90話 恩師の裏

「最期?」

「やはり知らなかったか。恩師ダーラは、十三年前、不治の病に冒された。薬も魔法も効かない難病に、さしものあの方も心を折られてな」

「まさか、いやだって俺が会った時」

「よく酒を呑んではいなかったか。白い首の長い壺に入った」

「呑んではいました」

「あれは酒ではない。強力な鎮痛剤だ」


 俺は、記憶のフラッシュバックを体感する。


『いいか、この酒は絶対に呑んではいけねぇ』


 あれは、酒ですらなかったのか。


「南の山間部に生える、オプーという花の実からなる」

「オプー?危険な麻薬の原料じゃないっすか?!」

「ダブリンを始めとする都市では、既に禁止されている代物よ?!」

「あれが、オプーだったなんて…」


 三人の反応が、事の重大さを物語っていた。


「恩師も死を覚悟されていた。最期を迎えるにあたり、古文書に記された『終練の洞窟』にて、余生を過ごすつもりだったのだ」

「そう、だったのか」


 俺は気になった事を口にしている。


「俺が聞いた話だと、師範は三系統の才能持ちだったとか」

「そうだ。しかし病に冒された身体は、二系統が限度になっていた」

「三系統?ハァ…なるほど、規格外な強さだから、男が惹き込まれる訳ね」


 この世界に存在する魔法は、火・水・土・風の四系統に大きく分類される。個々人はそれぞれの系統の中で、大抵一つを適した系統として扱っていた。

 この適した系統の多さは先天的な才能で、ナナリーとバトのニ系統ですら、都市に二桁いるか居ないかだ。


「じゃあ、身体さえまともなら、という戯言は」

「戯言ではない。あの方は病には屈したが、老いには勝っていた。寧ろ使いこなしてさえいた」


 脳裏で、白鬚を靡かせた老人が、誇らしげに笑う画が思い浮かんだ。師範の知らなかった事実に俺が消化しきれていない中、次に師範を知るラキが、我慢できずに話に入ってきた。


「しかしなぜダーラ様は生きておいでだったのですか。僕が知る限り、病に冒されていたとは信じられません」

「そこはあの方も首を傾げていた。しかし事実、身体にすくっていた病は消え、健康的な肉体を取り戻していたのだ」

「理由は分からないのですか」

「うむ。しかしこう言っておられた」


『一番弟子に付き合っていたら、いつの間にか病を治されていたわい』

「つまり、それはザラ様のビヨットが」

「察しの通り。自然の生命力に長年触れる過程で、病が治癒されたのでは、とあの方は考えていた」

「ん?」


 ちょっと待て。


「一番弟子?」

「そう!そうっす。おかしいっす」

「は?」

「おかしいわよ、だってリオンさんが一番弟子でしょう!」


 俺達のツッコミに、レオンさんは納得した顔をしている。


「師範は何も言っていないのか。そうだった」

「勝手に納得しないでくれませんか」

「先程、我等が貴殿をなんと称したか、お忘れか?」

「最後の弟子ではない、でしょう」

「その意味は変わらない。最期ではなく、初めてである」

「は…」

「拳聖王ダーラの弟子は、今後も一人だけなのだ」


 リオは髪をくしゃくしゃと掻き乱して、俺達に顎を向けてきた。


「これは死ぬ数日前、集まった弟子の前で言った台詞です。

『ワシが弟子と呼ぶのはこの中に一人とていない、ここに居るは知人だ。

 弟子と呼ぶに値するのは、ダンド村の童貞野郎だけさ』」


 俺は熱くなり掛けた胸に、急激に水がかけられたと思った。ナナリーもバトも、少し師範の性格の捻くれ具合を理解したらしく、俺を横目で見てくる。


「けっ。買わなきゃ抱けない老人なのに、人が居ない所では罵倒するんだよな」

「…おお」

「何です」

「いや、失礼。兎に角、恩師が自ら仰った。つまりダンド村のザキに与えられたのは、

『拳聖王ダーラの唯一の弟子』」

「一応俺も教えは受けました。叔父よりかは筋が良かったからまだいいですけど、師匠の求めていた基準には、とても及ばなかった」

「最後ではない、君しか弟子は居ないのだ」


 俺が顰めっ面で話を聞いていると、脇腹を突く人がいる。


「ザラ様。ここは素直に受け取りましょう」

「童貞野郎が唯一の弟子だと。可哀想に」

「分かっておいででしょう、照れ隠しですよ。拒否しても良いことはありません」

「確かに、ここは受け取っておくべきっす」

「貴方が気に入らないのも分かるけど」


 俺はリオンをチラリと見た。彼の目から伝わる考えは、やはり皆と同じである。深々と溜息を吐いて、酒を片手に怒鳴り散らす師範を思い浮かべると、心の中で呟いた。


(どうも、ありがとう)



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