修練の洞窟編

第6話 落下した先

 落下していった身体は、途中でカーブにぶつかる。尻に走る鋭い痛みに顔を顰めるが、どうにもならなかった。壁の幅は狭くなり、蛇のように波打ち始める。いつしか俺はウォータースライダーのように、滑り流されていった。


「うわああああ…」


 あまりの勢いに松明は役割を終わらせられ、周囲が暗闇と化す。尚終わらない流転の旅は、気が狂いそうになってきた。


「ああああ…」


 壁を伝う水滴や額を流れる汗が、鼻の穴や目に飛び込んでくる。両手は万歳したままだから、目を瞑るしか対策がとれなかった。


「ああああ…」


 落下の勢いで肌という肌から水分が抜けていく感覚の中、ポンと身体が投げ飛ばされた。


「はあっ」


 間抜けな声を出して、地面とキスをした。長く落ちていたせいか、足腰に力が入らず起き上がれない。口の中に入り込む砂地を吐き出すと、何とか仰向けになった。


「うべえ!」


 唾液を吐き出しながら見上げた天井は、かなり高い。


「うべ、うげ…」


 高い。が、何故高さがわかるのかと言うと。


「何だこれ…」


 天井はまるでガラスを張っているかのように、向こう側を透かしている。燦々と降り注ぐのは、間違いなく日光だった。天然の吹き抜けと言えばいいのか、松明は暫く必要ないぐらいには明かりが満たされている。


「…不味くないか」


 そしてここで、俺は事態を飲み込んだ。あまりに長い落下時間に、聞いた事もない場所。摩訶不思議な光景が、俺を焦らせてくる。


「誰か助けてぇぇえ!!!」


 力が入らないなんて言ってられない。力の限り叫びながら、俺は壁にもたれかかった。


「助けて、おおおいいい!!!」


 叩く手から、鈍い音が奏でられる。しかし音が遠くに届くことはない。それでも俺は、叫び続けた。


「助けて、助けて!父さん!母さん!」


 返ってこなくても、叫ばずにはいられなかった。


「助けてくれえええ!!!」


 何度も叫んだせいか、酷く疲れてしまう。俺はこの場が何処か探ろうともせず、第一に見つけたい物を探していた。


「水…食べ物…」


 とりあえずこの二つは確保したい。明かりは夜は兎も角、昼は何とかなりそうだからだ。壁に手を添え、壁伝いに奥を探索していく中で、目当ての物を視界に収めようと必死だった。


「腹減った、喉乾いた…」


 俺が落ちた場所から十数分は歩いただろうか。俺は頬を掠めるひんやりとした感覚に、心が踊りだすのが分かった。


「あっ、あっ!」


 見つけたのは、池だった。それもかなり綺麗な池だ。底が完全に確認できる程の水質で、水草の草原を小魚が軽やかに舞っていた。


「水、水…」


 細菌がどうとか、言ってられない。素人の見た感じだけで、俺は顔を突っ込んで喉を鳴らした。


「んぐ、んぐ…」


 喉を伝う水分は、俺の身体に潤いを齎す。身体の喜びを実感しながら、思うがままに飲んでいった。


「んぐ、んぐ…」


 胸一杯まで水を飲んだ俺は、辺りで腰を下ろす。顔を洗って袖で拭うと、頭がスッキリしてきた。大きく鼻から息を吸って吐き出せば、やっと落ち着いてくる。


「ふぅ…」


 見渡すと、ここは池というよりももっと人工的だ。俺から見て左奥から流れてくる川が、右手前に抜けていく。その中間点が池なのだが、よく見れば川と池の境界線が石で囲まれている。池もやけに綺麗な円を描いていて、右奥にはお誂え向けな洞窟への穴が開いていた。


「ここもか」


 何より落ちてきた場所と同じく、ガラス質の天井が頭上を覆っている。ここまできて、これを自然に出来たと言い張るほど、馬鹿ではないのだ。


「宝が隠されているって、ここの事だったか?」


 ただの噂話ではなさそうである。そして右奥の洞窟の入り口に、何やら模様らしきものを見つけた俺は、フラフラと穴に近づいた。


「何の模様だ」


 デザインは単純だ。横に棒線が一本引かれていて、その下に丸やら何やらが描かれている。長年放置されていたからか砂が溜まっており、指で擦ってみると隠れていた模様が浮かび上がった。


「花、と…鳥?」


 のように見える。よくわからないが、この先にある空間について記しているのだろうか。俺はこの異質な空間について知りたい気持ちが巻き起こり、自分の立場を忘れて探検を始めてしまった。


「よし…」


 最後に水を一飲みしてから入った洞窟は、意外と短かった。


「お…」


 三つ目の空間は、今までで一番広い。一目では見切れない程の大きい空間は、幻想的な風景を彩っていた。俺の手前に生えている色とりどりの草花は、甘美な匂いを振り撒いている。少し奥では手に収まるサイズの鳥が、数十羽群れとなって駆け回っていた。更に奥を見れば、立派な角を生やした鹿が、重量を感じさせる歩きを披露している。


「スゲ…」


 そして何より、この空間には魔力があった。肌から感じられる、不思議な力が実感としてあるのだ。見ればこの空間を構成する岩壁はただの土ではなく、所々が紫や紅に光っており、不規則な瞬きを披露していた。


「スゲ…」


 遭難している事も忘れて、俺は暫しその場で立ち尽くす。愚かな俺を嘲笑ったのか、俺の足元にきた鳥が、その短い嘴を突き刺してきた。



第六話の閲覧ありがとうございます。

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