第7話 火おこしと何か
「これ、食えそう」
草むらの中に生えていた、濃紫の果実を手に取ると、口に運んでみる。噛み締めると甘酸っぱいエキスが飛び出て、中々に美味い。
「いけるいける」
毒も無さそうだから、いくつか摘み取ってポケットにしまった。辺りは似たような色違いの果実がなっており、ウサギや鳥といった住人達が、それぞれ好き勝手に食べ散らかしている。
「水と食料は何とかなるか…」
何本か生えている木になった林檎に似た果実も気になるが、やはりこの場所の謎が知りたい。
「変だよな、この場所」
お誂え向きに用意された水と食料。何れも簡単に手に入り、今の所危険な要素も見当たらない。まるでここで住めと言わんばかりに、生活環境は整っていそうだ。
(住むように作られた、のか)
独り言をいっても誰も返事を返さない。当たり前なのだが、こうなると止まらなくなるのだ。俺は心の声を口にしながら、この広い空間を手当たり次第に探索していった。
「ここら辺は何の草だろう。ミントか?」
(あっ、これいけるわ。紫蘇っぽい)
「これは…臭いな。薬臭い感じ…薬草とかだったらありがたい、一応貰う」
前世の頃の悪い癖を全開に、俺は歩き続けた。するとこの空間の中央にあたる場所に辿り着く。そこは五、六メートル程の大きさで、花草が生えていないエリアがあった。石畳が敷かれ、真ん中には楕円形の石が設けられている。
(やっぱここは誰かが作ったのか)
楕円の石は表面が異様なほど滑らかだ。中央にかけて僅かに窪みが作られており、腰掛ける用に設計されたとしか思えない。少し躊躇してから腰を下ろした俺は、一旦脚を伸ばして身体を横にした。
「おお…」
滑らかな面は、石とは思えない心地よさを実現している。力が自然に抜けていって、脱力感が全身を支配した。
「ふぅ…」
気持ちがいい。例えれば温泉に入ったとでも言えばいいか、そんな具合だ。俺は暫く風呂を浴びていない事を思い出しながら、周りを何気なく見渡す。
「広いよな…」
下手な競技場よりも広い。まだまだ歩ききっておらず、何があるかは分からなかった。しかしこの場所を探索すれば、死ぬことはないと思えてくる。それだけ食料が豊富に揃っていた。
「何なんだかなー」
ここで場を凌ぎ、助けを待つしか無い。俺は石の上で寝返りを打ちながら、心の奥底で感じる不安を、なるだけ押し殺そうと試みる。
「…飯はあるから…」
するとドッと疲れが出てきて、瞼が重くなる。俺は周りを確認する間もなく、意識を暗闇に手放してしまった。
「…」
どれくらい眠っただろうか。幸にして何かに襲われたりはしなかったが、危ない事をした。こんな所で死んだら、転生したザラ本人に申し訳ない。
「火付ける。そうしよう」
食料と水を確保したから、次に欲しいのは火だ。俺は辺りを見渡して、先日見つけた大木の下に向かった。枝になっている緑色の果実をもぎ取りながら、ついでに枝も数本拝借する。落ちていた枯葉も抱き込んで、寝床にした石の前に投げ捨てた。
「ふう…」
そして水を飲みに池に戻り、乾きを満たす。水筒代わりになる入れ物を探したが、そう都合よくは落ちてはいない。一日ほど経っても腹を壊してないから、真水でも平気だろう。そう思う。
「あー、面倒くせ…」
十数分といえど、面倒なのは確かなのだ。転生後は情報収集を兼ねて外にも出たが、元来は引きこもりの俺だ。こうして歩いているだけでも、褒めて欲しい。
「あー…」
ポケットに入れた果実を適当に貪り、石の上に腰掛けると、今度は火起こしだ。木を探していた時に見つけた、薄い板と棒を使って錐揉み式で起こす。火打石とか使う手もあるかもしれないが、俺には火打石がどれだか分からなかった。
「よし…」
小学校の体験授業を思い出しながら、俺は立ち向かう。食料とかが簡単に手に入ったんだ、この程度は努力しないとな。
「多分こんな感じだった…」
木の棒を板に押し付けると、手のひらの中で棒を回していく。
「ついた…」
何時間経ったのか。中々上手くいかなかったが、継続は力なり、棒による摩擦で板が発熱しちぎった枯葉に火がついた。何とか用意していた枝の集合体で火種を包み込むと、赤々とした熱が全体に広がっていった。
「ああ…」
何度も心が挫けたが、やってみるものだ。かつてない達成感は、久しく経験してない感情である。
「小学校の国語で、百点取れた時以来か…」
結局あれが最初で最後だった。その後は平均プラス三程度の数字を残すのが精一杯だったし。
「ハハ…」
他の人からしたら、他愛ないかもしれない。でも俺からしたら、歴史的快挙だった。あの何も出来ない俺が、こうして一人で火を起こせた。飯も食えている。考えられない。
「ハハ…」
チャラ男がキャンプに行きたがる理由が、ようやく理解できた。火を起こすだけでこんなに嬉しいのなら、馬鹿の一つ覚えで川に山に出かける訳だ。
「ハハハ…」
腹から笑った俺は、何気なく視線を横にずらした。すると視界の端に、見覚えのない影が入り込む。近寄れば地面の一部分が盛り上がっていて、長方形の石が突き刺さっていた。
「こんなのあったか?」
長年放置されていて硬いが、俺の力でも抜けそうな感じだ。試しに石を引き抜いてみると、現れた空洞の奥に、冷たい金属の気配がある。
「何だ…」
掘り出してみたら、箱が出てきた。蓋には何やらこの世界の文字ではない、ミミズのような文字が刻まれている。
「こんな物がなぁ」
やる事もない俺は、適当に箱を触っていった。土埃も一緒にとっていた時、指に変な感触が伝わってくる。長辺の中央付近に、宝石が取り付けられていた。若干の冷気を放つそれに親指を重ねた時、カチっと音がする。
第七話の閲覧、ありがとうございます。
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