88話 挟んだ相手は

 ナナリーがクロスボウを構えて引き金を引く。甲高い音と共に石の弓矢が飛び出て、目標に向かって直進した。

 バトは口に筒状にした手を当て、火炎放射を行っている。


「左右に分かれました!」


 蜘蛛に変わったラキが俺達の頭部を軸に上空へ舞い上がると、偵察を開始した。俺はトンファーを手に装着しつつ、胸部を狙う石飛礫を躱す。


『ファイア・ボール』


 火炎放射が火の玉に変わり、目標を狙った。避けきれない敵が小屋の背後に回っても、火の手は収まらない。


『ファイア・ハンド』


 簡単に火がついた小屋から、大きな赤の手が出現した。燃え広がる火の集合体が、敵に襲いかかる。


『ロック・レイン』


 ナナリーも追撃をしていた。クロスボウによる牽制を挟みつつも、出現させた石の雨で敵の行動を阻害している。まだ姿形は見せないが、廃墟を盾にするのも時間の問題だろう。


「来ます!」


 二人の猛烈な攻撃に晒され、二人が道の真ん中に転がってきた。マントを羽織っているのだが、先端や頭を覆う部分には穴が空いており、攻撃は幾つか喰らっているようだ。


「町を出てからずっとすね。足音消すのが上手いから、ちょっと自信なかったすけど」

「手応えが思ったより無いのも、頷けるわ。中々侮れない」


 ナナリーが首を振った。


「でも気になる」


 そう、変だ。


「ラキ、突っ込むぞ」

「はい」


 確かめなくては。


 俺はトンファーを構えたまま、敵との距離を詰める。敵から見て斜めの角度で踏み込んだ俺は、敵もまた同じスタップで距離を取ることに目を見開いた。


「二人は部外者の警戒を!」


 立ち位置が入れ替わる格好にはさせない。急遽ステップを切り替え、道端の石ころを蹴飛ばすと、相手は上半身を捻って躱した。その独特の所作に、俺は予感が的中した事を確信する。


「おい」


 ビヨットを右足に集めながら、再度距離を詰めた。


「何で」


 また斜めに移動しようとする相手だが、俺は踏み込みの瞬間に足首を傾け、急激に方向転換を図る。横へのステップを切った俺は、着地した左足を軸に、右膝を抱え込んだ。


「その動きが」


 左手を縦に構え、防御の構えを取る相手だが、俺は膝から先を横振りから斜め下への振り下ろしへ、瞬時に変えた。


「出来る!」

「ぐあ?!」


 膝の関節部を斜めから蹴り込むと、敵の顔が激痛に歪む。引いた足で落ちてくる肩を蹴り上げるが、敵は飛び受け身を取って間合いを切ってきた。


「ハァ…」


 思ったより早い立ち上がりから、相手は右手に魔力を集めてくる。


「ハァ…」


 俺もビヨットを右手に集め、迎撃に打って出た。


 ""逆正拳突き""


 正面からそれぞれの右手が伸びてくる。摩訶不思議な力を纏ったそれは、お互いの急所を目掛けて、正確な狙いをしていた。

 スローモーションのように見える相手の拳の衝撃に備えて歯を食いしばりつつ、俺は自分の手の方が、一瞬相手よりも早く到達する事を直感する。


「ラァ!」


 手に伝わる生暖かい感触は、すぐに消えた。突くスピード以上に早い手の引きを行い、衝撃だけを敵に伝える。


「ああ!」

「ぐ」


 相手の体勢は崩れるものの、俺の左肩に食い込みかけた手から、痛みが生じさせられた。その痛みは、懐かしい記憶を蘇られてくれる。


『へばるな、この馬鹿者!』


 怒ったような励ますような、複雑な表情を見せる老人の顔が、やけに鮮明に思い出された。俺は師範の記憶を振り払うかの如く、二撃目のフックを横腹に喰らわせる。


「ぐぶっ」


 今度も手応え十分だった。殴られた男がその場に膝をつくと、俺はすかさず後ろ髪を掴んで、背中側に強く引く。


「ぐぁぁ!」

「お前には聞きたいことがある」

「ぐう…」

「お仲間は俺の配下に負けたぞ」


 ラキに後手を取られた男は、地面にうつ伏せにさせられていた。かなり老けた顔つきの男は、苦しげな声を上げて、俺を見てくる。


「は、話を…」

「ああ話だ。俺からする」


 俺は髪を離せと暴れ回る男を黙らせるべく、指に力を入れ、頭頂部に指関節を押し当てた。


「ぐぁぁ!」

「お前、何故魔獣柔拳が使える」

「ああ!」

「俺は師範、拳聖王ダーラの最後の弟子だ。あの人とは十年近く修行を共にした」

「く…」

「俺よりも後に弟子は居ない。取る人じゃないからな」


 去り際に言った台詞、あの人の性格。とてもじゃないが、新たな弟子なんか取るとは思えない。


「というと、色々おかしい話になる」

「おれ、俺はダーラ様の弟子だ!」

「嘘を言え!」

「嘘じゃねぇ、あの人は俺を弟子にした!」

「こいつは」


 俺が仕置きの一手を加えようとした時だ。


「此奴は弟子です!間違いなく」

「爺さん、何て言った」

「貴方は、貴方は最後の弟子ではない」

「何だと」


 俺はラキを下がらせると、老人と目を合わせた。


「その言葉、取り消せ」

「できません」

「取り消せ」

「これはできない」

「俺は師範の、ダーラの最後の弟子だ!」

「違う!一番弟子の私が言うのだ!」


 俺は、いや俺達は驚いた。


「拳聖王ダーラの初弟子。リオンが参上した。恩師について、話さねばならん」




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