花奏の音2

 上手くいかない時は、イライラする。

 しかし、花奏はそんな気力すらなかった。

 練習途中、創也は「音が固い」と言った。うっすらと納得してしまう。ぎこちないのは、その通りだからだ。合奏の時も同じようなことを言われ、花奏は人知れずため息をつく。

 人前では何事もないように振る舞っているが、心の奥底はずっと重いままだ。

そんな自分にも呆れてしまい、花奏はますます気力を失った。


「ありがとうございました!」

 部活終わりは賑やかだ。友達と一緒に帰り、立ち話をし、たくさん笑う。ひとりで帰る者はそうそういない。

 花奏は、ひとりで家に帰る。友達がいないと言うより、ひとりの方が好きだからだ。趣味もマニアックすぎて、話し合い手がいない。今日もさっさと帰ろうと自転車置き場に向かおうした。

「成宮さん!」

「……そ、創也⁉︎」

 いきなり声を掛けてきたのは創也だ。びっくりしすぎて、心臓が跳ね返る。

「今日、一緒に帰りませんか?」

「え」

 呆然とする花奏を前に、創也は続ける。

「少し……聞きたいことがあるんです」


 互いに自転車を用意して、ともに歩き出す。ビクビクしながら花奏は歩いた。誰かと一緒に帰ることに慣れておらず、どうすればいいかわからないのだ。

「成宮さんは、音楽、好きですか?」

 ふと、創也はそんなことを言った。

「……大好き」

 花奏は答える。創也は微笑んだ。やはりそうだ、とでも言うように。

「羨ましいです。僕はあまり、音楽が好きではないので」

「そうなの?」

 花奏は、思わず声を上げた。

「いつも、楽しそうにやっているのに」

「吹奏楽は、音楽が好きで入部したわけじゃないから……でも、成宮さんの演奏で、少し音楽に興味を持ったのは、確かなんですけどね」

 創也の言葉に、花奏は少し嬉しくなった。自分の手元を見て、目の前に広がる街並みを見る。緑豊かな景色が広がり、遠くにはたくさんの住宅街が存在している。この場所が、花奏のお気に入りだった。

「僕は音楽について詳しくないからわからないけれど、音楽は自分の感情を無意識に表現すると思うんです。楽しい時は軽やかになって、怒っている時は音もいいかげんになってしまう。今日の成宮さんの音は、悩み事を持っているように感じました」

「悩み……」

 花奏はつぶやく。そのうち、足も止まった。

「……正解?」

 創也が問う。花奏はゆっくり頷いた。

「創也はすごいよ。音だけでわかっちゃうんだから」

「成宮さん……?」

「不安になるんだ。パーカスのみんなが部活に来ないのは、私のせいじゃないかって。関係ないかもしれないのに、そんなこと考えて、不安になる」

 心にあった不安を、花奏はゆっくり、しかしはっきりと言った。

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