師範編

第86話 掛け合い

「へぇ、それはまた馬鹿な話だ。ナナっちに手を出すんすか」

「そうね。私としては事を荒げたく無かったのだけど」

「確かにイカサマを暴露されるのは、彼等にとっては痛手でしょうから。でも襲うなんて」

「金銭的交渉には応じなかったんすね」

「そんなのないわ。店に入ったらいきなり背後からドン、よ」

「荒いな…」


 バトは干し野菜のスープを口にしながら、思わず顔を顰めた。ナナリーはスープのお代わりをラキから貰いながら、首を縦に振る。


「警戒していたから楽だったけど。お返しのロックアローを股間に打ち込んだら、直ぐ泣いちゃって」

「それは泣きますよ」

「さっさとお金を受け取って帰ったわ。正直彼を探す方が大変だった」


 ナナリーの目線が俺に向いた気がするが、無視する。今はこっちが大事だ。


「…金銭的交渉に応じるかは、分からないわね。街に満たない町での賭博だから、受け入れたかも」

「俺っちも受けるっすね。事を荒げるのは無駄っす」

「僕も賢明な判断だと」

「ありがとう。あの老人も少し余裕があれば良かったのに。バレたの初めてだったのかしらね」


 ナナリーは串に刺した鳥のレバーの野焼きを口にすると、優雅にスープを一口含む。


「しかしよく気がついたっすね」

「硬貨の裏表を見ようと、ずっと目を凝らしていたけど出来なかったの。でもスカーフが被さる瞬間、スカーフに出来た硬貨分の膨らみが、どうも変に動いていると思ってね」

「それだけですか」

「何か仕掛けがあると踏んで、他の要素を探していたら彼が教えてくれた。恐らく古代魔法の一種かもしれないわね」

「蜘蛛の糸の魔法は、確かに古代魔法にあったと記憶しています」

「魔法陣が刻まれた魔石を埋め込んだ杖、それが老人の始まりなのよ。古代の人がどう使ったかは知らないけど、老人は長い間やってもバレなかったのね」


 最後のレバーを食べたナナリーが、俺の前に串を刺した。


「ん」

「ちょっと」

「ん」

「いいかしら」

「ん?ありがとう」


 彼女は首を振った。


「串のお礼ではなくて。話入りなさいよ」

「ん」

「そんなにお米が好きなの」

「うん」


 俺が深めの皿へ盛られた米に、顔を埋めるようにして食べていると、彼女の呆れた視線が刺さった気がする。


「貴方、ハポンの生まれだった?」

「んん」

「なのに米が」

「ん」

「ああ、そう」


 俺は皿にこべりついた米粒をスプーンでこそげ落とし、少量のスープで流し込んだ。何杯お代わりしたか分からないが、まだ足らない。

 鉄鍋に残る僅かな米の塊を見た俺は、他三人の顔を見た。


「ハァ…」


 ナナリーの溜息の意味は分からなかった。バトとラキは俺とは目を合わせず、それぞれの食事に集中している。しゃもじ代わりの板を水で濡らし、米粒一つを残さないように皿に移した。


「…俺達、今初めて見られたっすよ…」

「…はい…」


 何か言っているな。


「そんなにがっついたら下品よ」

「ああ、ん」

「気にしてないわ。はい、ごめんなさい」

「ああ」


 串の肉と米を交互に食べ、時折スープを挟む。何年振りだろうか、この黄金コンビネーションを楽しんでいるのは。


「ハァ、食った」


 最後の米粒を噛み締めた俺が皿を置いた頃、三人の視線が俺に向けられている事に、やっと気がついた。


「ん?」

「いや」

「何もありません」

「貴方、ハァ…」

「ん?ああ、一人で食べていた?ごめん」

「それは…いいわ、置いときましょう。片付けして行くわよ」



「海苔さえあれば完璧だけどな…」

「ノリ?」

「珍味だよ。俺は好きなの」

「へー。それはハポンの?それともダンド村の?」

「あー、ハポンかな?」

「かなって。分からないの」

「いやまぁー、何というか。珍味の中の珍味で、何処で獲れるかは極秘なんだそうで」


 この世界に米があっても、海苔があるとは限らない。変な事を言って怪しまれたら、俺の立場が危うくなる。

 俺の言い訳に納得したかはさておき、ナナリーはそれ以上聞いてはこなかった。


「米はそんなに美味しいかしらね」

「美味しいよ。何言ってるんだ」

「私はパンの方が好きだわ」

「待て待て。あれは偶々市場で見つけた古い米だし、俺の炊き方が下手なだけだ。ちゃんとした方法で炊いた米は、こんなものじゃない」

「思い出の味だからじゃなくて?」

「違う。本当の米の味を知れば、そんなこと言う隙もなくなるぞ」

「それは驚きね。今後の参考にさせてもらうわ」


 俺は隣を歩くナナリーに顔を近づけた。


「絶対驚くぞ。俺は確信している」

「一体何に自信持っているのよ。米農家の知り合いでもいて?」

「俺のプライドの問題」

「答えになってないわ」


 少し口を尖らせるナナリーに、俺は鼻を鳴らした。どうしてこう、米の素晴らしさを理解しないのか。俺が首を捻っていると、前を歩くバトが俺の横に来た。


「悲しいっすね」

「本当に。米の素晴らしさが分からんとは」

「あー、そっちに捉えるっすか。でも当然すね。俺っちが悪いか」

「はぁ?」

「いや、残酷だなと。経験は必要っす。ねぇラキッち」

「そのようですね」

「今度いい所連れていくっすよ」

「…お願いします」



第85話の閲覧ありがとうございました。ザラとナナリーの掛け合いにテンポを感じたら、評価とフォローお願いします!

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