第5話 転落

 反対側の岩に紐を括り付けると、マールは俺達の身体にも紐を巻きつけていく。ただ巻きつけるだけでなく、互い違いになるように紐を通すことで、抜けにくさを強めていた。


「お前、本をいつ読んだ?」

「つい最近だよ」


 ヤンの言葉を信じるかは別として、フリの乗り気でない雰囲気に俺は毒気を抜かれた。彼は村の子供の中でもプライドが高く、金目の物も好みだ。宝探しと聞いて飛びつくと思ったが、そうでもないらしい。


「せめて本を読ませてくれたら、俺も用意したんだがよ」

「はっ」

「何だ?」

「別に」


 どうやら緊張感から、腰巾着の化けの皮が剥がれている。以外な関係性が垣間見えてきて、傍観者の立場である俺は、別の面白さが出てきた。


「おいマール。何が言いたいんだよ」

「行こうか」

「マール!」

「先にザラが行ってくれないかな」

「僕?」


 と思ったらこれだ。


「ああ、違う違う。君が先頭に行った方がいいんだよ」

「どう言う意味」

「君を後ろにしたら、出る時に引っ張り上げる役目をしなきゃダメじゃないか。はっきりと言えば、そんな役目を期待してない」

「だからって」

「そうじゃないか。君が僕は兎も角、フリを引っ張り上げられるの?暗闇の中に入った後に」


 理屈は通っているが、屁理屈に感じるのはおかしいのだろうか。だが中身がニートの俺は、咄嗟に言い返せる材料を捻り出せなかった。子供にしろ大人にしろ、能力の疑念に対して反論できなければ、反対する資格は失われる。


「決まりだね」


 松明の明かりがゆらりと光る。いつもはシレッとしているマールの顔が、やけにヌメヌメとしていた。



(冗談じゃないよ)


 もう無理だ。人がやっと通れる程度の大きさの穴は、腰紐に差し込んだ松明すら、擦れる距離感だ。俺達三人がゆっくり下っていくと、人どころか物すら通したこともないであろう穴の壁から、小石がこぼれ落ちていく。


(あー、無理無理。無理ですこんなのは)


 とっくに俺の脚は恐怖で固まり、思うように動かない。しかし勇敢なる二人の勇者が、壁を押したり蹴ったりして順調に下へと導いてくれた。


(何、異世界の子供はこんなに活発なのか。やめてくれよ)


 段々と空気が冷たくなっていく。砂が舞いそうなほど乾燥していた土が、湿り気を帯び始めていた。


「ひ、紐はまだあるの…」

「あー、まだ余裕あるよ。大丈夫」

(大丈夫じゃねぇ!)


 マールは余裕でしょうよ。お前は中に入らず、うえから見下ろすだけだものな!こっちはフリですら口を聞かないのに。影が薄い腰巾着の側を考えたとたん、石ころが転がる音と共に、ヤンの祈りの文言が耳に届いてきた。


「…に捧げ…を…たまえ…」

(大丈夫か?)


 両親がやる神の文句とは大分違くて、別の存在を呼び出しかねない勢いだ。しかしヤンの気持ちは分かる。

いじめっ子だけでも厄介なのに、ここに来て何を考えているのか分からない少年と付き合わなくてはならないのか、と俺は酷く気が滅入ってきた。


「…あー、紐がそろそろだろうから、もうやめない?」


 思わず言ってしまった。だがもう無理だ。簡易的な命綱しか無い中、こんな暗闇を進むのは真っ平ごめんである。プライドをかなぐり捨て、実質主導権を握ったマールに訴えた。


「綱の長さが足りないよ。また出直してこようよ」

「…ザラは終わる気なの?」

「そ、そうだね。でもさ、考えてよ。これで僕が変な風邪でも引いたら、困るのはマール君達だ。違うかい?」


 命の危険が感じられる。ニートの卑屈さだの言ってられない。相手の反論も聞かず、一気に畳み掛けた。


「僕は最近外に出歩けるようになった。そんな子供を無理矢理連れ回した、なんて話になったらどうなる?」

「へぇ。脅すの。君が」

「脅しじゃないよ」

(引けって、何で帰る選択肢がないんだよ?!馬鹿なのか?!)


 紐の限度は、あまり余裕がないと見ている。こんな時間をかけていると、本当に四人御陀仏となってしまうぞ。

こんな時にフリは何も言わないし、ヤンは相変わらず謎の祈りに一心不乱だ。


「…そうだね。じゃあ戻ろうか」


 殿役を務めたマールが紐を捲りあげ、俺達を引き上げていく。フリとユンが壁に両脚をかけ、自分達でも登っていった。そんな中、俺は紐にしがみついたままである。どっかのスポーツ番組みたいに、上に登るなんて無理ですわ。


「おいザラ、フラフラすんな!危ないだろ!」

「ご、ごめん…」

「股を締めるんだよ、太腿に力入れろっての!」


 ああ、ここでも怒鳴られる。こんな事なら、真っ直ぐ帰ればよかった。頼むから早く足を地面につかせてくれ。

 祈りが届いたのか、ヤンが登り切り紐の引っ張りを手伝ってくれたお陰で、上昇スピードは増していった。コインほどにも思えた出口が、段々と大きさを元のサイズへと戻していく。


(もう帰るんだ。帰る帰る)


 顔に感じる生温い風で髪が乱れても、俺の頭の中は家の事で一杯だった。


「おしっと」


 フリが引っ張り役に転ずると、本格的に紐は三人の元へ帰っていく。後もう少しで、手が穴の境目に届きそうだった。


「ん?」


 俺は境目に手を伸ばそうとした時、違和感を覚えた。かなり太めの紐が、どう言うわけか半分ほどの太さになっている。

そしてまた顔に、生温い風を感じた。


「え?」


 断裂音がすると、身体が宙に浮く。伸ばしかけた手が無意味に空を掻くと、俺は重力に縛られた。


「ええ…」


 あっという間の落下に、思考が追いつかない。驚愕の顔で覗き込む三人の顔が見えなくなった途端、落下スピードは加速的に増していった。



第五話の閲覧ありがとうございます。

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