第10話 ビヨットの難易度

「ムム…」


 途端に難易度が上がった。前まではすぐに変化が訪れたのに、今回は全然上手くいかない。身体に感じた高揚感なんか湧き起こってこないし、汗しか滲んでこなかった。


「ムムム…」


 それでも懸命に祈りを続ける。牛もできるだけの種類を思い出し、色々と感謝の言葉を唱えていった。


(美味しいお肉ありがとうございます…いや違うか。えっ、あー、荷車引いてくれてありがとうございます…)


 牛車はあった。だから間違っていない。俺は使った事ないけど。


(暮らしやすい自然に、感謝します)


 やっぱこれだな。本当に手厚く生活を支えてくれている洞窟には、感謝しかない。この想いは、嘘偽りがなかった。


(…つーか…)


 変化など訪れないが、ここで気がついた。


「何治すつもりだ、俺」


「いって…」


 草むらに生えている、細長い草を使って脚や腕に擦り傷を作っている。一個だけだと意味ないから、複数切った。お陰で予想より深く切ってしまい、血が垂れ流れている箇所まである。


「早くやろ」


 逼迫感は出ただろう。これでさっきまでの流れを繰り返して。


(この傷を治す為に、自然の力を貸してください)


 やはり中々上手くいかない。だがさっきよりも手応えがある。方法の是非は無視して、やり方は続けていった方がいいと判断した。


(牛の神様。どうかこの傷を治す力を貸してください)


 来た。今まで停滞していたビヨットが、身体に流れ込んでくる。


(傷を治してください)


 俺は思いを単純化させ、願いだけに集中させた。すると頭の中に、イメージが浮かび上がってきた。


(おいおい…)


 牛だ。だが俺が思い浮かべていたそれとは違い、かなり異色な牛である。白銀の体毛が光り輝き、体格は堂々としていた。大きめの顔には金色の角が聳えていて、紅の瞳を爛々とさせている。


(やっぱ神様ですか…)


 名もなき牛の顔は、俺の気持ちなど無視して、どんどん近寄ってくる。だが不思議と恐怖感はなく、安心感の方が強い。


(うわ…)


 俺を食い殺そうとしてきたのか、と思うぐらいにドアップになった顔が、一気に霧散した。

身体に流れ込むビヨットも収まり、変化も感じられなくなっている。


「ふぅ…」


 今回のは、色々と変化があった。自分なりの試行錯誤が上手くいって、俺は満足だ。何より。


「へぇ…」


 傷が治っている。自然な回復で治った訳ではなく、ビヨットの効果だと言えるだろう。傷をつけた箇所の皮膚は、明らかに他の部分と違っていた。


「スゲ…」


 肌艶が雲泥の差だ。潤いに満ちた皮膚が、逆に切り傷の痕を教えてくれる。


「これはすげぇ…」


 岩をも砕く力に、驚異の回復力。転がり込んだ洞窟で、思いがけない収穫があった。


「へへ」


 寝込んだ時に見た回復魔法とは、次元が違った。魔法の方は想像の範囲にあったが、このビヨットは効果が大きい。

多分、あの牛の神を想像したからかもしれない。そう考えると、俺はある思いが湧いてきた。


「名前、知っておくべきだったな…」


 あの牛、見覚えがある。家にいた頃に読んだ絵本の中に、登場してきていた。だが名前に関しては、ど忘れしてしまっている。あの頃は魔法に興味が向いていて、宗教的な要素は無視していたから。



「失礼だよな…」


 名前も知らない男に、牛の神はまた微笑むのだろうか。


「書いてあると思うけど」


 だが今は他に調べたいことがある。


「…よし…」


 手頃な大きさの石を見つけてきた。座っている石の前に置き、片手を添える。そのまま俺は、ビヨットの受け入れに入った。


(蛇の神様、この石を割ってください…)


 牛が癒しで、蛇が猛々しさ。対の関係にあるならば、蛇は攻撃する際、必要なイメージだ。


(おお…)


 想像通り、脳内に蛇が現れた。勝手に入り込んできた相手は、紫色の鱗をヌメヌメと光らせ、真紅の舌を覗かせている。緑色の縁の中に黄色の楕円が収まる、威圧的な瞳が俺を睨みつけてきた。


(た、頼みます!)


 芯から恐ろしくなる。俺は必死になって蛇の神様にお願いすると、お相手は純白の牙を唾液で湿らせ、口を大きく開いて俺に噛みついてきた。


「わぁ!」


 間抜けな声を出した俺は、石の上から転げ落ちる。思いっきり背中を打ったが、ビヨットは解除されていたらしく、鈍い痛みが後方に満遍なく広がった。


「っあ…」


 地面に寝転びながら背中をさする。顔にバッタやら蜘蛛やらが乗ってくるから、潰さないように気をつけよう。


「ぬぁ…」


 何とか起き上がった俺が目にしたのは、正に魔法だった。


「スゲ…」


 拾ってきた石は、両手では収まりきらない大きさだ。少なくとも並の力では、砕くことなどあり得ない。

 石は粉々になっている。手で握れるほどまでに小さくなったそれを掴むと、残骸である砂が、肌に食い込んできた。


「ハハ…」


 凄すぎる。俺はこの世界に転移してきて、初めて『力』というものを実感した。異世界に来たのだと、肌で感じられる。


第十話の閲覧ありがとうございます。

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