いほど素材の希少性、質ともに上昇する。それを求めて商人も数多く行き交う。
日用的なもの、たとえば汎用的な薬草の素材や木材、ゴブリンやコボルトを始めとした五級魔物の素材はこの街の近辺でも得られる。だが、良質なものとなればオルグラのものにはかなわない。ミスリルを始めとした希少金属、難病や疫病を癒す希少な薬の素材、強靭な武具の原料となる魔物素材などなど、幅広いダンジョンを隣接することで量も種類も豊富な素材が多数出回ることになる。
ひしめく冒険者と商人。
無数の魔物とダンジョン。
怒涛の狩猟と収穫が市を流れ、凄まじい活気を以て、金を生む。
冒険者にとって一獲千金の地でもあった。
さらに、オルグラは大陸でも有数のダンジョンを隣接している。
”魔の山脈””神山”と呼ばれる霊峰。そこは最高位の一級冒険者でさえ命懸けと謳われるほどの伝説のダンジョン。
まだ見ぬ希少な素材や前人未踏の冒険を求めて、この秘境に挑むことを生涯の目標に掲げる冒険者も多い。
ゆえに、各地から優秀な冒険者が集まっていた。この国ではオルグラでの活動資格となる三級冒険者となってからが本番だと言う者さえいるくらいだ。
オルグラは王国にあって王国でない場所だ。価値観が違う。
彼の地では強さこそが至上。
強さこそ絶対のものさしである。
オルグラを根城とする者にとって、この国に蔓延する人族至上主義など幻に過ぎない。
強い魔物を狩ること。それだけがオルグラで求められる全てだった。
──それゆえ忌子のような居場所を持たない者にとって、唯一とも言える安息の地だ。
もしグレンがそこにいるとするなら、その土地柄によるのだろう。
件の黒髪忌子がグレンであるなら、無事を確かめたい。
しかし、今度はその土地柄が問題となる。
まあ、つまり、その。
……万年草刈りの五級冒険者である私とは、非常に相性が悪いのだ。
「──城塞都市に行きたいだぁ? 兄ちゃん、冒険者等級は? 五級!?
止めとけ、止めとけ! 護衛にもなりゃしねぇ。自殺に付き合うのはまっぴらだ!」
──城塞都市まで行きたい。護衛は請け負う。
市場に集う行商人にこのようにもちかけ、断られたのがこれで5人目である。
……困った。
これではいつまで経っても出発できない。
城塞都市オルグラへと連れて行ってくれる行商人探しは難航していた。
商人からしても大事な商品を載せる馬車だ。乗せるなら、信頼のおける冒険者がいい。
多少費用がかさもうと、護衛依頼はギルドで頼んだ方が確実だ。
ギルドを通さず護衛をするなら、よほどのコネがあるか、強さがあるか……。
いずれにせよ、底辺冒険者である私からしたら手の届かない話だ。
……自分でも哀しくなってきた。
──いっそ、歩いて向かうか。
そんな発想に至ったのは当然だったかもしれない。
このままではらちが明かない。もたもたしていたら、噂の人物もいなくなってしまうかもしれないのだ。
幸い、一人旅には慣れていた。
採取依頼とはいえ、泊りがけになることもある。野営の用意は万全だ。
一人でなら五級であることに気を遣わずに行けるだろう。
思い付きではあったが、それが一番良い考えであるように思われた。
もともと私的な目的の旅だ。城塞都市へ着いたとして、冒険者として活動するわけでもない。
どのみち馬車には乗せてもらえない。あるいは法外な値段をふっかけられるだけだ。
──よし。
そうと決めたら、あとは早かった。
長旅に必要な道具や食料を買い込み、ついでに道中の様子を訊ねて情報を集める。出現した魔物とか、道中の野営に適した場所とか。相手はオルグラとこの辺りを行き来する猛者のような行商人たちだ。その手の話には事欠かない。一度財布の紐を緩めれば、自然と口も緩む。向こうは金を、私は商品と情報を。お互いホクホクになれる良い取引だった。
背負い鞄がいっぱいになる頃には、準備は万端と言えた。
日が暮れ、一年世話になっていた宿に引き払うことを伝え、明日の朝には街を出ることになった。
急な出立ではあったが、もともと人付き合いの薄い私のこと。
特に惜しまれることもなく部屋へと帰った。
「……ふぅ」
ろうそくを灯し、ベッドに腰掛ける。
生活感の無くなった薄暗い部屋を眺め、ふと、5年前のことを思い出した。
成人の日の、夜逃げのことだ。
あの日も急な出立だった。
行き当たりばったりで、当てもなく、目的もない旅立ちだった。
けど、ワクワクしていた。まだ見ぬ世界に飛び出す、言い知れない高揚があった。
2人が一緒なら、どこまでだって行けると無邪気に信じていた。
…………。
グレンに逢いたい、と思った。
グレンに逢えるかもしれないと思ったら、あのときのように胸が熱くなっていた。
あの日の続きをしたくなった。
3人で街を飛び出していたら、今頃どこでなにをしていただろう。
勇者伝説の渓谷を見ていたかもしれない。
エルフの国に辿り着いていたかもしれない。
東の果ての幻の島国を見つけていたかもしれない。
あるいは、苦難の旅の末に魔王を退治していたかもしれない。
2人がいなくなってから、ずっと息苦しかった。
採取依頼を受注するとき。独りぼっちの野営。酒場で酒を飲む瞬間。
ふとした瞬間に2人を思い浮かべた。その度にグレンを探そうと決意を新たにした。
5年もの間、痕跡すらないグレンを探し続けてきたのは、この閉塞感を払いたかったからだ。
──ろうそくの火を吹き消す。
明日の朝は早い。
無理矢理に閉じた目を、腕で塞いだ。
鼓動は逸る気持ちのまま、強く脈打ち続けていた。
翌朝、私は生まれ故郷──レイヴィルの街を旅立った。
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