パーカス・コン・ブリオ
花国 鶴
春休み〜4月
花奏の音
とにかく困っていた。
やれ成績が上がらないなど、やれ学校に行きたくないなど、そういうことではない。
「……何で今日も来てないの」
春休みの吹奏楽部。
華宮中学校の音楽室で、花奏はつぶやいた。手に持ったマレットが、カタカタと震える。
「何で……」
華宮中学校の吹奏楽部は、人数がとにかく少ない。一時期は全国大会常連校として名を馳せたものの、ここ数年は人手不足と実力不足で、銀賞が精一杯になっていた。
各楽器もそれぞれ人数不足に苦しめられているが、特にひどいのは花奏がいるパーカッションだ。ひとつ上の先輩がおらず、花奏と同学年の男子達は学校のある日の部活にしかこないのが普通だ……ただひとりを除いては。
「成宮さん、大丈夫ですか?」
「……うん。……創也、来たの?」
霧森創也。花奏と同じ、パーカッションだ。
彼もまた部活を休む日が多いが、最近は真面目にやってくることが多くなっている。……遅刻することが多いが。
それに、花奏は創也がよく休む理由を知っていた。遅刻してしまう理由も。
「練習、しよっか」
花奏はそう言って微笑む。創也も頷いた。
今練習している曲は、夏のコンクール、通称「夏コン」の自由曲だ。今年も人数が足りないため小編成での出場と決まっている。大編成で出場したい花奏達にとっては辛い決断だが、実力不足なのは自分達のせいなので仕方ない。
去年の夏、コンクールの日に見たのは、先輩達の悔し涙だった。部員全員で出れなかったこと、自分達の実力不足。それでも、最後まで演奏できて嬉しかったと、もっとやりたかったと言っていた。来年は、もっと強くなってね、と言っていた。
だから、自分達が引退する日までに、もっと強くなる。そう心に決めた。
「成宮さん」
練習途中、創也はふいに言った。
「成宮さんの音、最近固く聴こえます。やっぱり、何かあったんですか?」
「え?」
花奏は首を傾げた。
「音が固いって……?」
「ええっと……」
創也は焦った。なんとなく思っただけなのだ。しかし、創也の勘はよく当たる。
「曲の雰囲気と、違うなって」
題名を見る。『吹奏楽のための行進曲』だ。
「マーチだから、楽しくて、明るくて、元気な感じがするんです。でも、成宮さんの音は暗くて、淡々としている感じで。最初の頃は、もっと楽しそうだったのに」
楽譜をもらったばかりの時だ。
「まだ曲自体は完璧だと言えないけど、合奏する時にテンポをリードするのは僕達パーカスだから……」
そこまで言って、創也はハッとした。
「……言い過ぎましたね」
「いいよ。参考になったから。ありがとう」
花奏は言った。そしてまた、練習に戻っていく。
しかし、花奏の音は一向に変わることはなかった。
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