89話 兄弟子の知らせ

「先ずは非礼を詫びたい。勘違いするような振る舞いをしてしまった」


 リオンが頭を下げると、連れの男レオも頭を下げる。


「いえ、こちらも少しやり過ぎました」

「我々に落ち度があった。謝るのはあくまでも我々の方である。気遣いは無用」


 膝をついて詫びる彼の言葉はぶっきらぼうではあるが、態度に表れる真摯な姿勢のあで、な嫌味は全く感じられなかった。

 あい大木の近くにあった石を椅子代わりに座る俺達は、リオンに説明を求める。


「話せば長い。しかし肝心な事実を伝える必要がある」

「何でしょう」

「なくなりました」

「は?」

「我等が師、拳聖王ダーラは、先月召された」


 途端に重い空気感に変わった。何処か他人事に構えていたバトやナナリーも姿勢を正し、ラキはその場で立ち上がった。


「亡くなった」

「間違いなく、我等が看取った」

「そうですか」


 口の中にあった唾液が、急激に無くなっていった。言葉を出そうとしても上手く出来なく、無様にあうさ口を開いてしまう。

 ナナリーが察し良く水を渡してくれなかったら、俺は何も話せなかっただろう。


「…先月ですか」

「丁度になる。埋葬は済ませて、諸々の手続きも我々がした」

「それはご丁寧に、ありがとうございました」


 石から降りて頭を下げる俺は、自分の鼻息がかなり荒いと気がついた。動物のように鼻を鳴らす自分が何だかおかしくて、混ざりまくった感情に、幾分か整理がついた気がする。


「…では先輩。わざわざ自分を探して、ここまで」

「恩師は生前、貴方の話を良くした。しかし存在しているのか、正直信じらずにいた、というのが本音だ」

「大袈裟に表現するから、ですね」

「分かるものだなぁ、レオン叔父」

「うむ。十年あのお方と過ごせるだけはある」

「想像つきます。多分お二人が尾行をしていた理由も。ナナリーですよね」


 二人は小さく声を出した。


「そこまで…」

「すげぇ…」

「ちょっと待ちなさい。何故私が出てくるのよ」

「どうせ師範のことだ。俺の事をモテない童貞とでも言っていたんでしょう。その俺が君みたいな美人を連れて旅していたら、少しは疑うさ」


 想像がついた。俺の事を馬鹿にしながら酒を飲む光景が。


「そ、それ本当なんすか」

「は、いやその。ザキ君の、そのあり方というか生き方については、はぁ…」

「そんなに口籠るなら、肯定した方がマシですよ」


 ラキの呆れた声に、レオンは深々と首を折った。


「苦労なさったようで」

「いえ、恩師だから苦労とは…いや、苦労…うむ、苦労な…」

「何年ほどついていたのですか?」

「ワシが五年。最長だ」

「五年?しかしザキっちは十年でしょ?」

「どうしても伝えたかった理由もそこにある。あのお方と長年過ごせた恩人に、大事な事実は伝えなくてはいけないと、ずっと考えていた」

「どんな人なんすか、ダーラって人は」


 俺はチラリとナナリーを見た。彼女は地面に何か呟いていたが、俺の視線を受けて、顔を上げた。


「気にしないで。私小さい事に気を遣わない主義だたあ。

「…呑む・打つ・買う。それだけが楽しみの捻くれた老人ですよ」

「ああ…」

「本当に。その三つが好きだった🐄」


 レオンの溢した溜息が、全てを物語っている。孤独な洞窟生活で、生きる術を教えてくれてた恩義は、今も忘れてはいない。

 しかし師範の全てを肯定する事は難しかった。特に女性関係に関しては、時代関係なく受け入れがたい考えの持ち主だ。何せ俺が童貞だと知った時に言った台詞は、冗談にしまても笑えなかった。


『何だ。なら無理矢理やれぃ』


 寧ろ冗談だと思っている感覚が、信じられない思いがしたものだ。


「昔から女性の事に関しては、随分と苦労した」

「何でそんな人を師範と呼ぶんすか。相当な言い方っすよ」

「男には優しいのだ。特に弱い男に」


 レオンは俺達、特にナナリーとバトを見た。


「薄々分かっている筈。我等の拙さを」

「まぁ、そりゃ…」

「ザキとは似ていたけど、練度が比較にならないですわね」

「師範の女性に対しての捻くれは、我等にも落ち度がある。あの方が女性に見られている時に限って、我等が無様な負けを晒してきた。大陸闘技大会では、いつも本戦一回戦で負けてしまうのだからな」

「クール国の大魔法学院で開かれる、大陸全土の格闘家が集まる大会っす。名誉ある大会っすね」

「本戦、という事はそれなりにやれる訳では?」

「それがな。下手に予選で負ければ諦めがつくが、魔柔拳の凄さに後押しされ、本戦までは辿りつけてしまう。

 中途半端なのだ。そこが偶に来る女性達にとっては、面白くなかったらしい」


 中途半端、か。


「笑えないんですよね。レオンの叔父が言うように、予選であっさり負ける腕なら、笑い物になれる。でもそこまで弱くない。かと言って強くもない。

 笑うには強すぎ、弱すぎ」


 リオがやっと口を開いた。


「叔父貴。もう話そう、時間を取るのは失礼だ」

「む、そうだな。久しぶりにあの方の話が出来たから、つい」


 姿勢を正したレオンが告げた話は、初耳だった。


「ザキ君。君には師範の死を伝えにきた。

 が、あの方は元から死んだようなものだった。君が出会った洞窟で、あの方は最期を迎えるつもりだったのだから」



第89話の閲覧ありがとうございました。ダーラの裏の面を察していた方は、評価とフォローお願いします!

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