第85話 事の終わり

「お、おい離せ!」

「ナイフで刺そうとしてきた人を、離す理由はないでしょ」

「このや」


 捻っていた手首をそのまま地面に巻き付けるように捻り込むと、男の身体が地面に沈み込んだ。音を立てて崩れ落ちる彼の腹部に踵を落とすと、俺は老人と再度相対する。


「やりますか」

「…腕に自信はあるようだ」

「あまり舐めないで下さい。貴方も腕に自信はお有りのようですが」


 老人は微動だりもせずに、杖をついたままだ。


「その男を離してはくれませんか」

「うーん、どうでしょう」

「手荒な真似はしたくない」


 俺はトンファーを装着すると、左後ろの方向に振り抜いた。


「手荒くないなら、やる訳だ」

「…む」

「師は意地悪い人でね。こんな攻撃は朝飯前だよ」


 俺はトンファーを構えると、一気に距離を詰める。老人が声を出す隙も与えず、トンファーの長辺で勢いよく杖を叩きつけた。


「なぬ」


 甲高い音がして、俺のトンファーは杖に阻まれる。


「お若いの。無闇矢鱈と武器を振り回しても、意味は無い」

「どうも」

「この杖、出会った頃から四十年。長く共にしてきた此奴が、若者の青臭い殴打の一つや二つ、簡単に耐えてみせる」


 老人が少しだけ眉毛を動かした。真っ白なそれが揺れると、彼の自信が窺える。


「そうか」


 が、それも無駄だ。


「何」

「俺の一撃こそ、師から受け継いだ技」


 最初に小さな破片が落ちた。次に低い破裂音がすると、音は連鎖的に鳴り止まなくなる。老人は微動だりもせずに、杖を握る手だけを震わせていた。



「おお」


 真っ二つに割れた杖の中から、青い宝石が転がっていった。欠けた一つを拾ってみると、宝石というよりも鉱石に近い。


「魔石ってこれか。触るのは…」


 ブツブツ言いながら鉱石を見ていたら、隣から同じような独り言が聞こえてきた。正直言って不快であり、無視できない。


「…杖…ワシの…杖…」

「ああ、これね。ヤドリギを使っているし、統一神の加護もあるのかな。初級魔法なら傷はつけられないけど、俺のは魔法ではないしね」

「…ああ…ああ…」

「杖頼みの魔法だったのか。ちゃんと研究すれば杖なしでも使えたと思うよ。属性的には風が関係しているっぽい」


 俺は膝から崩れ落ちたまま、頭を前後に揺する老人を無視して、地面に横たわる男に近寄った。


「ま、まってくれ」

「ん?何か言った?」

「俺は、ただ言われた事をしていただけだ。何も悪い事はしちゃ」

「今回初めて雇われた口か。ま、運が無かったね」

「お、おい。話聞こうや。俺、色々美味しい話知っているんだ」


 捻った手首を押さえながら、男は俺の足元に頭を下げている。トンファーを仕舞う俺は、その場を立ち去ろうとした。


「ぐあ!!」


 襲いかかってきた男の腹部に、また蹴りを喰らわせる。


「そうやって金も巻き取ろうとしたんだろう。その手は食わない」

「うぐ、ぐ…」


 第一俺の弱点部位ばかりを睨んでいて、警戒しないとでも思ったのか?成る程、愚かな話に乗ってしまう程度の思考能力らしい。


「俺は帰る。好きにしな、雇い主はそこにいるから」

「ま、まちやがれくそやろう…」


 待てと言われて待つ馬鹿がいるか。


「お、おい!ナイフで喉を掻っ切るぞ」


 十メートルは離れたと思った所で、彼の野太いながらも空虚な叫びが聞こえてくる。腕に抱き抱えた老人は抜け殻のようで、首元のナイフにすら反応しない。


「それは玩具ではないよ。遊びで使わない方がいい」

「へっ、何言ってやがる。ナイフなのは承知してるぜ。これが偽物の金属に見えたか?」


 男は老人の頬を軽く撫でると、出来た赤い線に指を這わせた。


「知らないよ」

「さっきからお前、何が言いたい。えっ?まさかこのナイフが本物の呪い付きだとでも思っているのか?」


 男は頬をひくつかせる。矢鱈大きく見える眼球が、漫画表現のように飛び出て見えて、異様さを増していた。


「骨董品だよ、俺が磨いて切れるようにしただけのガラクタだ」

「そうかな」

「おうとも。知り合いの占い師に見せたらよ、呪いののの字もありゃしねーとさ」


 時折深々とナイフを頬に刺しながら、男は俺に脅しを続ける。鮮血が垂れ出ようが無反応な老人を見てから、俺は足を踏み出した。


「本当に知らないとは」

「何がだよ、勿体ぶりやがって」

「呪いは人の怨念、強い想いが魔力と結びついた現象だよ。そのナイフ我慢例え偽物だとしても、アンタが恨みや妬みを込めて握り続けた以上、何らかの呪いを持ったとしておかしくない」

「は、いやそんな」

「嘘ではない。ほら、刃に刻まれた紋様の輝きが変わっているぞ」


 思わずナイフを覗き込んだ男の顔面目掛けて、落ちていた石ころを蹴り付けた。危険な賭けではあったが、男の脳天を正確に捉えた石が小さな音と共に落ちた事を確認する。


「お見事」


 ナイフを手に取った俺に、拍手が送られた。振り返ると布袋を抱えたナナリーが、木にもたれかかっている。


「綺麗な薔薇には毒があるってか」

「毒ではなく、棘に留めて欲しいわ」

「棘はお有りに?」

「ええ。不用心に触れてきた輩に、刺す為にね」


 布袋の中身を見せてから、ナナリーは満面の笑みを浮かべた。


「この後、付き合ってくれるわね?」



第85話の閲覧ありがとうございました。ザラとナナリーのコンビに期待を感じたら、評価とフォローお願いします!

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