04:唐突な別れ
──凄まじい爆発があったことだけは覚えている。
目を覚ますと、そこは神殿の治療室だった。
オラシアと付き合っているとよくお世話になる。
おそらく、自分は怪我をして運び込まれたのだろう。
……しかし、思い出せない。
たしか、黒ずくめの奴の魔術式から、グレンを庇って──それで?
「オラシア、グレン! ──ッッ」
そうだ、2人はどうなった。
慌てて上体を起こすと痛みが走った。傷は深いらしい。
それでもなんとか体を起こすと、寝かされていたベッドの側に砂金のように煌めく金髪があった。
……そうか、無事だったか。
……よかった。本当によかった。
そっと手を伸ばし、髪に触れる。さらさらと心地よい感覚があった。
ほっとする。
「──オラシア」
「──んぅ?」
声を掛けると、オラシアは瞼を擦りながら起き上がった。
「やぁ、アレス。元気そうじゃないか」
「おかげさまでな。で、どうなったんだ、あれから?」
「……そうだね、少し話をしようか」
オラシアによれば、成人の日から3日が経ったらしい。
あの夜、敵の攻撃を受け重傷を負った私は意識を失った。オラシアはその私を、騒ぎを聞きつけて集まった街人の手を借りて神殿まで運び込んだ。それからずっと眠り続けていたのだという。私の両親も見舞に来たらしい。心配をかけてしまった……申し訳ないな……。
「あの夜、一体何があったんだ?」
魔術式。
魔力を持つ者が専門の教育機関や師弟関係によってのみ教わることのできる、神秘の術。
魔術師の扱うそれは、高い殺傷能力を誇るという。
街中で人が使っているのを見たことはある。むろん、私がそれを向けられたのはあの時が初めてだが。
ともかく、あの『火術式:
だが、何の幸運か私は生きている。であれば、なにかあったと考えるのが自然だ。
しかし、目をつぶっていたとはいえ、衝撃を受けたことはたしかに覚えているのだが……。
「状況を説明すると、まず僕が箱から脱出した。力ずくで」
……力ずくなら抜け出せたのか、という感想を胸のうちにそっと仕舞った。
……仕舞われろ。
「気絶させられたあと僕も、もがいてはいたんだけどね」
外の声が聞こえる状況で危険を察知したオラシアは、ふと、内から力が漲るのを感じたという。
その力に身を任せると、体を光が包んだ。そして力を込めると、それまでのあがきが嘘のように、いとも容易く箱を破壊し外へ飛び出した。すると身を投げ出した私と、迫る火球、焦った顔のグレンが見えたという。
危機と判断したオラシアは、体を包む光をどうにか、えいやっと放出した。飛び出した弾丸は私に衝突する直前で火球に衝突した。
なるほど、それなら私が死んでいないことにも納得がいく。
だが、衝撃はそれだけでは収まらなかったのだろう。火球の至近距離にいた私は爆発に巻き込まれ、怪我を負ったということか。
「……それが、それだけでもなくてね……」
「……?」
オラシアの言うことには、火球に白い光の弾丸が衝突した際、奇しくも同じように飛来するものがあった。
それは私の後ろ、グレンから放たれた謎の黒い光だったという。
つまり火球、オラシアの白い光、グレンの黒い光の3つの力が同時に衝突し、せめぎ合い、謎の爆発を生じさせた。
凄まじい力に周辺は巻き込まれていき、私とグレンは重傷を負った。それには例の黒ずくめも巻き込まれて傷を負ったようで、呻き声を漏らすと街の外壁を垂直に登って逃げ去った。
そして唯一オラシアは白い光に守られて無事だった。
さすが伝説の才能……。謎に強い。
そういうわけで、オラシアは爆発音に集まった人に指示し、私とグレンを治療室に運んだということらしい。
「なら、グレンはどこだ?この部屋にはいないのか?」
「うーんと、それがね……逃げちゃった、らしくて」
……逃げた?
ふむ、たしかにグレンなら神殿の世話になることを拒んで出ていきそうなものだが……。しかし、あのグレンがオラシアに何も言わず出ていくなどありえるか?
「わかんないよ……僕が寝ている間にいなくなっちゃったって、お爺ちゃんが言ってたから……いちおう、神殿の人にお願いして捜索してもらってはいるけど、グレンのことだから……」
「まず見つからない、な」
グレンもこの街で生まれ育ったのだ。それなりに伝手はあるし、本気で隠れようとしたらまず見つからない。
そのくせ向こうはあっさりこちらを見つけるのだ、オラシア限定で。いったいどんな伝手があるというのか。
私がオラシアから逃げたいときにぜひとも教えて欲しいものだが。
「──アレス?」
いや、ほっぺたをつねるな。何を察知したというんだ。私は何も言ってないぞ。
まあ、それはともかく。
グレンのことだ、そのうち声を掛けてくるだろう。
問題は──、
そう、問題は──
「──なぜ、今日に限って妙にしおらしいんだ、オラシア?」
「いや、そりゃ僕だって怪我人の前くらい、大人しくするさ」
慌てて弁明するオラシアだが……そんなはずがあるか。
喧嘩に巻き込まれて私の腕の骨が折れたときも、躊躇なく連れ出して別の喧嘩に誘った猛者が何を言う。
お前は戦乱の時代の申し子か。戦わなければ生きていけない種族の血でも引いているのか?
「オラシア」
私が促すと、オラシアは「はぁ……」と観念したように溜息を吐いた。
「──実は、外出禁止を言い渡された」
「それはしょっちゅうだろう」
「それはそうだけど、いちおう目的があってね。
実は、呼び出されて領主に会ったんだ。それで……」
「──王都にでも行くことになったか?」
「うん」
──そうか。
「王様が、僕に会いたがっているらしい。
まあ、伝説の才能を授かった僕だからね、王だろうと無視できないというか。
僕の英雄伝説の序章だよね、序章」
妙に早口だった。まるで、後ろめたさを誤魔化すような――二度と会えないと思っているかのような。
「なあ、オラシア」
「……なんだい、アレス」
「私は幸福になりたい。いや、なってみせるぞ。
グレンを探して、仕事を探して、前向きに生きていく。それが私の目的だ。
それが────私の誓いだ」
「そうかい」
「なら、僕は英雄に、いや……勇者になるよ。
悪がいれば、悪を斬る。非道があるなら、非道を斬る。
──魔王がいるなら、魔王を斬る。
僕は勇者になる。……必ず。
それが────僕の誓いだから」
「そうか」
「では、しばしの別れだな」
「うん、しばらくお別れだ」
「またな、オラシア」
「またね、アレス」
私は──眠りに落ちた。
3日前と違って今度は、白くて優しい温もりに満ちていた。
翌日、オラシアは王都に向けて旅立っていった。
治療室の窓からそれを見送った。
◇
1か月後、私は退院することとなり、両親にこっぴどく叱られた。
もう危険なことはするな、と抱き締められた。……こらえきれず泣いてしまった。
その後、来る日も来る日もグレンを探してみたが、しかし会うことは出来なかった。
どこにいるんだ、グレン。お前はオラシアを追っていったのか。
それとも……何かあったのか。
オラシアもグレンもいなくなり、私だけがこの街に残った。
真実はあの日の夜に置き去りのまま。
私は私の生活に埋没していくこととなる。
──そして、5年の月日が経った。
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