一章:冒険者の街

05:5年後


「あったあった……これだな」


 午後になってようやく目標物を見つけた。


 依頼の内容は、薬の材料となる植物の採集。

 森の中を探し回って、午後一番には見つけることが出来た。これで一休みできる。


 採取そのものは手慣れたもので、この5年間の経験によってそれなりの手際だと自負している。才能を抜きにしても、街一番の薬草採集者ではないだろうか。近隣に分布している薬草を地道に覚え、薬師に無理を言って採取の妙を学び、今では薬師から指名で採取を依頼されるほどだ。……それならいっそ薬師に弟子入りしたいのだが。やはり才能が無いとダメか。ダメだよなぁ。


 父のような才能が私にもあればな……。

 そうすれば仕事がもっと楽にこなせるんだよ。収集って便利すぎないか?


 それに比べて……。


 おお、神よ。

 なぜ私に『吸収』などという謎才能を授けたのですか。


 ……ところでレルムって誰なんだろうか。

 神殿の神話にも載っていなかったのだが。どこの神なんだ。


 成人の日に私に起こった不可思議な出来事は今も謎のままだった。


 ……ともかく、今日の仕事はこれで終わり。

 あとは納品して、報酬を受け取るだけだ。


 街へ帰ろう。

 


 オラシアが王都へと旅立ち、グレンが姿を消してから、5年の月日が経った。

 私は相変わらず街で暮らしている。


 グレンの音沙汰は完全に途絶えていた。──まるで……いや、悪い想像はよそう。

 グレンは生きている。

 だが連絡を取れない状況にあるか、どこか遠いところにいる。

 そんなところだろう。


 オラシアに関しては噂が入ってきていた。

 なにせこの街出身の勇者だからな。

 街の人たちがこぞって知りたがって外から来た人に尋ねるものだから、新しい噂には事欠かない。

 そのぶん、真偽不明の情報も多いが。街を滅ぼそうとしたドラゴンを退治したとかなんとか。……どんな噂だ。ただの噂だよな? 誰か噂にすぎないと言ってくれ。 


 聞く限りでは、昔ほど無体な騒ぎを起こしてはいないようだ。

 アイツも年を経て、丸くなったのか。

 単純にやらかしが多すぎて伝えられていないだけなのか……。


 その中でも、勇者として王宮に囲われているらしいこと。

 鍛錬の日々を送っていること。

 一年前の革命戦争への出陣命令に従わなかったこと。

 そのせいで王に疎まれているらしいこと。


 これらは確かな情報だった。


 革命戦争に行かなかったのはアイツらしい判断だ。

 オラシアならきっとそうするだろう。

 相手にグレンがいたらと思うとやるせなくなる。

 しかし、オラシアを誘拐しに来たような輩が成敗されるのは歓迎でもある……うーむ、複雑だ。


 革命戦争は、去年の秋の暮に起きた戦乱である。亜人や魔物交ざりを中心とする団体が立ち上がって連合を組み、街をいくつか攻め落とした。その目的は――その名の通り、革命。現王家を廃し、貴族制をあらため、すべての種族が平等に生きることを大義としていた。──少なくとも建前としては。


 しかし、残念なことにその主張が広く受け入れられることはなく。

 革命軍は王の命を受けて鎮圧にあたった貴族の連合からなる王軍が殲滅し、儚く終わりを告げた。 

 それ以降、奴隷以外の亜人たちに対する締め付けはさらに厳しくなり、多くの街から姿を消した。

 国外から訪れていた亜人たちも今では稀な存在だ。


 普人と亜人の溝はもはや修復不可能なまでに……深まってしまった。


  

「五級冒険者アレスだ。査定を頼む」


 冒険者ギルドの受付に、依頼票と収穫した薬草を袋ごと提出。


「……はい、確認しました。これにて依頼達成となります。お疲れさまでした」


 係の者によって依頼の内容と採集物の確認が行われ、依頼の達成を告げられた。

 報酬の銅貨20枚を財布用の袋にしまい、ギルドを後にする。


 ……背中に口さがない囀りが、風に乗って届いた。


 「……万年五級の”草刈り”、か」

  「……魔物を殺せない臆病者」

   「……今日も採取依頼か。あんな奴、冒険者じゃねぇよ……」



 …………。

 ……………………。



 ──仕事上がり、私は酒場へと直行した。

 酒を飲んでは飯を食らい、くだを巻いては夜が更ける。


 薄暗い店内。

 濁った思考が求めるのは、さらなる酩酊である。


「マスター、もう一杯」


 返答の代わりに私の眼前に置かれたのは、水だった。

 今日はもうやめておけ、ということか。

 ……たしかに、少々飲みすぎたかもしれない。

 仕事が終わってからひたすら飲んだくれていたし。

 

 いつしか酒場の特有の喧噪も止み、客は私一人。

 広々とした空間は夜の静寂だけを満たしている。


 ……酒を飲めば陽気にはしゃぐ者だろうと、酔いが冷める頃のこの静けさにはかなわない。酒臭い息とともに口を吐いて出たのは、女々しい愚痴の類だった。


「…………私自身、情けないのは理解しているんです。

 5年も底辺冒険者のままだし、討伐任務は受けないし、採集依頼ばかりこなしているし」


 髭面のマスターが無言で頷く。頷かないで。……ちょっと悲しくなってきた……。


 五級冒険者という肩書は、多くの初心冒険者が1か月以内に抜け出す最初の級。

 それを5年も昇級しないままという話は滅多に聞かない。


 五級から四級への昇格条件には、討伐任務の達成が必要だった。


 ただ、私にはそれがどうしても受け入れられなかった。  

 有体にいって、私は冒険者の才能に恵まれなかったのである。 


「……そろそろ、実家に戻ったらいいんじゃないかね」


 無口が基本戦術のマスターがそんな提案をした。珍しい。

 ……私は頬を指先で掻いた。


「父には勘当だと言われてしまいました」


 あの、夜逃げの日から1か月後。

 神殿から帰った私に待っていたのは厳しい現実だった。


 成人を迎えた者は、授かった才能に準じて就職を行うのが慣例だ。

 鍛冶の才能を授かったなら鍛冶師の下へ弟子入りし、書記の才能を授かったなら事務関連の仕事の見習いとなる。


 ……指圧の才能? 按摩師に好待遇で迎えられることだろうな。今となってはオースン少年がじつに羨ましい。


 そういうわけで、成人の儀式を終えてから一月が経過した頃には大抵の職が募集を終えていた。

 まして、『吸収』などという謎才能を授かった私である。どの職からも欲されることはなかった。

 もちろん、才能に関係ない仕事に就く者もそれなりにいる。冒険者がその筆頭だ。

 街の外は魔物だらけだし、街の区画は有限である以上、足りないものを外に求めるのは必然だ。 

 採取依頼であれば、どんな才能を得た人でもこなすことは容易い。

 よって冒険者は職にあぶれたものや、真面目に仕事をしないうらぶれものなんかが就くことも多かった。


 とはいえ立派な冒険者も多い。

 戦闘系の才能を得た者は討伐任務を盛んにこなし、壁外の魔物を間引き、素材を調達する。

 魔物が多ければ徒党を組んで街を襲うこともある。そうでなくとも街道の魔物は流通の害でしかない。

 素材が足りなくなれば都市機能が破綻してしまうだろう。

 人の領域よりも魔物の住む領域が多い以上、冒険者は無くてはならない仕事である。

 だからこそ冒険者は絶対数が多く、それゆえ質は幅広い。

 まるで働かず、採取依頼ばかりこなすその日暮らしのような者もいて、そのような冒険者は”草刈り”などと呼ばれ蔑まれていた。


 ……つまり、私のような者のことだ。


 成人の日の大怪我をきっかけにまともな就職先に恵まれなかった私は冒険者になった。

 真面目で頑固な父は当然反対し、激怒した。

 『吸収』などというわけの分からん才能になにができる、と。

 死と隣り合わせの冒険者になるなど神々に賜った命を無駄にする気か、と。


 私としても地に足のついた仕事に就きたかったのは言うまでもない。

 私の目的は幸福な暮らしであり、冒険者としての人生はそこから遠く離れている。


 ──だが、グレンはどうなる?


 消えたグレンの安否を確認するまで私が満たされることはない。

 ……グレンを探すと、オラシアにも誓ったのだから。

 

 そうして、父の反対を押し切って冒険者となった。

 不定期的な仕事のかたわら、来る日も来る日もグレンを探し続けた。

 だが、影も形も見当たらない。 

 そうした私の行動は口づてに父の耳にも届いていた。


 ダメ押しに革命戦争の勃発である。

 亜人と忌子に対する嫌悪感は膨れ上がった。


『──あの忌子さえいなければ』


 父も我慢の限界がきていたのだろう。

 街でも嫌われていた忌子の捜索に時間を費やし、冒険者としても見込みがない私に対する蔑みは、やはり多かったのだ。

 それを聞かされる両親の心労は如何ほどだったことか。

 とはいえ私もその一言で限界を超えた。

 今まで一度もない大喧嘩の果て、父は「二度と我が家の敷居をまたぐな」と勘当を宣言。

 私は家を飛び出した。

 それ以来、街の反対で一年近く宿暮らしの身となっていた。


「……父君も、誠心誠意謝れば許してくれるだろう。店を継がせる用意もある、と聞いた」


 一瞬、思考が停止した。

 ……そうか。

 父は、まだ私を見放してはいなかったのか。……視界が揺らぎそうになる。

 …………だが。


「それでも、一度決めたことですから。友を放ってはおけません」


 たとえ、5年の間音沙汰がなくても。

 あの日の3人での誓いは、今もこの胸に────。


 だから、私は投げ出したりしない。


「……そうかい。なら、餞別だ。

 ──東の城塞都市オルグラで黒髪忌子の冒険者が、噂になっているらしい」


 私は、城塞都市へ向かうことを決めた。

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