第3話 幕間
「お葬式は、明日になるみたいね」
谷戸浦市には、医学部や薬学部で知られる
「……うん。持ってきた花は、ここでいい? おばあちゃん」
薬学部棟の一室、
「知り合いは、たくさん死んでいったけれど……」
香子は目じりの皺を深くして、写真立てを見つめた。そこには、二十年前に温室で撮られた、なゆた、かの子、
「しのちゃん、覚えている? あたしが不整脈で倒れた時、なゆたちゃんは海外からわざわざ戻ってきて、病室に来てくれた。ディオールの香水の匂いを、覚えているわ」
「あの時、おばあちゃん、叱られてなかった?」
「そう……。『もう、やることはぜんぶやったから』って言ったら『人生で重要なのは生きることであって、生きた結果ではない』って……昔から格言が好きな子だったわね」
老眼鏡を手の甲で持ち上げて、香子は目元を拭う。
由乃は、祖母に「なゆたは殺されたかもしれない」とは言わなかった。自分の目元にも溢れてきたものを誤魔化しながら、温室の花を白いテーブルの上に置いた。
「……そうそう、あの日、夜に、累ちゃんも来てくれたのよ」
「あ、そうなんだ。累ちゃんも忙しいのに、よく来てくれたね」
「ええ。でも……」
深夜の病室に、物集目累が訪ねて来た時のことを香子は語る。夜風がカーテンを揺らす中、窓際に立ち、累は香子を見下ろしていた。クマの深い、青い瞳で。
『累は、先生を助けることができる』
『しかし、それは、許されるのか』
『累は助けることが出来る人を、見殺しにしてきている。累の研究が、より地域に、国に、世界に、よい影響を与えると信じて、犠牲を呑み込んで歩みを進めている』
『……そうだ、ロープシンが問うたように、正しい、正しくないではない。それは、許されることなのか。この疑問を発すること自体、おかしくなりかけているのか』
『先生、累は』
もしかしたら、累はあたしが寝ていると思ったのかもしれない、と香子は言った。真っ暗な中、香子は点滴を受けたままベッドでぼんやりと横になっていたから、と。
「……しのちゃん、さくらちゃんの喪服は、あったかしら」
「あ、ううん、なかったと思う」
「じゃあ、買いに行かないとねぇ。さくらちゃんが産まれた時も、なゆたちゃんは……」
由乃は緑茶を淹れた。花の匂いに混じって、香ばしいかおりがただよう。思い出を振り返る会話の声に混じって、壁に掛けられた時計が小さく時を打っていた。
かち、かち、かち、かち、と――
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