第87話 新たな異変

「ここは何も無いな」

「昔は馬小屋や小さな農村があったそうよ。でももう人は居ないわ」


 蜘蛛の巣が張った小屋は、木でできた飾りと言われた方がしっくりくるほど、廃れている。触った壁がボロボロと崩れていく様は、ちょっとしたホラー映画だ。


「危ないな。外出よう」


 俺とナナリーが道に出ると、向かいからバトも現れた。


「ダメっすね。これじゃあ雨宿りにも使えないっす」

「こっちも同じです」

「ここ最近、屋根の無い生活ばかり。別に困る奴はいないっすが、無理を重ねるのは嫌っすから」

「ええ。寒さはまだ残っているけど、日中の日差しが強くなってきた。季節の変わり目が顔を覗かせてきているわ」


 ナナリーが空を見上げると、澄み渡る青空が広がっている。燦々と降り注ぐ日光を小屋の影で誤魔化していると、ラキが俺の足元に着地した。


「この辺りは、数年前に廃村となったようです。旅人以外で、この場所を訪れる人間はいません」

「明確な報告だな」

「ええ。蜘蛛の仲間に聞きました。ここから少し歩いた先に、大きな木があるそうです。そこは枝の広がりがあり、簡潔な雨宿りは出来るかと」

「有難いっすね。そこに行きますか」

「案内は僕が」


 先導するラキを追う俺の隣で、バトはポキポキと指を鳴らしていた。


「にしても、何でまた目的地をそこにするんすか」

「ここは砥石が有名なの。貴方が特に入り用だと思うわ」

「砥石か。今あるので満足してるっすが」

「他には武器職人が多くいるとか。私もクロスボウの手入れをしたいから」

「なら仕方ない…か。しかし自分でも手入れできるのに、どうしてまた?」

「私だけでは不安だもの。誰かに見てもらうのも、手入れには必要よ」

「それは言えてるっす。見慣れた武器だと、案外見落としがあるっすから」


 武器に関しては、この二人の方が長い。俺は洞窟から出る時の試練で、偶々貰ったに過ぎないから。


「貴方のトンファー、オークの木だった?珍しい材質よね」

「まぁー、そうだな。掘り出し物だ」

「手入れしてもらったら。布で拭くだけでは、木の木目から腐ったりするわ」

「見てもらうか」

「俺っち達は金が飛ぶっす。それと比べたらザラっちは安いと思うっすよ」


 バトは腰につけた三日月刀を軽く叩いた。


「俺っちの命っすから。安い鍛冶屋に見せた日にゃ、一族の恨みつらみが襲うっす」

「継承の証でしたか」

「予備っすけど。婆様が予備でも念には念をって、死ぬ前に散々祈祷したんすもん。どんな怨念が込められているか、分からないっす」

「怨念て」

「怖いっすよー。夜中にね、聞こえるように呪文を唱えるっす。

『暗き森に雑念を残し、明き湖に信念を刻む。

 闇深き墓地に愚者を縛り、光瞬く聖地に賢者を立たす』」

「それは、その」

「嫌味っす。言うこと聞かないで遊ぶ俺っちのね。もう、正直にガン!と言って欲しいっすよ。なんすか、俺っち墓地に縛られなきゃダメっすか?」


 バトはン・ダバ族の族長の家系だ。次男だからと悠々自適に過ごしていたが、兄と姉との間にいざこざが発生し、部族間で揉め事が発生したらしい。

 その時、双方から絶妙な立ち位置にいた彼は、散々な目にあったという。嫌気が差して逃げ出した彼は、彼方からの夢だった醸造所巡りを始めた訳だ。


「いやー、ザラっちはその手の悩みはないっすもんね」

「そうですね。普通の農家でしたから」

「普通は大事っす。跡目争いなんか、側から見ていても不愉快でね。話で聞いたり読んだりする分には面白いっすけど、自分が近い場所になると」

「部外者だから楽しめる点はありそうです」

「ラキ、蜘蛛はどうなんだ」

「ああ…何て言うのでしょうか、蜘蛛はそこまでグループを形成しません。種によっては作ったりしますが、その時争いが起こっても、人間のように複雑な事情は無いです」

「単に強いか弱いか」

「ええ。雌にモテるか、生き残れるか。この二つをどれだけ誇示できるか、それだけです」

「ある種羨ましいっす。行ったことも見たことも無い土地の話で騒ぐ奴らに、聞かせてやりたいっす」


 バトの心底嫌気が差したような口ぶりが、何だかおかしかった。


「相当いびられましたね」

「いやもう…あの頃は酒だけが友達だったす。女の子は争いに巻き込まれたく無いから寄ってこないし」

「後半はどうでしょうね」

「何スカラキッチ」

「僕は僕の意見を言ったまでです。心当たりがあるからそのような反応をするのですよ」

「ラキ、お前」

「だー!生意気っす!」


 俺の想像以上にラキとバトが仲良くなっている。二人してワイワイ騒ぐ様子は、旅の仲間というより親戚のような間柄に見えてきた。


「何かおかしい?」

「いや、特に」

「そう」


 ラキの変化に、表情が弛んだのか。ナナリーは深く聞いてこず、そのまま俺の隣を歩いていた。



 ナナリーとバトが、同時に脚を引いた。




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